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 数日後、フェリシアンさんがまた来店された。

 今後の打ち合わせは第三王女殿下付きの誰かが、という話も出たらしいが、フェリシアンさんが自分から名乗りを上げたらしい。


「息抜きと称さなくてもこの店に来ることができるのは、私にとっては嬉しいことだからな」


 どこかご機嫌な様子のフェリシアンさんに、「光栄です」と微笑み返しながら、私はいくつかのデザイン案を提出した。この中から王女殿下ご本人にお選びいただいて、また数日後にフェリシアンさんから返答をいただく予定だった。

 ただの連絡係のようで、本当に伯爵にやっていただくような役割ではないんだけど……。ご本人が望まれていることなら、私が何か言うことでもない。


「確かに預かった。ここに書かれていないことで、何か口で補足しておいたほうがいいことはあるか?」

「それでしたら、差し出がましいことかもしれませんが……。それぞれのデザインの意図についてご説明いたします。王女殿下がお悩みになられているようでしたら、ご参考までに補足していただけますと幸いです」


 首輪の本体部分のデザインは外注したものを数点提出したので、私のほうで勧めることはしない。

 宝石部分のデザイン案は五つ。方向性としては、三つに分けた。


 一つ目、ものすごくシンプルなもの。キャッツアイ以外の石は使わず、地金もできる限り少なくした。これが一番、猫への負担は少ないだろう。結局メレダイヤで囲うだけのデザインはやめた。

 二つ目、デザイン性を重視したもの。キャッツアイの他にシトリンとメレダイヤをいくつも使用している。人間用のものとしては特に問題ないが、猫にとっては重いかもしれない。猫が首輪をつけられなくても構わない、ということであればこれでもいいだろう。

 最後が、できる限りシンプルにして石の数を減らしつつも、地金の形などを工夫して面白味を出しているもの。猫の負担とデザイン性、どちらもバランスよく考えたデザインだ。この方向性が一番いいだろうと判断して、五つのうち三つをこれにしている。


「わかった、殿下に伝えよう。おそらく殿下も、この三つのどれかを選ぶだろう」

「ありがとうございます、よろしくお願いいたします。どれも気に入らない場合はデザインの修正も可能ですので、その際には修正の方向性をご提示いただければと思います」


 修正の大きさに応じた料金についても、軽く説明しておく。


「それから一点、確認していただきたいことが……。先日いただいたあのキャッツアイに、私の魔力をこめさせていただくことは可能でしょうか」

「ああ、その質問なら今答えられる。すまないが、王族の身の回りの魔宝石に魔力をこめてもいい人間は、特定の者に限られているんだ」


 やっぱりそういう感じだよね。悪意を持って魔力をこめられた魔宝石は、場合によっては危険な力も持ち得る。

 もともと駄目元で確認したことだったので、かしこまりました、とあっさり返す。


 殿下からのご注文の件で、今日やりとりできるのはこの程度だ。

 フェリシアンさんはもうお帰りになるだろうか。それとも、いくつかのジュエリーやルースを見ていってくださるだろうか。だとしたら、昨日サニエ卿から買い付けたパパラチアサファイアがすごく見事だから、ぜひお見せしたいのだけど。


 顔には出さないようにしながらそわそわしていると、フェリシアンさんはふっと自身の手元に視線を向けた。手元に、というより、そこにあるアクアマリンのカフスボタンに、だろうか。少し前に当店でお買い上げいただいた品だ。


