13
嬉しそうにイヤリングを見つめるセレスティーヌ様に、フェリシアンさんが「そうだ」とふと切り出す。
「セリィ。実はこのエメラルドは、私も一緒に採りに行ったんだ」
「お兄様も一緒に? それは……エマさん、申し訳ございません。兄が無理を言って、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「えっ、と、とんでもございません!」
思わぬ言葉に慌てて首を横に振る。
「そちらのエメラルドはアチェールビ卿が見つけられたものでございます。見つけられていなければ、もっとエメラルドが小さなデザインにしなければなりませんでした」
「ならいいのですが……」とつぶやきながら、セレスティーヌ様は私が指差したほうのイヤリングを持ち上げた。嬉しそうな口元が隠し切れていない。
あまり大きな表情変化がないご兄妹だが、だからこそ少しの変化でも大輪の花が咲いたような、宝石が朝日を浴びて輝くような、そんな魅力がある。
セレスティーヌ様は近くに控えていたメイドに鏡を持ってこさせ、その場でイヤリングを装着した。
「……どうかしら?」
「ああ、よく似合う」
「とってもお似合いです! エメラルドと御髪の調和の美しさもさることながら、やはりアクアマリンを合わせたのは大正解でした。これでも手持ちのサンタマリアアクアマリンの中から一番上質なものを選んだのですが、レディ・セレスティーヌの瞳には到底敵いませんね。とはいえ、その瞳の美しさを引き立てる出来映えだという自負がございます。デザインを考える際、失礼ながらお写真を拝見したのですが、天使と見紛うほどの美しさで……モチーフ案は他にもいくつか出しましたが、結局一番イメージにぴったりだと感じた天使にしてしまい――ん、んんっ。よ、余計な話を。大変失礼いたしました」
セレスティーヌ様がぽかんとしていることに気づいて、顔が熱くなる。あまりにお似合いなものだから、つい興奮して早口に……。
私たちの様子を見て、フェリシアンさんがおかしそうに小さく笑う。
「私ももっと情熱的に褒めたほうがよかったか?」
「あら、お兄様にそんなふうに褒められたら、何か後ろ暗いところでもあるのではないかと疑ってしまいますわ」
「きみに後ろ暗いところなど一つもない」
「ええ、知っています」
ふふ、と微笑んで、セレスティーヌ様は目を細めて私を見た。
「ありがとうございます、エマさん。お褒めにあずかり光栄です」
「……恐縮です」
「それにしても――お兄様が親しげになさる女性なんて、珍しいですわね。ご友人になられたんですの?」
フェリシアンさんに向けられた恐れ多い質問に、ひっと悲鳴が漏れそうになる。フェリシアンさんと私では、あまりにも不釣り合いだ。
しかし続くフェリシアンさんの返答に、さらに悲鳴を上げそうになった。
「いや、まだ親しくなれていない。できることなら友人になりたいと思ってはいるが」
…………なぜ、と尋ねたら、失礼にあたるだろうか。
口に出さずとも表情に出てしまっていたのか、フェリシアンさんは答えてくれた。
「きみの仕事ぶりは見事だった。非常に誠実で、技術もあり、尊敬できる。それに……直裁的な言葉を使って申し訳ないが、私に色目をまったく使わないところも信頼できる」
そ、そこかぁ。もう恋愛事はこりごりだから、そういう回路を切ってるだけなんだけど……確かにこれだけ美しい方なら、そんな相手に安心感を覚えるのかもしれない。
でも、仕事ぶりを褒められたのは本当に嬉しかった。もごつきながらお礼を言う。
「あ、ありがとうございます。もったいないお言葉です」
「という感じで、まだ少し難しいようなんだ」
「まあ……お兄様が袖にされている」
「いえ、そんなつもりはございません!」
「ですって、お兄様。ご友人になってくださるみたい」
「それは嬉しいな」
この兄妹なんかさらっと強引なんだけど!?
