湊は私のなの!

 学生にとって夏と言えば、一番楽しみなのはやはり夏休み。

 夏休みは一番の季節休みの中でも一番長い期間休みがあって、大体のところはちょうど一ヶ月ほど自由に生活することができる。

 そんな夏休みを嫌う学生などなかなか居るはずもなく、それはもちろん俺たちも例外では無い。


「今日から夏休み〜!テンション上がる〜!」

「あぁ、これで拘束時間がだいぶ短くなるな」

「うん!」


 そう、ついさっき終業式を迎えた俺たちは、今日から夏休み。

 約二週間前、奏が女子学生モデル人気投票で一位になると言い出したあの日から俺たちのスケジュールはまさに忙しかった。

 まず朝は八時台には必ず学校に出席し、16時頃に放課後になるとそこから撮影現場へ移動。

 今まで撮影は18時までだったが、奏の一位になるという目標のため帰りは19時、遅い時は20時になり。

 そこから明日にも支障が無いようにできるだけ23時までには眠る。

 という高校生にはとても厳しいハードスケジュールを送っていた。

 夏休み前の一週間は昼までだったりもしたが、奏は本格的に夏休みに入るまでは全く気を抜かないと言って13時から18時までの五時間仕事をし続けるなんてこともあった。

 俺ですら体力的にキツイところがあったのに、一番忙しいはずの当の本人と言えば……


「ようやく仕事が五時間だったとしても湊と遊ぶ時間も確保できるようになったから、いっぱい遊びに行きたい!」


 と、仕事が後時間であることに対して全く嫌悪感を抱いていないようで、疲れている様子も一切無い。

 前みたいに表面上はっていう話でもなく、本当に疲れている様子は無い。


「遊びに行くのはもちろん良いけど、奏は疲れてないのか?今日から夏休みに入ったとしても、昨日までの一週間は五時間も仕事をしてたのに」

「毎日眠ると、湊が私のことを抱きしめながら『俺はいつでも応援してるから、頑張ってくれ』って言ってくれる夢が出てくるの、夢っていうか実体験だからその時のことが強く印象に残ってて記憶が映し出されてる感じなのかな?とにかく、それで毎日完全に疲れなんて吹き飛んじゃうから本当に疲れてないよ!」

「そ、それは……よ、よかったな」


 あの一回で疲れが毎日吹き飛んでくれているならもちろん喜ばしいことだが、毎日俺が奏のことを抱きしめたところが夢に出ていると言われるのは少しリアクションに困ってしまう。


「今日は夏休み初日だから何も仕事入れてないの!だから今から一緒にデート行かない?」

「デート……言い方はちょっと気になるけど、わかった」

「え、デートじゃないの?」

「デートって、それは、付き合ってる恋人の……」


 俺が色々と理由を作って、本当はデートという言葉を使うのが恥ずかしいだけなのを隠そうとしたが、奏の静かな視線が痛かったため、素直に折れることにした。


「デート、だな」

「うん!デート!」


 奏は俺の手を握って引っ張ると、そのまま走り出した。

 その後学校の校門から出てどこかに遊びに行く────はずだったが、校門前には人だかりがあって、外に出ることが難しそうだった。


「この人だかりは……?」

「わからないね……って、あ!」


 奏が何かに気づいた直後、その人だかりの中心に居ると思われる人物から俺の方に向かって声が掛かった。


「あ!湊さん!」


 その人は人だかりを通り抜けて俺の目の前に────って、この人は……銀髪のトップモデルの人?


「どうしてあなたがここに……?」

「本日湊さんの学校が終業式を迎えると聞いて、お迎えに参りました」

「聞いたって、誰にですか?」

「プロデューサーさんにです」

「プロデューサー!?」


 確かにプロデューサーには夏休みが終わる日も当然伝えているし、別にそのぐらいなら軽く聞くこともあるだろう。


「はい、湊さんとツーショットを撮りたいので湊さんの予定を教えてくださいと聞いたところ、本日から夏休みだということを教えていただきました」

「は、はぁ!?」


 その言葉に一番最初に反応を示したのは俺ではなく奏の方だった。


「それどういうこと!?」

「どういうこと、とは?同じ事務所なのですから、仕事の予定を聞くぐらいは問題無いと思ったのですが」

「同じ事務所だからって異性の予定────いやそれよりも!今までは先輩で事務所のトップモデルっていうこともあって色々言わなかったけど、どうせ私が今度のファッションショーで一位獲って────」

「込み入った話をするのであれば、場所を変えましょうか」

「……」


 奏は一瞬迷ったようだが、俺に気まずそうな表情で伝えた。


「三十分だけデート遅れても良い?すぐ話終わらせるから、湊は街のどっかで待ってて、後で待ち合わせしよ?」

「……わかった」

「湊さんも一緒で構いませんよ?」

「い〜や!どうせ湊のこと籠絡して落とすつもりでしょ!わかってるんだから!」

「籠絡……?そんな、私はただ湊さんのお友達になりたいだけです」

「友達って何!どういう友達!?変な関係の友達────」

「と、とりあえず場所変えて話してきたらどうだ?俺はちゃんと待ってるから、奏も移動中にちょっと落ち着いた方が良い」

「……湊がそう言うなら、そうする」


 俺は場所を変えて校門前から立ち去っていく二人を見送り、とりあえずクーラーの効いたショッピングモールで時間を潰すことにした。


◇奏side◇

 場所を変えて話すために、私たちはカフェに来ていた。

 カフェならみんな自分たちの話に夢中だし、そんなに大声で話さなかったら元々色んな人が話してるおかげで迷惑にもならない。


「このような素敵な装飾のカフェを知っているなんて、流石は奏さんですね」

「そんなことより、湊のこと本当はどう思ってるかだけ聞かせて」

「奏さん、表情が怖いですよ?紅茶でも頼みますか?」

「ふざけてるの?湊のことどうするつもり?」

「どうもしませんよ、それに、もし私が湊さんのことをどうしたとしても、湊さんは奏さんのものでは────」

「湊は私のなの!物じゃ無いのはその通りだけど私のなの!」


 私は感情に任せてそう言い切る。


「……奏さんの、ですか」


 紅茶を飲もうとしていたトップモデルはその腕を止めて紅茶をお皿の上に戻した……表情は変わってないけど、ちょっと怒った感じの雰囲気を感じる。

 でも、怒ってるのは私だって同じ。


「だから、もし湊に邪な考えで何かしようとしてるなら────」

「そのようなことはしませんよ、私は心の底からお友達になりたいと思っているだけです……それに、湊さんに酷いことをしているのはあなたじゃありませんか?」

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