「このボタンもそうだが、今まできみから、きみの魔力をこめたいと提案されたことはなかった。今回の首輪にはこめたいと考えた理由を訊いてもいいだろうか」

「はい。ご存知のとおり、私は精霊に愛されています。その影響で、私の魔力を込めた魔宝石は非常にハイクオリティになるんです。おいそれと販売できないほどに……」

「なるほど。どれだけ質が高くとも、王族相手であれば問題にならないだろう、と?」


 肯定した私に、フェリシアンさんは少し何かを考えるような顔をした。


「……それは、きみにとっては隠しておきたいことだったのではないか?」

「精霊に愛されているという秘密は、すでにお教えしていましたから。共有する秘密が少しだけ増えたところで、何も変わりません」


 もともと教えていた秘密の一種のようなものなんだから、フェリシアンさんに対してであれば言わない理由はない。

 それほど大した話をしたつもりはなかったのだが、フェリシアンさんが感じたものは違うようだった。


「ありがとう。きみの信頼を嬉しく思う」


 ――こんなことをとびっきりの笑顔で言われたら、どぎまぎせざるを得ない。嬉しそうに細められたアクアマリンの目は、いつも以上の輝きを湛えて見えた。

 えっ、あ、はい、そんな……と早口で言い、思いきり視線を泳がせる私はさぞかし挙動不審だっただろう。雑談に移行していたとはいえ、一応は仕事中だというのに情けない。


 この方が美しいことは、なんの言い訳にもならないからな……。気を緩めないよう、しっかりしなければ。

 フェリシアンさんはくすりと笑ったものの、ありがたくも私の態度のおかしさを指摘しなかった。


「私も何か、開示できる秘密があればよかったのだが……」

「え!? い、いえ、お気遣いはご不要です。信頼の証として、という意味であれば、もう十分なほどにお言葉をいただいています」

「それだけでは私の気が収まらない。かと言って、人に隠しているようなことは特にないからな……」


 フェリシアンさんは少し困ったように眉を下げた。

 人に隠しているようなことがない……簡単に言っているが、相当すごいことだと思う。そう言い切れる人もなかなかいないだろう。

 微かに眉根を寄せていたフェリシアンさんが「そうだ」と声を上げた。


「秘密と呼べるほど大層なものではないし、隠していることでもないんだが」


 そう前置きしてから、フェリシアンさんは少々気恥ずかしげに続けた。


「犬が苦手なんだ」

「……犬?」

「ああ。昔噛まれたことがあって、小さい犬でも怖い」


 それは、なんというか。……大変可愛らしい弱点だな、と思ってしまった。

 この美しい人が、小さな犬相手にたじたじになっているところを想像すると、それだけで微笑ましくなる。ご本人からすれば大真面目で、笑い事ではないのだろうけど。

 小さく笑いそうになってしまったのを、慌てて咳払いでごまかす。


「ち、小さい犬でも、凶暴な子はいますからね……!」

「……やはり少し情けないだろうか」


 ――その耳の先がほんのりと赤く染まっていることに気づいて、んん、と声が出そうになってしまった。

 可愛いと思わせるのはやめてほしい。美しさだけでなく可愛さまで駆使されてしまったら(フェリシアンさんに『駆使している』なんて認識はないだろうけど)、冷静に対応できる自信がなくなる。


「いえ、まったくそんなことはありません。苦手なものは人それぞれですから……その、教えてくださってありがとうございます」

「まったくきみの秘密に見合うものでなく、申し訳ない」

「いえいえ! あっ、私の魔力をこめた宝石についてなんですが、個人的に収集しているものでよろしければ、次の打ち合わせの際にお持ちしましょうか……!?」


 ものすごく無理やり話を元に戻してしまったが、フェリシアンさんにとっても都合がよかったのか、「いいのか? ぜひ見たい」と表情を和らげてくださった。


「では次回お持ちいたします。私が持っている石は、ティンカーベル・クォーツ、パパラチアサファイア、スタールビー、バイカラートルマリン、ムーンストーン、オパール、ストロベリークォーツ、デュモルチェライト・イン・クォーツ、あとはキャッツアイですが……申し訳ございません、名前を挙げるだけではわかりづらかったですね……」