戦々恐々としていると、二人は同時に軽く噴き出した。
「冗談だ、エマ。もちろん友人になりたいのは冗談ではないが、なろうと言ってなるものでもないだろう。自然と友人と思ってもらえるように頑張るさ」
「……ありがとう、ございます?」
なんと返せばいいのかまったくわからなかった。お礼を言う、で正解なんだろうか。
……いや、でも、念のため注意だけしておかなきゃ。
「アチェールビ卿。大変失礼を承知で申し上げますが、私は確かに卿に対して恋愛的興味は一切持っておりません。そもそも、恋愛事に対して忌避感を抱いております。今後も誰かに恋をするつもりは微塵もございません――が」
色目を使わない、という点で信頼されているのなら、これは言っておかなければならない。
「アチェールビ卿は、宝石のように美しい方です。あまり優しくしていただくと、私の脳が間違いを起こす可能性もないとは言い切れません。くれぐれもお気をつけくださいませ」
フェリシアンさんは無言できょとんとし、それからなぜか、困惑した様子でセレスティーヌ様のことを見た。セレスティーヌ様も困ったように首を傾げる。
……そんなに変なことを言ってしまっただろうか。万が一でも勘違いされたくなかったら気をつけてくださいね、って言っただけなんだけど。
「……わかった、気をつけよう」
神妙にうなずかれた。長い沈黙の意味が気になったが、納得してくださったのならまあいい。
帰りもまた魔法車で送ってもらった。閉店時間にはなっていないので、お店のほうに。
ペランには休憩に出てもらい、ノエルさんと二人で店番をしていると、控えめに店のドアが開かれた。
「こ、こんにちは」
ひょこりと顔を出したのは、先日シトリンを渡した少女。思わず「あっ」と声を上げて、慌てて駆け寄ってしまった。
「いらっしゃいませ! また来てくださってとっても嬉しいです。どうぞ中へ入ってください」
ペンダントを買いにきたんだろうか。
そうじゃなかったとしても、店内に入ってきてくれたことが嬉しくて、内心非常にはしゃぎながら椅子へご案内する。すぐさま果実を搾ったジュースを持ってきてくれたノエルさんはさすがだった。
「これ、わたしが飲んでいいんですか……?」
「どうぞ! お口に合うといいのですが」
おっかなびっくりコップを傾けた少女は、ぱあっと表情を輝かせた。美味しかったらしい。
けれど一口で一旦飲むのをやめ、持ってきていたお財布をそうっと私に差し出した。
「この前のペンダント、買いにきました」
少し気恥ずかしそうに、火照った頬。きゅっとお財布を握る指先が健気で、愛おしくなった。
「ありがとうございます。確認いたしますね」
お財布を受け取り、中の硬貨を数える。……うん、足りてる。
必要な分だけ取って、残りを少女に返してから、私は店の奥に置いておいたペンダントを持ってきた。箱自体はシンプルなものだが、淡いピンクと黄色のリボンを花のように結んでおいた。
「わぁ……! 可愛い、ありがとうございます!」
「ふふ、こちらこそありがとうございます。お母様、喜んでくださるといいですね」
「はい! 絶対喜んでくれます!」
想像するだけで嬉しいのか、少女はふにゃふにゃと可愛らしく笑う。
「……そうだ、お客様。お名前を聞いてもいいですか? 私はエマと言います」
「私はソフィです! あの、エマさん、ほんとにほんとにありがとうございます。この前の黄色い宝石も、このペンダントも、本当に嬉しいです」
「私も、あなたが来てくださって本当に嬉しいんですよ。お揃いですね」
にっこり微笑むと、ソフィちゃんは興奮した様子でこくこくとうなずいた。
フルオーダーでのジュエリー販売も、安価なジュエリーの販売も、幸先がいいスタートを切れた。
シトリンを見たときのソフィちゃんの顔も、エメラルドのイヤリングを見たときのあのご兄妹の顔も。……私の見たかった顔で、これからも見たい顔だ。
今までも十分やる気に満ちあふれていたけれど、今後はきっと、ますます頑張れる。
希望と期待でいっぱいの未来を思うと胸がどきどきして、ソフィちゃんとお喋りをしながらも、私は思わず小さく笑ってしまった。
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