奏は絶対一位を獲ります

 『サマー・コーディネート・ファッションショー』が始まるに当たって、俺はプロデューサーの誘いで観客席の一番後ろから一緒にショーを観ることになった。

 俺の頭の中に一つ、小さな疑問が生まれた。


「あの、どうして一番後ろの席なんですか?奏とか氷花さんとかのプロデューサーだったらもうちょっと前の方でしっかり見れた方が良いと思ったんですけど」

「普通なら前の席の方が良いんだけど、プロデューサーとしてはやっぱり全体を見渡せるこの場所が良いんだよね〜、それに大画面があるからモデルのことを観るのに支障は無いし」

「なるほど……」


 観客の盛り上がり具合やモデルの容姿も、近くで見ているよりも遠くから客観的に観ることで新しい発見がある可能性は高まるということだろうか。


「あ、一応言っとくけど、奏ちゃんにこのショーを私と二人で観てたって言ったらダメだよ?私が怒られちゃうから」

「わ、わかりました」


 俺たちがそんな会話をしている間に、透き通った女の人の声が会場中に響き渡った。


「これより、今年の『サマー・コーディネート・ファッションショー』を開催させて頂こうと思います」


 どうやら進行係の人みたいだ。


「今年の『サマー・コーディネート・ファッションショー』も、例年通りランウェイを歩き終わったモデルが舞台に並び、皆様からの歓声が一番大きかったモデルが次のステージに進出、合計百人のうち十人まで絞り込まれ、その上位十人を決めるのは、投票形式で決めさせていただく形になります、それから────」


 その後はこのショーに来るにあたってのマナーや規則などの話をした後、一度会場全体が真っ暗になり音も完全に消えたかと思えば、その次の瞬間舞台上だけがライトアップされ、それと同時にオシャレな音楽が流れ出した。


「改めまして!これより『サマー・コーディネート・ファッションショー』を開催させて頂こうと思います!皆様、盛大な拍手でお迎えください!」


 司会の人がそう言うと、俺含め観客の人たちは大きな拍手をした。

 会場が拍手で包まれていると、舞台上に次々に上がると、順にランウェイを歩き出した。


「これが、ファッションショー……」


 そのランウェイを歩いているモデルさんたちは、とても綺麗な人たちばかりで、みんな晴れた笑顔で姿勢良く歩いている。


「初めて観てるなら結構圧倒されちゃうでしょ?」

「そうですね、新鮮な感じがします」

「……私も、初めての時は緊張したな〜」

「緊張……?どうしてですか?」


 俺はプロデューサーの方を向いて咄嗟にそんなことを聞いていた。

 そう口から出たものの、プロデューサーがショーを初めて観た時がもうすでにプロデューサーになっている時だったのだとしたら、俺とは観ているところとかプレッシャーとか何から何まで違うだろうし、緊張していてもおかしくないか。


「どうしてって、初めてファッションショーで歩く時ぐらい誰だって緊張しちゃうでしょ〜」

「……え?」


 俺がさっき考えていたこととは全く違うことをプロデューサーは軽い口調で言った。

 ……初めてファッションショーで、歩く時?


「え!?どういうことですか!?」

「実は私!元々海外で留学中にモデルしてたんだよね〜」

「そ、そうだったんですか!?」

「うん、だから念には念をで私が前にモデルしてたことをバレないためにこうしてサングラスなんてしてるんだから」


 プロデューサーは自分が欠けているサングラスを触りながら言った。

 初めて事務所に行った時にプロデューサーに「部屋の中でもサングラスしてるんですね」と言ったが、まさかそんな理由があったとは思いもしなかった。


「でも、別にモデルをしてたことはバレても問題無いんじゃないですか?」

「私、ファッションショーの最高順位三位なの……別にプロデューサー自身が過去にモデルをしてて一位を獲らないといけないルールは無いけど、もし自分をプロデュースしてくれてる人が前はモデルで、でもモデルとしては一位を獲れなかったってなると、変な不安を与えちゃうかもしれないでしょ?だからこのサングラスは必須、特にモデルに興味の強い人たちが居る場所ではね」


 プロデューサーは暗い顔をしながら言った……が。


「ファッションショー、それも海外のファッションショーで三位を獲るなんて凄いことですよ、暗くなるところじゃないと思います」

「……あと一歩頑張れたら良かったんだけど、私には絶対に一位を獲らなきゃいけない理由が無かったんだよね、それはもちろん獲りたかったけど、その時は入賞できたら良いかなってぐらいで、今の奏ちゃんみたいに絶対一位を獲りたいって感じじゃなかったの、だから湊くんが付いてる奏ちゃんがちょっと羨ましい、私もちょっと違えばあんなにキラキラできたのかなって」


 サングラス越しで目元は見えないが、そう語るプロデューサーの雰囲気にはどこか寂しさを感じた。


「……奏のことを観ていてください、そんなに凄いプロデューサーがプロデュースしたんですから、奏は絶対一位を獲ります」


 俺は迷い無くそう言う。


「……こんなところでもラブラブアピール?」

「ち、違いますって!」

「冗談!それより、次は氷花ちゃんの番だよ〜……ありがとね、湊くん」


 俺は小声で感謝されたことを聞き届けると、次は氷花さんの番らしいので俺はランウェイの方に目を戻すと、新しい次の十人が続々とランウェイを歩いていて、最後尾には氷花さんの姿もあった。


「……って、何あのコーデ!?」

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