 フェリシアンさんの困ったような表情を見て、失敗に気づく。さすがに全部お見せするわけにもいかないだろうから、指定していただこうと思っていたのだけど……。


「ティンカーベル・クォーツとパパラチアサファイアには、私の魔力をすでにこめてあります。残りの石については、フェリシアンさんのご要望次第で魔力をこめて持ってまいります。それぞれどんな石か説明してもよろしいでしょうか?」

「説明はぜひ聞きたいが、なぜその二つ以外には魔力をこめていないんだ?」

「私の魔力をこめなくても、魔宝石は十分美しいからです……というのももちろん、理由の一つではあるのですが。一番大きな理由は、精霊が集まってくるのが少し恐ろしくて……。何が起こるというわけでもないとは思うのですが、二つだけでも眩しいくらいに精霊が集まるのです」


 精霊は美しいものが好きだ。私の魔力をこめた魔宝石なんて、それはもう愛される。

 常日頃から私の周りにはふわふわと精霊が漂っているが、金庫に集まってくる精霊の数はその比ではない。集まりすぎて光の境界もなくなるので、どのくらいの数集まっているのかもわからないけど。

 ティンカーベル・クォーツの指輪は、この世界に来た初日にもらって、初日に魔力をこめた。だから指輪を置いてある場所が眩しいのは、私にとってはもはや普通の感覚だったのだ。あの頃は何が普通で何がおかしいのかもわからなかったし……。


 二番目に手に入れる石は、絶対にパパラチアサファイアがいいと決めていた。あんなにもベルの瞳に似ている石はないから。

 二号店の店長になる前から給金はもらっていたので、こつこつと貯めたお金で念願のパパラチアサファイアのルースを買って、わくわくしながら魔力を流して――あ、これ、今後買う石全部に魔力こめたらものすごいことになるな……とようやく悟った。二つの石が同じ部屋にあるだけで、普通の感覚、で済ませられる眩しさではなくなっていた。


 精霊に愛された人間が魔力をこめると魔宝石は美しくなる、なのか、あるいは魔宝石を美しくさせる魔力を持っているからこそ精霊に愛される、なのか。

 昔母さんから聞いた話からすると前者だが、後者も十分ありえることだと思う。精霊についてはいまだに解き明かされていないことのほうが多い。


「精霊、というのは……眩しいものなのか?」


 私の答えに、フェリシアンさんは興味深そうに問いかけてきた。


「精霊は基本的に、ふわふわとした光のような姿をしています。美しいものが大好きなので、宝石、特に魔宝石の近くには集まりやすいです」

「このカフスボタンの近くにも?」

「はい。水色の精霊がいくつか……あ、紫に変わりました。色の変わり方は不規則なのですが、私が意識を向けたときに変わることが多いので、もしかしたら精霊にも何か感情のようなものがあるのかもしれません」


 本当にただの光なのに、そういうタイミングで色が変わるせいでなんだか可愛く思えてくるのだ。

 あと、夜は気を遣ってくれるのかなんなのか、光量を抑えてくれるから助かるんだよね……。おかげで眩しくて寝られないということがない。


「……それなら、すでに魔力をこめてあるものだけ見せてもらえるか。わざわざこれからこめてもらうのも気が引ける」

「かしこまりました。それではティンカーベル・クォーツとパパラチアサファイアをお持ちいたしますね。石の説明は、本日先にしておいたほうがよろしいですか? それとも、実物を見ながらのほうがよろしいでしょうか」


 実物を見ながらのほうがいいとのことだったので、説明は次回に持ち越すことにした。代わりのようにおすすめのルースを見たいと言われたので、昨日買ったパパラチアサファイアは除いていくつかご紹介した。できるだけ私が持っている石と似ているものを。


 ……ほんとは私、全部見せたかったのかも。

 家族にしか見せたことのない、宝物。私はどんな宝石だって好きだけど、自分のものにしたい、と感じる石はどれだってとりわけ大事だった。


 そんなものを見せたいと思えるのは、それってもう、フェリシアンさんのことを友人だと感じてるってことなのかな。




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