湊、ドキドキしてる?

 事務所に行った日から一日開けて、本日は休日の土曜日。

 今日は二度目の奏とのツーショット撮影があるらしく、俺と奏は早速家の前で待ち合わせをしていた。

 そろそろ奏が来る頃────


「お待たせ、湊」


 ────予想通り、奏が家から出てきたらしいため、俺はそちらに振り向いた……が、そこにはいつもとは違う奏の姿があった。


「……奏?ど、どうしたんだ?」

「どうって?」


 奏は、いつも可愛らしい星形の髪留めをしているが、今日はそれが無く、服装も肩や胸元が空いたかなり際どい感じの服を着ている。

 高校生なら似合わなそうな服を、そのスタイルとファッション性で完璧に着こなしているのは流石超人気モデルの奏だと言いたいところだが、それにしたってこんな服を着ている奏を見るのは初めてなため、俺は少し動揺してしまった。


「なんていうか……まぁ、今日は暑いもんな」

「うん、暑いね……湊の分の水も持ってきたから、喉乾いたらいつでも言ってね」

「あ、ありがとう」


 ……見た目だけじゃない、喋り方もいつもよりかなり落ち着いているように見える。

 暑くて体がだるいせいで元気が無くなっている、というわけでもなさそうだ。

 ……それにしても、改めて見るとやっぱり奏はとてもスタイルが良い。

 スリーサイズはもちろんのこと、それ以外の細かいバランスも────


「湊、どうかした?」

「な、なんでもない!撮影現場に向かおう」

「うん」


 俺は変なことを考えるのをやめて、今から仕事をしに行くんだという気持ちに切り替えた……撮影現場なら、緊張感のある空気があって変なことも考えられなくなるはずだ。


「……そういえば、事務所からメールで送られたきて撮影場所いつもと違ったな、いつものところは他の人が使ってるからとかか?」

「そんな感じだと思うよ」


 その後俺たちは数十分歩いていると、ようやくその撮影場所の建物に着いた。


「この建物が撮影場所……外観だけ見るとちょっと不思議な感じだな」

「アミューズメントホテルらしいから、外観だけじゃなくて内装も結構不思議な感じだと思うよ」

「なるほど……」


 アミューズメントホテル、どこかで聞いたことがあるような無いような単語だ……それにしても、今日の奏は本当に落ち着いているな。

 いつもなら「わ〜!アミューズメントホテル来た〜!」とか「外観すご!」とか言いそうなものなのに。

 昨日会った時は特にいつもと変わりなかったから、奏が今日変わったことには何か特別な意味でもあるのか……?


「入らないの?湊」

「あぁ、入る」


 中に入ると、受付前にはプロデューサーが立っていた。


「二人とも来たね〜!もう受付終わってるから、先に四階の一番奥の部屋行っててね〜」

「行っててねって、プロデューサーは来ないんですか?」

「ちょっと伝達ミスがあって、カメラと照明の人が遅れてるの、だからとりあえず二人には慣れてもらうためにも先に部屋の中に入ってて欲しいの、慣れない感じがあると写真からも読者に伝わっちゃうからね〜」

