後日談② 湊にはちゃんと見て欲しいから

「湊〜!目開けないと危ないよ〜!」

「俺にとっては目を開けたほうが危ないんだ」

「もう〜!せっかく湊のために体にタオル巻いてあげたのに!」


 奏は少し怒っていた様子だったが、その直後に俺の体を触り始めた。

 ちなみに、俺も一応腰にはタオルを巻いている。


「わぁ、前旅行に行って水着着てた時にも思ったけど、やっぱり男の子の体だ〜……頭は彼女とお風呂に入ってるのに目も開けられないお子ちゃまのくせに」

「っ、うるさいな、子供じゃないからこそ目を開けられないんだ」

「ふ〜ん、むしろ小学生の時とかは湊平気で一緒にお風呂入ってたと思うんだけどね〜」


 奏は含みを持たせたような言い方をしたが、それでも目を開けない俺に本当に怒ったのか、落ち着いた口調で言った。


「湊が見てくれないんだったら、もうモデルの方で水着とか出しちゃおっかな」

「……え?」


 それは……正直なところ、素直に嫌だ。


「今まではもし私が逆の立場だったら、湊の水着姿の写真とか絶対私以外には見られたくないって思うから、私もそういうの断ってきたけど、湊がそんな私の姿なんてどうでも良いって言うんだったらもう断るのやめちゃうけど、良いの?」

「それは……」


 ……俺は奏の言葉に負けて、ゆっくりと目を開けた。

 前には鏡があって、鏡には体にタオルを巻いている奏の姿があった。

 俺が目を開いたことを確認すると、奏は後ろから俺のことを抱きしめてきて言った。


「意地悪言ってごめんね、湊!私は湊がどう思ってたとしても、湊以外に私の水着とか、肌が多い姿を見せるのは嫌だしそういう仕事が来てもちゃんと断るから安心して!……でも、良かった、ちゃんと湊も嫌がってくれるんだ」

「奏のそういう部分は、俺だけの奏が良い」


 俺が素直にそう言うと、奏は感情を表現するようにさらに抱きしめる力を強めながら言った。


「うんうん!そういう私は湊だけの私だよ!あ〜!湊〜!本当好き、あぁ、好きすぎて感情が込み上げてくるこの感じ来ちゃった、あ〜!もう私湊が居てくれるだけでどこでも生きていけるよ……」

「どこでもは言い過ぎじゃないか?」

「ううん、どこでも……逆に、湊が居なくなったりしたら、私もう生きていけないと思うけど、そんな重い私とも湊は一緒に居てくれる?」

「あぁ、ずっと一緒だ」

「湊……!」


 奏は俺の顔を少し横に向けると、俺の後ろに立ったままキスしてきた……かと思うと、キスしながら俺のことを抱きしめてきたため、俺も奏のことを抱きしめ返した。

 それからしばらくすると、まずは俺が体を洗って、次に奏が体を洗うことになった……が。

 俺は奏の何も着ていない状態を見るのはまだ恥ずかしいと感じてしまうため、奏にお願いすることにした。


「お風呂からは出ないからせめて目を閉じるのは許してほしい」


 目を閉じながらそうお願いした。

 そして、布の擦れる音が聞こえてきた……きっと、奏が体に巻いていたタオルを取ったんだろう。

 俺は見える景色は暗闇で何も変わらないが、なんとなく目を閉じる力を強めた。


「今日は初めて一緒にお風呂入ってくれたし、それで勘弁してあげる!……でも、次はちゃんと目開けてね?湊に可愛いって思ってもらうために今でもずっと整えてる私の体……水着とかじゃなくて、湊にはちゃんと見て欲しいから」


 ……そうか。

 奏がモデルを始めたのは、そもそも俺に可愛いと思ってもらえるためだと言っていた……つまり、奏のスタイルが整っているのは、モデル業のためではなくて、俺のため。

 そこには食事制限とか運動とか、俺には想像もできないような苦労がたくさんあったに違いない。

 ……それなら、恥ずかしがってその奏の努力から逃げるのは違う。


「……ごめん、やっぱり目を開けてもいいか?」

「え!?良い、けど……無理してない?」

「してない、奏の努力をこの目で見たいんだ」

「湊……うん、見て────」


 その後、俺は目を開いた……が、もちろん奏の体を凝視するわけではなく、あくまでも自然に目を開いて奏と会話を交わし、時々目に入った時には奏のスタイルの良さに努力を感じたり、思わず奏の昔よりも女性らしくなった部分に目が行ってしまった時には俺の方が恥ずかしくなってしまったりと、やはり俺にはまだ少し早かったんじゃないかと思ってしまうが、それでも……恋人になる前では過ごせなかった奏との、少し大人な、だけどより深く奏のことを知れて、幸せな時間を過ごすことができた。

 そして、お風呂から上がって、互いに着替え終わった直後。


「……み、湊?私ちょっと湊の部屋行きたいな〜」


 俺の部屋に行きたいなら普通に言えば良いのに、奏は何故か目を泳がせながら言った、それに声もどこか弱々しい。


「わかった、夏休みの課題でも一緒にしたいのか?」

「じゃなくて……湊と、ベッド行きたいなって……湊は私のこと恥ずかしがりながらも知ってくれたから、今度は私ももっと新しい湊を知りた────」

「ベッドって、まだ寝るには早いだろ?まぁ、それでも奏が眠いって言うなら俺ももうちょっと寝────」

「バカ湊!湊のことなんてもう知らないから!」


 奏は何故か怒ると、階段を登って俺の部屋に入っていったため、俺もその後を追って俺の部屋に入り、何故怒ったのかはわからなかったがとにかく悪いことをしてしまったんだという自覚だけはしっかりと持ちながら誠意を込めて謝罪すると、奏は呆れながらもどこか嬉しそうに許してくれた。

 ────そして、夏休みは残すところあと二日となった。

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