私、一位獲るからね
「……友達?」
俺は両手を握られたことと、その内容も相まって少し動揺しながら聞き返した。
「はい、先日湊さんに話しかけた際にあまり喋りかけないで欲しいと言われた後でこのようなことを言うのも申し訳なく思うのですが、せっかくこのようにたくさんお話させていただく機会がありましたのに、それを手放すのはとても悔やまれるのです」
……元々、俺はこの人のことを嫌いとか、一緒に居ると不快だとは一切思っていない。
ならなぜこの人に喋りかけないで欲しいと言ったのかといえば、それは奏が嫌がっていたからだ。
近い将来奏と付き合うのであれば、変な誤解を招きたくないと思っての言動。
「……この前も言いましたけど、それはちょっと難し────」
「タダでとは言いません!私が今度の『サマー・コーディネート・ファッションショー』で一位を獲れたらという話です!」
「え!?」
一位……?
……俺が驚き、困惑しているのは、そのファッションショーで一位を獲ることなんて可能なのか?という意味では無い。
前回二位を獲れたのだから、次は一位を獲ろうとするのは何もおかしなことではない。
問題は……俺は、奏に一位を取って欲しいということだ。
一位を獲れたら友達になる、というのもよくわからない話だが、何よりも問題なのはそこだ。
ここで俺がこの人が一位を獲る前提で話を進めれば、奏が一位を獲ることの応援を辞めるということと同義。
そんなことは絶対にしたくない。
「……俺は、奏のことを応援したいんです」
この人は何も悪く無いのに、何度もこういう冷たい態度で対応してしまって本当に胸が痛い。
だが、俺にも譲れないものはある。
ここでこの人に申し訳ないからと流されていては、奏と付き合う資格なんて無い。
「私は、湊さんにお願いして欲しいと言っているのではなく、もし私が一位を獲ることができれば、湊さんには私のお友達になって欲しいと思っているだけです」
「……そうだとしても、俺は奏からあなたとは距離を置くように────」
「いじわるを言うようで心が痛いですが、この状況で私の言葉を受け入れないのは奏さんに対する裏切りだと思います」
奏に対する、裏切り……?
どうしてそうなるんだ?
むしろ、ここでこの人の言葉を受け入れないのは、奏に言われたことをしっかりと守っていて裏切りどころかその対義と取ることができる行動のはずだ。
「どういう意味ですか?」
「もし奏さんの一位を信じているのであれば、私の言葉を今受け入れても何の問題も無いはずです、ですが、それをわざわざ断るというのは奏さんの一位を信じていない、そういうことになりませんか?」
「……それは────」
「今すぐお答えにならなくても、しっかりと考えられてからまた後日答えをお聞かせください……では」
銀髪のモデルさんは俺にお辞儀をすると、俺の家から歩き去って行った。
普段は大人っぽい見た目なのに意外と天然というイメージだったが、今日のあの人はその大人っぽい見た目通りの喋り方だったな。
家柄が特殊みたいだし、そういうのも影響しているんだろうか?
……そんなことよりも。
「どうしたものか……」
あの人の提案を受け入れれば、あの人がもし一位を取った場合、俺は奏の意向を無視してあの人と友達にならないといけない……俺自体はあの人のことが嫌いというわけではないが、奏のことを不安にさせるようなことはしたくない。
だからと言って、その約束を破って嘘をつくというのは今後何かしらの形で関わっていく中で必要になるであろう信頼が失われてしまう。
一方で、もし提案を断れば、それはそれで奏が一位を獲ることを信じていないということになってしまう。
結局、どちらを選んでも奏を裏切ってしまうことになる。
「一人で考えるには重たい話だ、でも奏に相談するわけにも────」
俺が一人悩んでいると、再びインターホンの音が響いた。
俺はあの人がまた何かを言いに来たのかと思いながらすぐにドアを開けたが、そこに立っていたのは、想像していた銀髪のモデルの人ではなく奏だった。
「み、湊〜?湊のためにご飯作りに来てあげようと思ったら湊の家から出てくるトップモデルの人見ちゃったんだけど、あれどういうこと〜?」
そこを見られているのは考えうる限りで最悪の状況だ!
「誤解をしないで欲しいが、あの人は俺の家から出て来たんじゃなくて、俺の家の玄関前から出て行ったんだ、決して家には上げていない」
「そうじゃなくて、どうして私と別れた後に私に何も言わずにあの人と二人で会ってるの?」
「違う、あれはあの人が俺の手続き書を知らない間に見て住所を見てそれを覚えてたらしくて、勝手に俺の家に来たんだ」
「じゃあ何の話してたの?」
「それは────ファッションショーの、話だ」
「ファッションショーって『サマー・コーディネート・ファッションショー』のこと?」
「そうだ」
……だが、これ以上は話せない。
これ以上話してしまうと、俺が迷っているのが奏が一位を獲れるかどうかを疑っているということの意思表示をしているのと同じになってしまう。
「そのことについてどんな話してたの?」
……聞いてこないわけがない、よな。
「……それが────」
俺が嘘を付こうとしたところで、奏は俺の目を見据えるようにしっかりと見つめながら落ち着いた声で言った。
「湊、嘘付こうとしてるなら私怒るからね」
「……」
十年一緒に居る幼馴染で、好きな人……隠し事なんてできないようだ。
俺は銀髪のモデルの人に提案されたことを話した上で、その提案を受け入れても断ってもどちらにしても奏を裏切る結果になってしまう状況になっていることを伝えた。
「……湊」
「……なんだ?」
「あ〜!怖っ!もし私が今たまたま湊の家に来なかったら湊はその変な悩みで悩み続けてたんだよね?それでもしかしたら私に対して後ろめたい気持ちを持ったりして私に対する気持ちも……あぁ〜!もう本当怖い!」
奏は感情を吐き出すと、改めて俺に伝える。
「あのね!そもそも、あの人が言ったことなんて真に受けなくて良いの!湊は私だけ見ててくれれば良いんだから!」
「仮にも同じ事務所なんだから、表立って無視するわけにも────」
「湊があの人と仕事で関わるようなことは絶対無いから!あったら私がプロデューサーに無理言ってでもその仕事無くすから安心して!……それと」
俺の顔に右手を添えるようにして、自信満々な顔つきで奏は言った。
「私、一位獲るからね」
俺は、その奏の言葉の重みに何故か突然感銘を受けて、ただ小さく頷くことしかできなかった。
「じゃあ〜!一区切り付いたところで、ご飯作ってあげ────ようと思ってたけど、湊が変なことで悩んでた罰として、甘口カレーが好きな湊には辛口カレーを食べてもらおっかな〜」
「嘘だろ!?」
俺は奏に頭を下げる形で、どうにか甘口を作ってもらえることになり、その後一緒に楽しくご飯を食べた。
そして、あっという間に『サマー・コーディネート・ファッションショー』まで、あと一週間を切ろうとしていた。
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