湊に抱きついてる時が一番安心する

 奏の撮影準備中。


「そういえばなんだけどさ〜、私が前に一緒に夏祭り行こって言ったの覚えてる?湊が私の約束を破ってトップモデルの人のこと口説いてた時の約束」

「もちろん覚えてる、けど……あれは口説いてたんじゃなくて、ただ名前を聞いただけ────」

「それはもう許してあげたからそのことはどうでもいいの、それよりも……あの時の会話は覚えてる?」


 あの時の会話……確か────


「今年の夏祭り、二人で一緒に行きたいの」

「なんだ、そんなことで良いのか?もちろん大丈夫だ」

「……湊、今までとは違うよ?」

「……え?」

「私と湊、男女で夏祭りに行くことの意味……夏祭りまでに、ちゃんと考えてて」


 という会話だったな。


「夏祭りのことか?」

「うん、その夏休みって『サマー・コーディネート・ファッションショー』の次の日なの」


 次の日……色々と大変な二日間になりそうだな。

 それはそれとして、あの時の会話……

 奏と俺、男女で夏祭りに行くことの意味を夏休みまでに……あの時はわからなかったが、今ならしっかりとその意味が理解できる。


「……奏、あの時の奏の言葉に答える意味でも、俺は改めて夏祭りで奏に言いたいことがある」

「私も!……その夏祭りって、花火がメインの夏祭りだったりするの、だからお互い言いたいことはその時に言わない?」

「……わかった、そうしよう」


 俺たちはもう互いが何を言うのかわかっているからか、互いに顔を少し赤くしたが、奏が焦ったようにしてすぐに次の話題を持ち出した。


「湊は夏祭りの時、浴衣とか着るの?」

「浴衣?多分着ない」

「……うん!そうだよね!変に着飾ってるよりも、湊は普通の方が私も変に緊張しないで済むし!」


 そう言って笑う奏だが、その笑顔で何かの感情を隠しているということが俺には理解できてしまった。


「奏は着るのか?」

「湊は私の浴衣姿見たい?」


 ……もう奏に対する好意を隠す必要は無いが、それでもハッキリと言うのはまだ少し恥ずかしく感じてしまう。

 ……だが、自分の気持ちには正直にいこう。


「……見たい」

「良いよ!見せてあげる!大舞台で見せてあげるから、楽しみにしててね!」


 そう言うと、奏はプロデューサーの元に走って行った。

 大舞台って……夏祭りのことか?

 まぁ今の流れで夏祭り以外というのは想像できないが、それならどうしてプロデューサーのところに行ったのだろう。


「プロデューサー!前に頼んだものってもう届いてるんですか?」

「届いてるけど……本当にあれで出るの?いくら『サマー・コーディネート・ファッションショー』が国内だけのファッションショーって言っても、ファッションショーは元々海外から派生してるっていうのもあって、あの服装じゃ上位を狙うのは────」

「完璧に着こなして見せますから!……さっき私が一番見て欲しい人に見たいって言ってもらえたんですから、絶対着こなして見せます」

「……なら、ここでモデルのカナデの見せどころね」

「はい!」


 その数時間後、奏の撮影が終わると、今日も今日でのんびりと奏とご飯を食べて……次の日、その次の日。

 さらに次の日と日は過ぎて行き、あっという間に『サマー・コーディネート・ファッションショー』の前日にまで差し迫った……が。


「湊〜!さっきの私可愛くなかった?このポーズ!あ、でもこっちのポーズもなかなかだったよね?」


 奏は撮影のポーズを色々と繰り返しながら俺に言った。

 ……明日が本番だというのに、奏は全く緊張した素振りを見せない。


「はいはい、どれも可愛いからいちいち一つ一つ可愛かったかどうか確認してこなくてもいい」

「湊〜!」

「え!?」


 俺はいつものノリで軽く言ったつもりだったが、奏は突然俺のことを抱きしめてきた……どうしてだ!?


「か、奏!?ここ撮影現場────」

「わかってるけど!やっぱりちょっとだけ緊張もあって、ちょっとでも湊と触れ合いたかったの!」

「緊張してたのか!?」

「それはちょっとはするよ!だから、こうして湊に抱きついて、ちょっとでも安心させてもらわないとね〜」

「俺に抱きついただけで安心できるのか?」

「うん、湊に抱きついてる時が一番安心する」


 そう言いながら、奏は体の重心を全て俺に預けるようにして俺に抱きついてき────


「あのさ、ここ職場なの、わかる?職場!こっちは出会いが無い中プロデューサーなんて堅苦しい仕事してるのに、そっちは仕事現場に毎日彼氏連れてきて、しかもそのイチャイチャを私に見せるって?冗談じゃ────」


 プロデューサーが自分の憤りも含めて色々な感情を俺たちにぶつけてくると、奏は俺に抱きつくのをやめてプロデューサーに向き直り照れた顔をしながら言った。


「えっ!ちょっとやめてくださいよプロデューサー!私たちまだ彼氏彼女の関係とかじゃ無いですから〜!」

「言っとくけど、奏ちゃんたちそこら辺のカップルよりカップルしてるからね?」

「え〜!困りますよ〜!」

「ていうか、もう本当は行くところまで行ってたりするんじゃないの?」

「え!?行くところってなんですか!?詳しく教えてください!ていうか教えてやってください!できれば湊に────」

「あ〜!もう!はいはい好きにしてれば!イチャイチャ高校生!」


 プロデューサーはそう言うと、元居た場所に戻って行った。


「うん!この調子で、明日の『サマー・コーディネート・ファッションショー』にも勝っちゃえそうだね!」

「この調子、で良いのか……?」


 『サマー・コーディネート・ファッションショー』の前日にいつものような日常……だが、このぐらいの方が良いのかもしれないな。

 俺たちはその夜、一緒にご飯を食べながら明日に向けて心を整えた。

 そして、とうとう『サマー・コーディネート・ファッションショー』当日となった。

 早朝、俺は先日届いていたあるものを試着していた。

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