「そういうことですか、わかりました!」


 そこまで頭が回らなかったな、当たり前のことだがプロデューサーは俺とは踏んでいる場数が違う。


「奏ちゃんも、頑張ってね……色々と」

「はい、ありがとうございます」


 俺たちは言われた通りに四階に上がると、その一番奥の部屋に入った。

 中はピンク色を基調した部屋で、ハートが描かれた布団にハートの机、ハートの椅子と、とにかくハートを推しているような部屋だった。

 靴を脱いで、俺たちは軽く部屋を見回す。


「……ハート型のドアか、ホテルってことだったしお風呂とかか?」

「うん、そうだと思うよ」


 奏は椅子に座ると、持っていた荷物を全て机の上に置いた。

 俺もそれに合わせて荷物を机の上に置くと、試しにベッドの上に座ってみた。


「ふかふかだ、見た目だけじゃなくてちゃんと質にもこだわってるみたいだ」

「へぇ、ちょっと一緒に寝てみる?」

「いきなり何を言い出すんだ、そんな冗談言ってる間にプロデューサーたちがそろそろ────」


 俺が奏の冗談を軽く流そうとしたところで、奏はベッドの方に歩いてきた。

 ……何となく、俺はベッドに座りながら後ろに後ずさる。

 だが、奏は遠慮なくベッドに上がってきて、さらに俺との距離を近づけてきた……今日の奏の服装は目のやり場に困る。


「どうしたの?湊、ちょっと様子変だよ?」

「様子が変なのは奏の方だ、今日はどうしたんだ?」

「どうもしてないよ?」


 そう言いながらも奏は明らかにいつもとは違う雰囲気で俺に近づいてくると、俺の耳下から口元を自分の人差し指でなぞった。


「……湊、ドキドキしてる?」

「え……?」


 そう言いながら、奏は俺の心臓に手を当てた。


「やっぱり、ドキドキしてるみたい」

「……」


 いくら相手が幼馴染の奏とはいえ、肩を見せられて胸元も開いている、そんな状態の異性とベッドの上で一緒に居ると、ドキドキぐらいはしてしまう。

 それに……今日の奏はやはりどこか変だ。

 落ち着いているというか、大人っぽいというか……大人っぽい?


「プロデューサーたち遅いし、来るまでに何かできそうだね」


 大人っぽいという単語にどこか覚えがある俺は、自分の中で記憶を遡る。

 ……そうだ、確か奏が俺に「湊は、ああいう大人っぽい人が好みなの?」とか聞いてきたんだ。

 ……もしかして。


「この場所も、なんだか────」

「奏、何か無理してないか?」

「……無理?」

「今日の奏は妙に落ち着いてたり、露出の多い服を着たりしてるけど、それは無理をしてるんじゃ無いのか?」

「無理なんてしてないよ、私自身と……湊のためにしてるんだから」


 奏は無理なんてしていないと言っているが、奏の発言から考えるに、奏は意図的に今日はいつもと違った様子になっているようだ。


「俺のためって、俺はそんなこと望んでない」

「湊は、大人っぽい女の子が好きなんでしょ?」

「それは勘違いだ、好きなタイプとか普段から考えてるわけじゃないからわからないって答えただろ?」

「でも、湊いつもと私に対する態度違うし」

「奏の態度が違うんだから当たり前だろ?それにそんな格好で近寄られたら……とにかく、無理をしてるならそれはやめてくれ、俺たちは素でわかり合えるからこそ幼馴染なんだろ?」

「……素で、わかり合える?」


 俺がそう言うと、奏は少しだけ沈黙した顔を下に向けた。

 今の俺の言葉がしっかりと奏に響い────


「あ〜!もうわかった!じゃあいつも通り素で話してあげる!」


 そう言うと、奏は勢いよく顔を上げていつものように表情と感情を豊かに見せながら言った。


「わかり合えるって何!?十年も一緒に居て私のことわかり合えるのわの文字も怪しいじゃん!」

「戻ったら戻ったでいきなり元気だな!?ていうか、十年も一緒に居て『わ』の文字も無いわけないだろ!『る』はわからないが『え』は行ってるはずだ」

「行ってないから!私のこと何にもわかってないくせに!」

「そんなはずないだろ!」


 全て知っているとまで言うつもりはないが、何にもわかっていないということは絶対に無い。


「い〜や!湊は私のこと何にもわかってないよ!それに!さっき私がちょっと大人っぽくしただけでめっちゃドキドキしてたじゃん!あれでよく大人っぽいのが好きじゃないとか言えたよね〜」

