応援してね
日曜日の朝。
俺は先に起きていた奏に起こされる形で目覚め、俺たちは一緒に身支度をし終えると、チェックアウトも済ませてホテルの外に出た。
「あ〜!一泊二日だけだったけど旅行楽しかったね〜!」
「あぁ、楽しかった」
「……また一緒に来てくれる?私と二人で」
「あぁ、また行こう」
この旅行に来る前の時は、こんなにも素直に返答することはできなかったと思うが、俺たちは昨日で互いの気持ちを知って、目に見える関係性は変わっていないが、それとも大きく俺たちの距離は変わった。
だからこそ、俺も奏に対して素直な気持ちで向き合える。
俺たちは空港に向かうと、俺にとっては人生で二度目のフライトを終えて、家の前まで帰って来た。
「じゃあ、また明日、珍しく撮影が無い今日はゆっくり休んでくれ」
「待って!」
奏は俺の腕を掴み、家に帰ろうとする俺のことを力強く引き止めた。
「……湊が忘れない間にもう一回言うけど、私湊のこと好きだからね?絶対忘れたらダメだよ?」
「わかってる、俺も奏のことが────」
「それは!もう一回聞いちゃったけど、次はちゃんと私と付き合うってなった時に言って!」
「……わかった」
これで会話も一区切り、かと思ったが、奏はまだ俺の腕を離さない。
「まだ私たち付き合ってないけど、私が一位獲るこの夏休みの間に他の人のこと好きになったりしたらダメだからね?」
「そんなすぐに好きになるわけないだろ?」
「わかってるけど!湊って放っておくとすぐハニトラとかにかかりそうだから怖いの!」
「俺のことなんだと思ってるんだ!?ハニトラになんてかからない!」
「……嘘じゃないよね?」
「あぁ、信じてくれて良い」
「じゃあもし嘘だったら私のお願い一つ聞いてくれる?」
「約束する」
「……うん!じゃあ信じてあげる!」
奏は両手を後ろにして笑顔を見せると、俺に手を振って家の中に入って行った……普段は本当に忙しい奏には、今日という休日を満喫して欲しいな。
俺も旅行の疲れを癒す意味で、今日はゆっくりと休もう。
◇次の日◇
昨日休日を満喫した俺たちは、昨日の休日とは打って変わって学校が終わると奏の撮影のために撮影現場に行くという忙しい日々を送っていた。
「お疲れ様で〜す!」
奏がいつものように元気に挨拶をすると、プロデューサーがいつものように大きな声を出した。
「奏ちゃん現場入り〜!」
いつもの見慣れた日々だ。
旅行も楽しかったが、やはりいつも通りの日々というのも落ち着くものだ。
「あ、プロデューサー!プロデューサーに仕事のお願いがあるんですけど!」
「ん、何々?奏ちゃんが仕事のお願いなんて珍しいんじゃない?」
「はい!私、訳あって夏休みが終わるまでにこの夏にある国内女性モデル人気投票で一位獲らなくちゃいけなくなったので、夏休みが終わるまでに私が一位獲れるようにプロデューサーがプロデュースしてください!」
「うんうん、なるほどね?そういうことなら────え!?か、か、奏ちゃん!?なな、何言ってるの!?え……?き、聞き間違え?国内女性モデル人気投票で一位を獲るなんて……」
奏からプロデュースをお願いされたそのプロデューサーは今にも倒れてしまいそうなほどに混乱している様子だった。
「本気です、そのためならどれだけ忙しくなっても良いです……それに!プロデューサーだって言ってくれてたじゃないですか!私ならあと一年もあればトップクラスのモデルになれるって!それが一ヶ月に凝縮されるだけです!」
「おかしなこと言ってるって気づいてる!?はぁ、頭おかしくなりそう……それに、私が言ったのはトップクラスになれるって話で、トップになれるって話じゃないの、トップになるにはあと数年はかかるわ」
一応モデルになったとはいえ俺はほとんど素人……だが、そんな俺ですら奏の言っていることを実現することの難しさはわかる。
「だから────」
「すみません、プロデューサーの見解とかどうでも良いです」
奏は、現実的な意見をくれたプロデューサーに対して迷いなくどうでも良いと跳ね除けて見せた。
「私は絶対あと一ヶ月でトップモデルになります、プロデューサーはそれを実現できるようスケジュール管理とその方法を考えてくれれば良いです」
「……高校生にそこまで言われちゃ、私も前向きに考えてみないとね」
奏の決意が伝わったのか、プロデューサーさんは呆れまじりに、だが前向きな表情でそれを受け入れた。
「────でも、条件があるわ」
「条件?」
「そう、一つだけ……国内では無く、大学生以下で行われる女子学生モデル人気投票で一位を獲る、そういうことなら私もちゃんとプロデュースしてあげる」
「そんな────」
「定義が難しいのよ、国内投票と言っても、海外で活動しているけど日本の事務所に所属してるモデルとかも居るし、そうなると国内投票では勝てるかもしれないけど本当に勝ちって言えるのか怪しいでしょ?奏ちゃんはそれで満足できる?」
