奏のことを見届ける

 ファイナルステージ開演と同時に、奏や氷花さんを含めた十人のモデルの人たちがランウェイを歩き始めた。

 百人の中から選び出された十人ということもあって、綺麗な人たちばかりだ。

 相変わらず奏の浴衣姿は浮いているが、それは悪い浮き方ではなく、奏が着ることによって何故かこの会場の雰囲気とも調和しているように見える。


「……ん」


 奏は、さっきのファーストステージの時と同じように、俺に手を振ってきた……さっきは手を振り返さなかったが、俺は小さく手をふり返すことにした。


「っ……!」


 すると奏は周りの目を気にせずに、俺の方に向かって両手で手を振ってきた。


「お、おいおい……」


 俺が観客席の一番後ろだったから良かったものを、もし一番前の席とかだったら俺にだけ手を振ってて色々と危なかったんじゃないか?

 ……とにかく、奏が少しでも元気を出してくれたならそれが一番だと思うことにして、あとは奏のことを見届けることにした。


「ファイナルステージのランウェイが終わりました!大前提として!このファッションショーに参加している百人は、皆がそれぞれの事務所から選び出されたモデルたちで、ここに居る十人は、その百人の中からさらに絞られた十名であり!今から行われる投票結果によって、その中から見事一位に輝くモデルが選び出されます!」


 このファッションショーに参加するに当たって、観客の人はそれぞれファッションショー用のアプリ導入を義務付けられているらしく、ファイナルステージの投票は、そのアプリで行うらしい。


「その前に!ファイナルステージに残った十人の感想や最後に話したいことなどを、順に聞いていこうと思いま〜す!」


 それから、一人、また一人とこのファッションショーに臨むにあたっての所感を話して行った……そして、次は。


「では次の方どうぞ!」


 次にスポットライトが当たったのは氷花さんだった。

 氷花さんは非の打ちどころのない姿勢と共にマイクを持ち、品のある口調で話し始めた。


「最後に話したいことを、ということでしたので素直な感想を話させて頂こうと思います……私は去年、この『サマー・コーディネート・ファッションショー』で二位を獲らせていただいたのですが、今年はどうしても一位を獲りたい理由ができました……モデルとしてではなく、一人の人間として、どうしても一位を獲りたいのです……それが私の話したいことであり、願いです、お聞きいただきありがとうございました」


 その言葉を最後に、氷花さんが礼儀の見本とも言える角度でお辞儀をすると、会場中から拍手が上がった……もちろんさっきまでのモデルの人たちが話終えた後も拍手はあったが、氷花さんに向けられた拍手はさっきのモデルの人たちに向けられた拍手よりも重みがあるような気がする。

 ……もしも、服を着こなしているかだけではなく、この最後の話も投票結果に影響するとしたら。

 奏は、さっきの氷花さんの話を会場の人たちに忘れさせるほどの話をすることができるのか?

 ……普段の奏を見る限りはとても奏は思えない、が。

 奏は時々普段の奏とは思えないほどに真面目な時がある……もしかしたら、今からその奏が見られるのかもしれない。

 氷花さんの後、何人かが話終えたあと、今度は奏が話す番となったので奏はマイクを手に持ち口を開いた。

 奏は一体、どんな話を────


「湊〜!見て見て〜!私今あの『サマー・コーディネート・ファッションショー』のファイナルステージに立ってるよ〜!」

「は……!?」


 観客が声を出してはいけない時間だが、俺は思わず驚きと疑問の声を上げてしまった……奏は何を言っているんだ?

 緊張が変な方向に行ってしまった結果か……?

 それとも、この理解できない行動も、後で話す話に繋がっていたりするのか?

