奏のことが好きだ

 俺たちは互いに抱きしめあったと、それで満足してしまいナイトプールから七階の七号室にある俺たちの部屋に戻ってきた。

 ……抱きしめあって両思いになったものの、俺たちはまだ付き合っていない。


◇数分前◇


 奏と抱きしめあってから数十秒が経過すると、俺たちは互いに一度抱きしめるのをやめた。


「湊……!え、本当!?夢じゃないよね!?」

「夢じゃない、俺は……今ならハッキリと言える、奏のことが好きだ」


 今まで自覚は無かったが、いくら幼馴染だからって奏の撮影に毎日付き合っている時点で、俺はもうとっくに奏のことが好きだったのかもしれない。


「やった……!やった〜!良かった〜!」


 奏は嬉しそうにナイトプールで水しぶきを立てながらジャンプしている。


「私、人生で今が一番幸せ……でも、それは今まで人生でってだけで、今からの人生はもっと幸せになる!もちろん湊と一緒に!」


 奏は晴れた笑顔でそう言っている。


「────でも、今は湊とは付き合えない」

「……奏は、優しいんだな」


 俺は奏の心情を理解して、そう短く答える。


「湊に言われたくないよ〜!でも、私は湊を不安にさせたまま湊と付き合うなんてできないから、とにかく湊に安心してもらうために国内女性モデル人気投票で一位になる!夏休み終わるまでにね」

「夏休みが終わるまでに!?」


 夏休みが終わるまでなんて、あと一ヶ月ぐらいしかない。

 奏が俺とは付き合えないと言った理由は俺を不安にさせないためにモデルとして安定する、ということは奏が優しいのを知っていたから予測できたが、まさか夏休みが終わるまでに国内女性モデル人気投票で一位になるって言い出すなんて……


「本当なら明日にでもなりたいけど、それは現実的に難しいからね」


 一ヶ月なら現実的だと言える奏にはすごいという感想しか出てこない。


「でも……湊、約束してね?もし私が一位取れたら、ちゃんと私と付き合ってくれるって」

「当たり前だ、俺は奏のことが好き……だからな」

「え、湊照れてるの?ちょっと〜!好きぐらいで照れないでよ〜!」

「て、照れてない!」

「大丈夫!照れてる湊も大好きだから!」

「だから照れてない!」


◇現在◇


 今後はちょっとしたことで照れないように……なんて、恋バナ経験が少なくて恋愛に耐性の無い俺には無理な話だよな。


「お風呂入る前に、一緒にベッドで座らない?」

「何か話したいのか?」

「ううん、そういうわけじゃないよ!一緒に居たいだけ」

「……そうか」


 俺たちは隣合わせでベッドに座った。

 ……しばらく無言でその時を過ごしたが、奏が俺の肩に頭を傾け口を開いた。


「本当はね、このままキスして、ベッドでイチャイチャして、湊と一つになりたい……でも、私は偉いからちゃんと湊と付き合うまでは我慢するの」

「それが良い」

「……でも、湊はお子ちゃまだから、もしどうしても我慢できなくなったら私に言ってね?その時は、お互い不安とか忘れて、いっぱい愛し合いたい」

「何回も言ってるけど俺はお子ちゃまじゃない、だから奏は俺のことなんて気にせずに一位を獲って────」

「気にしないとか、無理だよ」


 落ち着いた声でそう言いながら、俺のことを抱きしめてそのままベッドに倒れ込んだ。

 奏は俺のことを抱きしめている手をベッドに置いて顔を上げた。

 奏の長い髪の毛が俺の頬をかすめる。


「もし、今私が我慢できないって言ったら湊はどうする?」

「一度時間を空けて落ち着いてもらう」

「それでも我慢できないって言ったら?」

「その時は奏に合わせる」

「もしかして、今後はそんな感じで全体的に私に甘くなってくれるの?」

「今言ったのは特例だ」

「そっか……でも私、ちゃ〜んと我慢するよ!」


 奏は顔を俺から離して、ベッドから降り────ようとした素振りを見せたが、その次の瞬間、奏は俺の右頬に一秒にも満たない間だけキスをした。


「なっ……」


 さっきの会話の流れもあって驚いて目を見開いた俺に、奏は自分の唇に人差し指を当てながら言う。


「今は、これだけで我慢してあげる!……でも、頬にとはいえ私の初めてのキスなんだから、私が約束を守ったら湊はちゃんと私の湊になってね?」

「あ……あぁ」


 奏は動揺している俺のことを見て軽く微笑むと、お風呂に入ると言いながら手を振りながらお風呂のあるドアを開けて中に入って行った。

 俺は咄嗟に自分の右頬を押さえ────


「ここのお風呂透明ガラスになってるみたいだから、絶対中に入ってきたらダメだよ?」


 奏はわざわざ一度閉めたドアを開けて俺にそう伝えた。


「わかった、そんなに心配しなくても奏がお風呂に入ってるのにお風呂に入ろうとなんてしない」

「……二人部屋に付いてるお風呂ってだけあってお風呂もちょっと広いけど、絶対絶対入ってきたらダメだよ?」

「わかってるから、早く入ってくれて良い」

「わかってない!湊はそうやって言葉の表面だけを────」

「そういうのは、ちゃんと付き合い始めてから、な」

「っ……!うん!」


 奏は喜んだ顔でお風呂のドアを開けて中に入って行った。

 ……今度こそ行ったみたいだな。

 俺は奏がお風呂に入っている間、椅子に座って少し休憩することにした。


「嘘……あれ、湊?前からカッコよかったけど、急にカッコよくなってない!?付き合い始めてからって……あ〜!私が我慢できないって言ったら最後は私に合わせてくれるって言ってたし、いっそのこと……って、そうじゃなくて!ちゃんと私が一位を獲って湊のことを安心させてあげた上で付き合う!うん、絶対そうする!我慢、我慢だよ私……!」


 その後お風呂から出てきた奏と入れ替わりで俺もお風呂に入り一日の疲れを取り、お風呂から上がると、奏が寂しそうに一人でベッドに座っていた。


「……奏?」

「……私、湊とこのベッドで一緒に寝たいんだけど」

「あぁ、もちろん寝るけど……どうしてちょっと怒ってるんだ?」

「もう忘れたの?湊、この部屋に最初来た時私と一緒に寝るの嫌って言ってたんだよ?」

「あ、あー……」


 それでちょっとむすっとした顔をしているのか……でも俺だってまさか今日こんなことになるとは思ってなかったし、あの時の俺の判断としてはその判断をするしかなかった。


「……悪かった、でもちゃんと一緒に寝るから、それで良いだろ?」

「……まぁ?湊と一緒に寝たいからわざわざ湊がお風呂から上がってくるまで大人しく待ってたから、湊と寝られるなら許してあげるけど?でも、もっと何か────」


 俺は話に夢中になっている奏に近寄ると、一秒にも満たない間奏の右頬にキスをした。


「……大人しく寝られそうか?」

「……うん!寝られそう!」


 俺たちはクーラーの効いた部屋で同じ布団を被ってその大きなベッドで眠った……ベッドは大きかったが俺たちの距離はとても近く、今にも肩が触れてしまいそうな距離だった。

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