12
――セレスティーヌ様は、天使のような少女だった。
写真を見た瞬間、私は思わず感嘆の息を漏らしていた。
「こ、こんな感想失礼かもしれませんが……可愛すぎませんか……?」
「そうだな」
私みたいな反応には慣れているのか、フェリシアンさんの返事は冷めたものである。
セレスティーヌ様は、フェリシアンさんとそっくりだった。
それでもフェリシアンさんに対してのように『宝石のよう』だとは感じなかったのは、写真越しに見たからかもしれない。きっと実際にお会いすることがあればまた違う感想を抱くのだろう。
おそらく歳はアナベルと同じくらい。この子がエメラルドのイヤリングを見てどんな反応をするのか、想像するだけで胸が躍った。
デザイン案をいくつも出して、フェリシアンさんとも念入りに相談して。
最終的に、天使をモチーフにしたイヤリングに決めた。
エメラルドはペアシェイプカット……涙のような形に。
地金はイエローゴールドで、石の上部分が、天使の羽のように見えるよう加工を施す。イヤリングの片方にそれぞれ片翼ずつ、二つ合わせて両翼になるように。そして翼とエメラルドを繋ぐように、メレダイヤとサンタマリアアクアマリンを控えめに配置する。
アクアマリンを使いたかったのは、やっぱりその瞳の色に一番合うと思ったからだ。アクアマリンはエメラルドとは兄弟のような石でもあるので、兄からの贈り物としてちょうどいいだろう。
「……デザインした身でこんなこと言うのも情けないけど、石が極上だと、もうそれだけで完成されてるよね……」
「あたしのカットも素晴らしいだろ?」
「それはもちろん! 地金の加工も本当に素敵、ありがとうシャンタル!」
今日はこのジュエリーの引き渡し日だった。そろそろフェリシアンさんが来る時間である。
デザインが確定してからは特に進行報告もしていなかったから、気に入ってくださるかちょっと緊張する。
そわそわしていると、ノエルさんがお茶を淹れてくれた。ペランにも「落ち着けよ」と呆れられてしまう。
「だって、今までで一番力を入れたジュエリーだから……!」
もちろん今まで手を抜いたことはないけど、それでも今回は一際力を入れたのだ。反応が気になって仕方ない。
「わかってるよ。ベルでも呼んでくれば落ち着くか? この時間ならまだ休憩入ってないだろうけど、まあ休憩時間ずらすぐらいはできるだろ」
「いやベルに迷惑はかけられない……今日の朝、十分甘やかされたし……」
「ほんとにたまにだけど、おまえら姉と妹逆みたいになるよな」
ははっとペランが笑う。
朝起きた時点から緊張していた私に気づいて、アナベルはまず私のことをぎゅーっと抱きしめてきた。そして額や頬にキスをくれて、「お姉ちゃんの作ったジュエリーなら大丈夫だよ!」と甘やかな声で励ましてくれたのだ。
私の妹、優しすぎる。
温かい紅茶で少し落ち着いたころ、フェリシアンさんが来店した。
すぐさま応接室にご案内し、イヤリングを用意する。
「こちらが、ご注文いただいたイヤリングの完成品でございます」
「……ほう」
フェリシアンさんが目を瞠る。イヤリングをじっくりと観察し――表情をふわりとほころばせた。
「うん、素晴らしいな。これならセリィも喜ぶだろう」
よ、よかったぁ。
ほっと胸をなで下ろす。一番大事なのはセレスティーヌ様が気に入ってくださるかだけど、彼女をよく知るフェリシアンさんが納得する出来なのであれば、そう心配はいらないだろう。
「よろしければ、セレスティーヌ様のご反応を後で詳しく教えてくださいませ」
「ああ、もちろんだ。……というより、きみの都合さえよければ、セリィに渡す場に一緒にいてくれないか」
「え!?」
店長としての顔を崩さないようにしようと思っていたのに、思わずぎょっとしてしまう。
「きみがいなければ、このイヤリングをプレゼントすることは不可能だったからな。せっかくなら、セリィの反応を直接見てもらいたい」
「それは……願ってもいないことですが……。その、この後すぐ渡しにいかれますか?」
「ああ。持ち帰ったらすぐに渡すつもりだ」
これってもしかして、伯爵家に招待されるということだろうか。
一応、懇意になっている貴族の方にお呼ばれされたときに対応できるよう、ドレスは持っているけど……今から? なんの心構えもなく?
