絶対着ません!

 奏が女子学生モデル人気投票で一位になると言ってから一週間が経ったが、その間はただただ忙しかった。

 忙しかったと言っても俺が忙しかったわけではなく、奏が分単位のスケジュールで活動していて、奏が忙しかったという話だ。

 奏は相変わらず楽しそうに仕事をしているが、本当はかなり体力的にしんどいはず。


「奏さんはすごいですね、あのように楽しんで仕事をできるというのは経験が無いのでとても羨ましいです」


 そして、この一週間、今日で三度目だがこの銀髪モデルさんともよく撮影現場で会うようになった。

 そろそろこの人の名前を知りたいところだが、俺と奏が両思いだとわかる前ですら名前を聞くだけで口説くという表現をしていた奏が、もし両思いだとわかっている今この人の名前を聞き出そうものなら、まだ付き合ってすらいないのに浮気者、なんてワードが平気で飛んできそうなためそんなことは聞けるはずもなかった。


「……すみません、ちょっと事情があるんですけど、あまり喋りかけないでもらっても良いですか?」

「え……?」


 そして、この一週間で二度この人と会った帰り道で、俺は次にこの人と会うことがあればできるだけ距離を置くようにと奏に言われている。

 あくまでもまだ奏とは幼馴染の関係、だからそのお願いを必ず聞き入れないといけないというわけでは無いが、近い将来付き合うというときに変な誤解を招きたくは無いため俺はそれに従うことに決めた。


「私、何か湊さんに嫌悪されてしまうようなことを言ってしまったのですか……?」

「そういうわけじゃ無いんですけど……さっきも言った通り、色々と事情があって」

「そうですか……とても残念です、私たちはとても良いお友達になれるような気がしていたので」

「いや……あ、あんなこと言っといてなんですけど、あまり落ち込まないでくださいね?本当に何か嫌なところがあったからとか、そういうわけじゃないですから」

「ありがとうございます、思っていた通り、タダで欲しいものをいただこうだなんてムシが良すぎますよね、欲しいものはちゃんと自分で手に入れることにします、どれだけ嫌なことをしても……失礼します」


 最後は笑顔を見せると、銀髪のモデルさんはどこかに歩き去ってしまった。

 ……自分で手に入れる?嫌なこと?

 少し引っかかる発言だが、俺は特に気にすることなく奏の撮影を見届けた。

 そして撮影終わり。


「奏ちゃん!今日もお疲れ様〜!」

「はい、お疲れ様です!」

「うんうん、もし体力がこのままあと三週間持つんだったら問題無く女子学生モデル人気投票でも一位取れるんじゃないかな?元々奏ちゃんも人気すごいからね〜!」

「全然疲れてないですよ!あと一年は持ちます!」


 ……疲れてない、か。


「じゃあやっぱり、一番の懸念点は八月中旬にある夏のモデルの聖典『サマー・コーディネート・ファッションショー』だけだね〜」

「……サマー・コーディネート・ファッションショー?」


 聞いたことのない単語だったため、俺は思わず聞き返す。


「湊くんは男の子だし知らなくても無理ないよね〜、ファッションショーはわかる?海外の人たちが主流でドレスとか着て屋内の真ん中にあるまっすぐの足場を先端まで歩いてまた戻るやつ!」

「あぁ、どっかで見たことあります」

「それの海外じゃないバージョン!奏ちゃんがもしそこで一番評価を得て優勝できたら、元の奏ちゃんの勢いと合わせて、十分人気投票で一位は狙えるってこと!」

「なるほど……」


 つまり、今コツコツとやっている撮影などももちろん大事なことだが、その『サマー・コーディネート・ファッションショー』というやつで優勝できたら人気投票でも一位を獲れる可能性が高まるってことか。


「でもね〜、普段の勢いだけなら間違いなく奏ちゃんは十分一位を狙えるんだけど、そのショーで勝てるかどうかは分からないんだよね〜」

「え、どうしてですか?」

「それがね〜?『サマー・コーディネート・ファッションショー』っていうだけあって、夏に着用できるファッションが集結してるの……例えばワンピースとか、短めのスカートとか、特に人気が高いのが水着、なんだけど……奏ちゃん、水着は着ないって言うの」

「はい!絶対着ません!湊以外に水着を見せるなんて絶対に嫌です!」


 奏はそう強く言い切った。

 俺以外に水着を見せたくない……俺のことを好きだと思ってくれてるなら、その気持ちは理解できるが。


「それは俺が足枷になってたりしないか……?もし俺って存在が居なかったら、奏は水着を着ていて、さらに一位を獲れる確率が高まっていたかもしれない」

「ううん、違うよ、私は湊が居なかったらモデルになってないし、湊が居なかったら一位になりたいとも思ってない……それに、水着とかそういう系のを湊以外に見せないといけないんだったら私はモデルを辞める、私は湊にだけ見て欲しいから……その時は、私がモデルを辞めても湊は納得してくれる?」

