行ってきます!
朝の十時、俺は奏と一緒に『サマー・コーディネート・ファッションショー』が開かれるという斜めに立っている建物に入り、奏は色々と出る順番や歩き方などを最終確認するべくプロデューサーやその他の人たちと一緒にそれ用の部屋に入って行った。
もちろん俺は『サマー・コーディネート・ファッションショー』には出ないので、今はただただ暇な時間だ。
俺が今居る場所は関係者以外立ち入り禁止なため、周りを見渡しても面白いものは特に無────
「おはようございます、湊さん」
「……おはようございます」
関係者しか入れないこの場所で俺に話しかけてこられるのは関係者の人のみ。
俺に話しかけてきたのは、トップモデルの人だ。
「湊さん、この前のお話の答えをお聞かせいただいても────」
「その話をする前に、一つ確認したいことがあるんです」
「なんでしょうか?」
「本当に、水着で出るんですか?」
「……はい?」
今の話の流れで、この人は俺に持ちかけてきた一位を獲ったら俺と友達になるという話の関連だと思っていたのか、関係の無い話が出てきて困惑している様子だ。
「……どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味です、本当に水着で出るんですか?」
「……出るに決まっています、私は一位を獲って湊さんとお友達になりたいのですから」
「一位を獲りたいのは俺と友達になりたいからで、一位を獲るためには前回一位だった人気ジャンルの水着を着ることが必要、ってことですよね?」
「そうです」
ここまでなら普通だ。
普通の基準をどこに置くかにもよるが、俺と友達になりたくて一位になったら友達になれるという前提で言うなら普通の考え。
だが……今思えば、あの時。
「湊さん、私が一位を獲ることができれば、私のお友達になってくださいませんか?」
そう言いながら俺の右手を両手で握られた時、この人の手は震えていたような気がする。
つまり……
「本当は、人前で水着を着ることなんてしたく無いんじゃ無いですか?」
「っ……!」
図星だったのか、驚いた声を抑えようとした声を出していた。
俺はその話を続ける。
「それと、プロデューサーからこんな話も聞きました……『うちのトップモデルの子もそのショーには出るんだけど、その子は今回初めてそのショーで水着を着ることになってるのよね』という話です、ショーというのはもちろん今回の『サマー・コーディネート・ファッションショー』のことです」
「……」
「今回初めてってことは、少なくとも今まで人気ジャンルだとわかっていても水着は着てなかったってことですよね、前に今まで一位に興味が無いって言ってましたけど、本当はそれだけじゃなくて、水着を着たくなかったから一位を取れなかったんじゃ無いですか?」
俺が俺の考えを全てぶつけると、この人は諦めたような表情で言った。
「流石です湊さん、私のことをここまで見抜かれるなんて」
「ただ違和感があっただけです、あなたの性格的に大勢の目の前で水着を着るなんてどこかおかしいと────」
「
「……え?」
「そこまで私のことを理解してくださっているのに、名前も知らないのは不自然です、なので今後は私のことを氷花とお呼びください」
確かにここまで何度も関わってきて名前を知らないのは不自然、それは同意見だが……
「あの、せめて苗字を────」
「あ〜!湊!知らない間にすぐトップモデル口説いてる!名前なんて聞いたらダメじゃん!」
俺が名前ではなくせめて苗字の方が呼びやすいと思って苗字を聞いていたタイミングで、奏が最終チェックを終えたらしく俺の元にやってきた。
……最悪のタイミングと表現する他無い。
「違う、名前はもう聞いたけど、名前を聞くよりも苗字を聞いた方が今後呼びやすいと────」
「は、はぁ!?名前はもう聞いたって何!?名前聞いたのに苗字聞こうとするって、フルネーム知りたかってこと!?」
「そうじゃない!俺は────」
「奏さん、怒らないでください、湊さんはただ私の名前を聞き届けた後で苗字も聞いてきただけのことです」
「それがダメなの!」
「ちょっと黙っててもらっても良いですか!?」
俺がそう言うも、この人……氷花さんは、今の状況がわかっていないようだ。
この人はこの人で天然を発揮するタイミングが最悪だ!
「と、とにかく、確か氷花さんの方が奏より出番先でしたよね?先に着替えとか行ってたらどうですか?……さっきの話のまとめですけど、俺は氷花さんらしい氷花さんで良いと思います」
「っ……!はい!私、頑張りますね!良ければ応援────」
「するわけないでしょ!湊は私のこと応援するんだから!ていうか!湊も何エール送っちゃってんの!?」
「い、色々と事情があって────」
「事情とか知らないから!」
俺はその後『サマー・コーディネート・ファッションショー』当日にも関わらず、奏に少しの間説教されてしまった。
「……ありがとうございます、湊さん」
それをしばらく見守っていた氷花さんだったが、着替えの時間が来たらしく、着替え室に向かった。
着替え室に走って行く氷花さんの後ろ姿は、どこかいつもより楽しそうに見え────
「ねぇ、怒られてる時に他の女の人のこと見るとか、ふざけてるの?」
「だから違────」
「違うくない!もし違うって言うなら応援のキスして!」
「キスって────」
「キス!」
……もはやキス以外の選択肢を取るという選択肢が無かったため、俺は応援の意を込めて奏の右頬にキスした。
「……奏、それで────」
「わかってる!今日はちょっと緊張してたから、その緊張を湊にぶつけてただけ!……でも、今のキスで、湊からの応援が伝わってきたから、もう平気」
奏はいつもの明るい笑顔で俺に手を振りながら言った。
「行ってきます!」
「あぁ、行ってらっしゃい」
奏はそう言うと着替え室に向かって行った……その背中はどこか大きく、眩しく見えたが、それでも俺は奏が見えなくなるまでその背中を見届けた。
……いよいよ『サマー・コーディネート・ファッションショー』が、始まる。
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