 俺が色々な可能性を考えていると、奏はいつものように元気な声で言った。


「ちゃ〜んとここで一位獲って、一位を獲ったこの浴衣で明日絶対湊と夏祭り行くから〜!」


 俺は色々な可能性を考えていたが、それらは全て違った……奏は、ただ純粋な気持ちで今俺に話しかけている。

 この会場だけでも何万人か居て、後の影響を考えたらそれだけじゃ収まらないような場所で、ただ純粋にいつものように俺に話しかけている。

 ……奏は俺のことをよくバカっていうか、奏だってバカだな。

 そう思いながらも、俺はどこかそんないつも通りの奏に安心感を覚えていた。


「言いたいのはそれだけです!ありがとうございました!」


 奏は氷花さんのような礼儀作法の見本……というようなお辞儀ではなく、女子高生らしいフレッシュさを感じるお辞儀をした。

 そのお辞儀と同時に、会場中から奏に向けて拍手が送られた……が、その拍手は、氷花さんやその他の人の拍手に比べると、どこか重みの無い、軽い拍手だった。

 ……奏が一位を獲る、俺はそう信じている。

 が、この最後の最後の重要な時に、どうして奏は氷花さんみたいにこの『サマー・コーディネート・ファッションショー』に臨むに当たっての心情では無く、俺に対するメッセージを送ったんだ。

 その後の他の人の話も聞いて、俺は少しだけ不安になっていた。

 不安の内容は、奏は一位を────


「最後までお話しを聞き終えましたので!皆様!いよいよこの『サマー・コーディネート・ファッションショー』のモデル投票に移りたいと思います!お持ちのスマートフォンから、一番目を奪われたというモデルに投票しちゃってください!!」


 司会の人は今日一番の盛り上がりどころと言うように大声でそう言った……もちろん俺たち関係者は誰かに投票することはできないため、大人しく結果を待つしかない。

 ……俺も不安に思っているが、俺よりも不安に思っているのは奏自身のはずだ。

 俺は奏がどんな表情をしているのかを確認する。


「……」

「っ……!」


 奏の表情は不安というものを全く見ておらず、なんなら楽しそうに笑みさえ浮かべている。


「……奏の言う通り、俺はバカだな」


 一番不安になっていてもおかしく無い奏本人が楽しそうな笑顔を浮かべてるのに、俺が不安がってるわけにはいかない。

 俺は改めて、奏の一位を心から信じることにした。

 ……五分ほどで集計が終わったらしく、司会の人は大きな声で言った。


「これより!今年の『サマー・コーディネート・ファッションショー』上位十名の順位を発表したいと思います!まず十位────」


 それから、モデルの順位が発表されていった……十位、九位、八位、七位……それぞれの順位のモデルが次々にスポットライトを浴びていくが、まだ奏と氷花さんは順位発表されていない。

 そのまま順位は四位まで進んだ。


「次は三位の発表です!三位は────この人です!」


 俺は心臓の鼓動を早めながらスポットライトが誰に当てられるのかを見た……が────当てられたのは、奏でも氷花さんでも無かった。

 ……ということは、一位は奏か氷花さんのどちらかということになる。


「続いて二位ですが!二位と一位はとても僅差です!」


 僅差……ますます発表の瞬間までどっちが一位なのかわからないな。

 だが、俺は……奏が一位になっていると信じている。


「では!二位は────この人です!」


 一瞬目を閉じてその結果から逃げたいと思ってしまったが、どうにかその気持ちを抑えて俺は舞台の方を見続ける……俺は、奏のことを見届ける。

 とっくにそう決めている。

 俺が改めてその気持ちで舞台を見ると、二位の人にスポットライトが当てられた。

 その人はとても姿勢が良く、スタイルも良く、銀髪でとても高校生とは思えないほどの美貌の持ち主……氷花さんだった。


「……」


 氷花さんはその結果に驚いているのか、全く動かずに固まっていた。

 ……氷花さんが二位、ということは。


「いよいよ!一位の発表をさせていただきたいと思います!今年の『サマー・コーディネート・ファッションショー』一位のモデルは────この人です!」


 ファーストステージの時とは違い、今度はその舞台に居る人数、十人分のスポットライトが────奏に当てられた。


「やっっった〜!!」


 奏はその場でジャンプして、思いっきり喜んで見せた。

 俺も喜びの感情を声に出すのを押さえるように、右手を握りしめた。


「湊〜!一位獲ったよ〜!!」


 奏はマイクも使わずに、大声でそう伝えてきた。

 あぁ、おめでとう、奏。

 その後は色々とインタビューがあったが、奏は全て湊……俺のことを交えてそのインタビューに答えていた。


「────ということで!これにて『サマー・コーディネート・ファッションショー』は閉幕です!皆さん、お帰りはスタッフの指示に従ってお帰りください!」


 司会の人のその言葉を最後に、夏のモデルの聖典『サマー・コーディネート・ファッションショー』は幕を閉じた。

 その瞬間、俺は急いで奏の居る場所に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る