私のお友達になってくださいませんか?

 俺はその質問に少し固まった。

 俺が奏のことを、本当に好きか……?

 その質問は、一般的に付き合い始めて何ヶ月かした後とかならされてもおかしくない質問だが、俺たちは今付き合ってはいないが両思いで、こんなことを言うのは何だがとても良い雰囲気だった。

 なのに……どうして奏はこんな質問を?

 ……いや、今は奏の心情を考えるよりも、まずは早くそれに答えよう。


「もちろん好きだ」

「……私と両思いだって言ってくれたけど、そのあとで付き合うかどうかの話になった時、私が恋愛とモデルを両立できるか不安って言ってくれたけど、あれは本当は私と付き合いたくないから言った嘘だったりしない?」

「嘘じゃない!どうして俺が奏に嘘をつかないといけないんだ?」

「湊は優しいから……でも、もう本音で話してくれても良いんだよ?」

「本音って、俺が嘘を付いてるって言うのか!?そんな────悪い」


 俺はつい感情的になってしまって大声を出してしまったため、軽く謝罪した。

 ……だが、俺の奏に対する気持ちは嘘偽りの無い本物だ。

 それが嘘だと疑われているのであれば、いくら相手が奏だったとしても怒りを覚えてしまう。


「私こそ、ごめん……でも、湊は優しいから、もしかしたら私のことを振ったら私が傷つくって思って、それで私のことを好きだって言ってくれたんじゃ無いかなって」

「自分のことを優しいなんて言うつもりはないけど、それは帰って奏のことを傷つけることになる、それこそ俺は絶対にそんなことはしない……俺の言葉だと、信じられないか?」


 俺がそう言うと、暗い表情をしていた奏の顔だったが、光が差したように明るくなっていき、奏は今にも泣きそうな、だが笑顔で言った。


「……信じる、信じる!ていうか私もう湊の言葉しか信じれない!!」


 奏は甘えるように俺に抱きついてくると、俺の胴体に顔をスリスリさせてきた……公衆の場でここまでされるのはちょっと困るが、とりあえず奏の誤解が解けたならそれが何よりだ。


「一生好き!好きすぎてやばい!どうしよ!さっきまでとの落差で普通に倒れちゃいそう!」

「倒れられたら困る」

「困ってる湊見たいから倒れても良い?」

「頼むからやめてくれ!」

「冗談!倒れてる暇があったら湊とデートしたい!」

「どこに行く?」


 奏は俺に抱きつくのをやめると、俺の腕に自分の腕を絡めて言った。


「どこでも良いよ、湊となら……」


 その後俺たちはショッピングモール内に入り、夏休み初日を存分に堪能した後家に帰った……が、その直後、俺の家のインターホンが鳴った。


「また奏か?」


 そう呟いて、俺はすぐに玄関に移動した。

 いつも思うことだが、わざわざ一度家に帰ってから来るぐらいならそのまま一緒に家に入れば良いのに。

 なんて思いながら、玄関のドアを開けた。


「奏、またご飯でも食べ────」

「すみません、私は奏さんではありません」

「……え?」


 ドアを開けた先には、俺が想像していた奏の姿は無く、代わりにあったのは銀髪の整った顔立ちをした女性の姿だった……というか、この人はあの銀髪のモデルの人だ……俺は驚きながらも、驚きが一周回って落ち着きと戸惑いを持ちながら聞いた。


「どうして俺の住所を……?」

「どうして、とは?あ、お忘れになられたのですか?初めてお会いした日、私は湊さんが書いていた手続き書を見させていただいたじゃないですか」

「あ、あぁ……」


 そういえば、俺が知らない間に俺の電話番号とか住所とかを書いていた手続き書にこの人は目を通していたんだった……でも、それでもおかしなことがある。


「わざわざ覚えてたんですか?俺の住所を」


 あの時はこの人が天然な発言をしたから深追いしなかったが、あの時にわざわざ俺の住所を覚えていた、そこには何かしらの意図があるはずだ。

 そう思って俺は今こそ追及すべきだと考え、その疑問を質問として飛ばした。


「はい、意外に思われるかも知れませんが、記憶力は良い方なんですよ?学校のテストなどでも、暗記科目を落としたことは人生で一度もありません」


 記憶力は……良い方?


「そ、それはすごいですけど、そういうことじゃなくて……」

「はい……?」


 ……本当に調子が狂うな。

 今の話の流れ的にどうして俺の住所をわざわざ覚えていたのかを答える場面なのに、まさか覚えていたの方の説明をされるとは。

 だが、俺は構わず質問を続ける。


「俺の住所を覚えていたことに意味とかはあるんですか?」

「意味、ですか……?いえ、緊急時のために知っておいて損は無いと思いまして……迷惑でしたか?」

「迷惑っていうか……」


 普通なら勝手に手続き書を見られて、住所も覚えられて、何の前置きも無しに家にまで来られたら怒りの言葉の一つでも言いたくなるものだが。


「……」


 この全く邪気の無い顔をしているこの人にそんなことを言うのはとても気が引ける……そして、俺は気になる言葉があったため、この際家に来られたことは気にせずにそのことについて聞いてみることにした。


「緊急時のため、って言ってましたけど、じゃあ今家に来たのももしかして何かの緊急時だったりするんですか?」


 この人の雰囲気からしてそんな感じはしないが、一応聞いておくことにしよう。


「はい、緊急時です」

「……え!?」


 き、緊急時……!?


「ど、どうしてそれを早く言ってくれないんですか!?」

「湊さんが色々と私に質問をしてくるので、それにお答えしないわけにはいかないと思い遅れてしまいました」

「……その緊急時の内容っていうのはどんな内容なんですか?」

「あと三週間後に控えている『サマー・コーディネート・ファッションショー』のことと深く関係あることです」


 サマー・コーディネート・ファッションショーって、今度奏が出て一位を獲るって言ってたやつだよな……プロデューサーも、夏のモデルの聖典とかって言ってたし、どうやら本当にただ事じゃなさそうだ。


「どう関係あることなんですか?」

「……前回、私はこの『サマー・コーディネート・ファッションショー』では二番目の評価をいただいていたんです」

「国内の女子学生モデルで行うやつでしたっけ……?それで二位を獲れるなんて、やっぱりすごいですね」

「いえ、それは投票の話だと思います、私が話した『サマー・コーディネート・ファッションショー』は、国内ではありますが学生であることかどうかは関係ありません」

「……え?じゃあその中で二位を獲ったんですか?」

「たまたまです」


 たまたま、な訳がない。

 参加する人がどれだけ居るのかは知らないが、学生と大人も含めるのであれば百人ぐらいは参加していてもおかしくない。

 ……とんでもない人だとは思っていたが、まさか大人も含めたファッションショーで二位を獲ってしまうなんて、俺たちの事務所のトップモデルだと言われるだけの実力は持っているようだ。


「今までの話は前置きで、ここからが本題なのですが、前回一位を獲られた方の服装は何だったと思いますか?」

「え、何でしょうか……やっぱり夏ですしワンピースとかですか?」

「水着です」

「水着……」


 そういえばプロデューサーも水着が人気だと言っていたな。

 ……そうだ、プロデューサーが言っていたことと言えば。


「あの、プロデューサーから聞いたんですけど、あなたも水着で出るんですよね?」

「はい、その通りです……今までは特に一位に興味も無く着なかったのですが、今回はどうしても一位を獲りたい理由ができてしまったので……」


 銀髪のモデルの人は、俺の右手を両手で握りながら言った。


「湊さん、私が一位を獲ることができれば、私のお友達になってくださいませんか?」

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