「あれは奏の服装のせいだって言っただろ?」

「へ〜?湊は幼馴染の体でも変なこと考えちゃうんだ〜」

「……そんな格好で近寄られたら、考えるに決まってるだろ」

「っ……!……そ、そう」


 奏は突然頬を赤く染めて、どこか照れたような態度を取っている。

 ……俺は少し気まずかったため、奏に他の気になることを聞いてみることにした。


「どうしてこんなことをしたんだ?」

「それは、その……やっぱり湊は、普段の私のことは好きになれないのかなって」

「好きになれないって、何言ってるんだ、俺はほとんど毎日奏の撮影に付き合ってたんだ、奏のことを大事に思ってないわけ────」

「違うの、そうじゃなくて……私、湊のこと────」

「────あっ」

「────あっ!?」


 奏が何かを言おうとしたタイミングで、プロデューサーたちが部屋の中に入ってきた。

 プロデューサーは俺たちに手を合わせながら言った。


「ごめん!もう結構時間経ってたし、最後の事に運んでるなら部屋の中からそれらしい音が聞こるかなと思ったんだけど、聞こえなかったから入って来ちゃった!タイミング悪かった……?」

「最後の事……?なんのことです────」


 俺がプロデューサーに疑問を投げかけようとしたところで、何故か奏が焦ったように俺の言葉を遮るように口を開いた。


「だ、大丈夫ですプロデューサー!撮影始めましょう!」


 奏はいつも通り元気に言うと、プロデューサーと二人にしか聞こえない会話を始めた。


「あと五秒!あと五秒で想い伝えれたのに!」

「本当ごめんね奏ちゃん……今度、またアミューズメントパーク────」

「同じ手は怪しまれちゃいそうなので、何か別のでお願いしますね……プロデューサー、今回協力してくれたのはありがたかったですけどこのことは湊と恋仲になれるまで恨みますからね」

「ごめんって奏ちゃん、ちゃんと考えておくから……」


 二人が会話を終えると、すぐに俺と奏のツーショットの撮影がが開始され、撮影が終わると俺と奏は帰路に着いた……その道中。


「それにしても!湊本当に鼓動早かったね〜」

「何度も言うが、それはその服が悪い」

「そういうことにしてあげる!それにしても、いくら相手が湊でもあの雰囲気の場所のベッドの上に二人で居るのはちょっと新鮮だったよね〜」

「あぁ……ハートばっかりで、一歩間違えれば恋人同士が二人で行く場所みたいだったな」

「いつかそういうところも一緒に行きたいな〜!」

「あぁ、そうだな────って、え?」


 そういうところって……聞き間違いか?

 俺は奏があまりにも自然に言ったため、自分の耳の方を疑ったが、すぐにそれが間違いでなかったことが奏の口から告げられてハッキリとした。


「湊と、行きたいな」

「……って、引っかからないからな?どうせいつもの冗談とかって言うんだろ?」

「……正解〜!やっぱり湊には見破られちゃうよね〜!」

「当たり前だろ、奏が俺にそんなこと言うわけがない」

「……言うわけがないって〜?」

「それこそ言うまでもないことだ、超人気モデルになった今ですら勢いをつけてる奏が、俺にうつつを抜かしてる時間なんて無いんだろ?それはずっと撮影に付き合ってる俺もよくわかってる」

「……そ、そう〜?そんなことないと思うけどな〜!」


 俺は、確たる俺の私見と考えを奏に伝える。


「奏はモデルをしてから本当に輝いて見える、だから俺にそんな風なことで時間を使うことなんてあり得ないだろ?そんなのからかいにもならない」

「っ……!輝いて見えるのは、モデルしてると湊に可愛いって思われるから……湊は、私がモデルしてること、どう思ってるの?」

「どうって、もちろん応援したいと思ってる」

「……応援?」

「あぁ、奏が楽しめる範囲で、俺のことなんて気にせずに頑張ってくれ……あ、もちろん前みたいにツーショットが必要な場合は手伝うからな」

「……うん、ありがとね」


 その後、俺たちはそれぞれ家に帰宅して、しっかりと休息を取る事にした。

 明日もまた奏の撮影がある、しっかりと付き合おう。


「湊に見て欲しくてモデルしてるのに、モデルをしてたら湊が私のこと見てくれない……モデル、辞めよっかな」

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