「あぁ、それが奏の選んだことなら、俺は否定しない」

「湊……」


 もしこの場所が家のベッドなら流れでどんなことをしていてもおかしくないような雰囲気を見せられたプロデューサーが呆れたように言った。


「はいはい、イチャつくなら帰ってからにしてくれる?」

「す、すみません……」

「……まぁそんなわけで、困ってるのよ、せっかく体の発育が良いのに、それを使えないなんて」

「あの、私なら百歩譲って良いですけど、もし湊に何かの機会に体の発育が良いとか言ったら怒りますからね?」

「わかってるって……どうしよっか、うちのトップモデルの子もそのショーには出るんだけど、その子は今回初めてそのショーで水着を着ることになってるのよね」


 トップモデルって、あの銀髪の人か……あの人が、水着?

 あまり人前で水着を着るようなことはしないと思っていたが、仕事となると意外と大胆なのか?

 ……いや、今回が初めてってことだったし、少なくとも今までは抵抗があったはずだ。

 なら、どうして今回になって突然……?


「そうなると、奏ちゃんはただでさえ人気のあの子と人気ファッションの水着を相手に何か別のを着て彼女に勝たないといけないわけだけど……」

「そんなことより、あんまり湊に私以外の水着を想起させるようなこと言わないでもらっても良いですか?」

「今の真面目な話だったけど!?」

「湊のためになった私が負けるなんてあり得ないですから、ショーに関しては私がお願いしたコーディネートを用意してくれるだけで大丈夫です……じゃあ帰ろ!湊!」

「い、いいのか……?」

「いいからいいから!あ、帰りに映画でも観ない?今流行ってる恋愛映画があって────」


 俺は奏に連れ出される形で、撮影現場を後にして一緒に恋愛映画を観ることとなった。

 そして恋愛映画を見終わった後。


「面白かったね〜!女の子が告白するシーンとか泣いちゃった〜!」

「確かに、あそこは泣ける」

「あとあと!抱きしめ合うシーンとか────」


 俺たちは映画の感想を話し合いながら帰り道を歩いていた。

 ……そんな中、俺は普段なら聞かないことだが、恋愛映画の雰囲気に当てられてしまっていたためつい聞いてしまった。


「……奏、最近疲れてたりしないか?」

「……え?」

「だって、前でも大変だったはずなのに、今はその倍近く仕事が増えてる、プロデューサーにはあと一年は続けられるって言ってたけど、あれは本当なのか?」

「……」


 奏は少し間を空けると、少し下を向きながら言った。


「実は、ちょっとしんどいよ、けどね?湊のためだって思うといっぱいやる気が湧いてくるの」

「でも、体力が追いついてないのか?」

「うん……やっぱ、湊にはバレちゃうんだね〜」


 十年も一緒に居てそのぐらいも見抜けないほど俺の目は節穴じゃない。


「でも、絶対一位獲りたいの、私」

「……無理はしないようにな、俺にできることがあったらなんでも言ってくれ」

「……なんでも?」


 奏は俺のその言葉に反応して疑問符をつけて返してきた。


「あぁ、なんでもだ」

「だ、だったらさ……映画でもあったけど、前ナイトプールで私のこと抱きしめてくれたみたいに、もう一回私のこと抱きしめてくれない?」

「……え?」

「それで、できたら応援メッセージとかもくれると、体力も回復しそうな気するから!」

「そんな精神論で────」

「なんでもって言ってた!」

「……わかった」


 俺はゆっくり奏に距離を詰めると、ナイトプールの時と同様奏のことを強く抱きしめた。


「っ……!」


 そして、思いのままの応援メッセージを送る。


「俺はいつでも応援してるから、頑張ってくれ」

「っ!うん!」


 俺は奏から離れると、率直な感想を伝えた。


「やる気は出ても、体力っていう問題の解決には繋がら────」

「私、今ならグラウンド百周ぐらいなら簡単にできる気がする」

「え……?」

「ありがと湊!私、おかげでまだまだ頑張れる!」


 そう言うと、奏はもう見えている自分の家に走って行ってしまった。

 奏のあの感じ、嘘をついてる感じじゃなかったな……本当にあれで体力が回復したのか。

 ……何がともあれ。


「ずっと応援してるからな、奏」


 俺はそう一人呟いて、家に帰宅した。

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