「そ、それは────」
「それに、大人のモデルと本気で勝負するってなるとテレビ出演とか広告とかとにかく色々しないといけないけど、今の奏ちゃんのキャリアじゃまだそこまでは難しい……だから、女子学生モデル人気投票で我慢して……言っておくけど、大学生を相手にするのだって簡単じゃ無いのよ?もしそれで奏ちゃんが一位を獲れるようなことがあれば、間違いなくそれは過去実例のない偉業になるわ」
奏の意図を汲み取った上で条件が必要な理由を説明し、しっかりと最後は奏のフォローもしている……プロデューサーには頭が上がらないな。
奏は今の話を聞いて、俺のところに駆け足で走ってきた。
「ね、ねぇ、一位獲るの、大学生以下だけで行われる女子学生モデル人気投票でも良い……?年齢層狭まっちゃうけど、そこで一位を獲っても、湊は安心してくれる?」
奏は不安そうに聞いて来たため、俺は迷いなく答える。
「あぁ、奏なら絶対に大丈夫だ、それに……両思いだって認識できた今からすると、もう変な不安も薄まって、仮に奏が一位を獲れなくたって────」
「やめて!そんなこと言われたら私甘えちゃって、せっかく決意したのに、今すぐその決意捨てて湊と付き合いたいって思っちゃうから」
「奏……」
「それに〜!」
奏は俺の両頬を軽く引っ張りながら大きな声で言った。
「私が仮にも一位獲れないわけないでしょ!湊は黙って応援してくれてたら良いの!」
奏は俺の両頬を引っ張るのをやめると、小さな声で言った。
「応援してね」
「あぁ、応援してる」
奏は小さく笑顔を見せると、プロデューサーのところに戻って行き、プロデューサーが言った通り、夏休みが終わるまでに女子学生モデル人気投票で一位を獲る、という方針に決まったようだ。
そして、ようやく今日の撮影を始めるべく、奏が撮影用の服に着替えるために着替え室に向かった。
「湊さん、こんにちは」
「え……?あ、こ、こんにちは」
俺は滅多に話すことのない、この事務所でトップモデルだというあの銀髪モデルの人が話しかけて来たため、少し驚いてしまったが、戸惑いつつも挨拶を返した。
「奏さんはすごいことを言い出したようですね」
「聞いてたんですか?」
「えぇ、まさか女子学生モデル人気投票で一位を獲ると言い出すなんて……それもあと一ヶ月で」
……そうか、女子学生モデル人気投票で一位を獲るということは、この人をも追い抜いて一位になるということなのか。
そう考えると、わかっていたことだが簡単なことではなさそうだ。
「やっぱり、その……奏のこと敵視してたりするんですか?」
俺が恐る恐る聞くと、銀髪のモデルさんは微笑みを浮かべながら答えた。
「まさか、敵視なんてするはずがありません……ですが、少し羨ましいことはありますね」
「羨ましい……?」
「湊さんのようなお優しい方が幼馴染として存在していて、モデルの仕事に付き合ってくれるということです……私は、孤独にモデル業をしてきた身ですので」
最後は少し寂しそうな表情で言った。
孤独で……俺より一つだけ上の17歳で事務所のトップモデルにまでなった努力、俺には計り知れないほどだ。
「友達とかは居ないんですか?」
「友達……必要最低限の社会的お付き合いがあるくらいです」
社会的お付き合い……本当に俺とは別世界の人みたいだ。
「ですから、このように同年代の、それも異性の方と話すというのは本当に珍しいことです」
「……俺なんかで良ければたまに話し相手ぐらいには────」
「はい!はい!は〜い!ストップ!ストップ!!」
俺と話して少しでも心の支えになってくれるならとたまに話し相手ぐらいにはなりますよ、と言おうとしたところで撮影用の服を着た奏が割って入ってきた。
「か、奏?」
「湊!ハニトラにかからないって言ってたの私信じたのに!何あれから24時間も経たないうちにかかりそうになってるわけ!?」
「別にハニトラじゃない、普通にただ話を────」
「そうですよ奏さん、私たちはただお話をしていただけです、邪魔だと言うのであれば、私は失礼致しますので、撮影頑張ってくださいね」
そう言うと、銀髪のモデルさんはこの場を後にした。
「もうっ!本当信じられない!帰ったら説教だからね!」
「せ、説教って……」
「ちゃんと反省してね!」
「わ、わかった」
正直何を反省すれば良いのかはあまりわからなかったが、ここはちゃんとわかったと返しておくのが無難だと判断した。
その後、俺は奏の撮影を見届けると、二人で一緒に俺の部屋に入り、説教されることとなった。
誰か、助けてくれ……
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