「無理にとは言わない。きみはどうしたい?」
「…………ぜひ、お願いいたします」
緊張も不安もあるが、抗えない魅力があった。
「わかった。今の格好でも我が家の者なら気にしないが……きみが気にするか?」
「はい、身支度を整える時間を頂戴してもよろしいでしょうか」
「それなら、自宅まで迎えを寄越そう。自宅の場所を教えるのに不安があるようだったら、この店の前でもいい」
「いいえ、問題ございません」
家の場所を教えてから、フェリシアンさんのお帰りを見送る。
「ノエルさん、ペラン、ごめんなさい。は、伯爵家に行ってきます……!」
「はあ? 一人で大丈夫か?」
「付き添いが許されるのであれば、私も同行しますが」
二人の心配の言葉に、「ありがとう、大丈夫!」と答えて、急いで店を飛び出す。
ドレス、パーティー用に準備したやつなんだけど、普通のときには派手すぎないかな……! ヘアメイクはどうしよう、久しぶりにティンカーベル・クォーツの出番? うん、時間もないしそうしよう。
ぜぇはぁと肩で息をしながらなんとか帰宅し、着替えとヘアメイク(ティンカーベル・クォーツに魔力を流したら、私の浮ついた気持ちを察してなのか、相当張り切った出来になってしまった)を済ませて家を出る。すでに家の前につけられていた魔法車に乗って、伯爵邸へ。
転移ポイントも経由したので、そう時間もかからずに到着した。
立派なお屋敷を前にして、緊張を静めるために深呼吸をする。間もなく家の中から出てきた方に案内され、応接室へ通された。
やがてフェリシアンさんとセレスティーヌ様がやってきた。
――二人揃うと、もういっそ、暴力的とまで感じる美しさだった。目も息も奪われ、それでもぼんやり見惚れてはいられないので、なんとか平静を保つ。
「セリィ、この方はエマ。宝石店アステリズムの店長だ」
「お初にお目にかかります、レディ・セレスティーヌ。エマと申します」
「……初めまして。セレスティーヌです」
小鳥のさえずりのような可憐な声だった。
セレスティーヌ様はその美しいアクアマリンの瞳で私をじいっと見つめ……過剰なまでに見つめたまま、手を差し出した。握手をしてくださるのだろう。
なんでこんなに見られるんだろう、変なところでもあったかな。
少し怯えながら握手に応じる。
握手を終えると、セレスティーヌ様はようやく私から目を逸らし、フェリシアンさんのほうを見た。
「お兄様。宝石店ということは、わたくしに何か贈り物でも?」
「ああ。少し前に、傷がなく透明な、無加工のエメラルドのイヤリングがほしいと言っていただろう」
「……まさか、本当に用意できたと?」
呆然としたように、セレスティーヌ様は目を瞬く。その瞬きすら、瞳の星のような輝きを強調していて美しかった。
座るよう促されたので、来客用のソファにすわっ――や、やわらか!? 何この座り心地、うちの店にも欲しい。どこの商店のだろう……訊いたら教えてくれるだろうか。
まったく関係ないことを考えてしまっている間に、フェリシアンさんが私の隣に座った。……隣に?
いや、まあ、向かい側にはセレスティーヌ様が座られているし……。イヤリングを渡すのなら、こちらのほうがいいのかもしれないけど。なんだか無駄にどぎまぎしてしまう。
「気に入ってくれるといいんだが……」
そう言いながら、フェリシアンさんはテーブル上に置いたケースを開く。
それを見た途端、セレスティーヌ様の口から「まあ……!」と驚嘆の声がこぼれた。けぶるような睫毛が、信じられないものを見つめるようにぱちぱちと動かされ、もともとうっすらと薔薇色だった頬がさらに美しい色に染まっていく。
その反応を見た兄のほうはと言えば、満足そうに微笑んでいた。
美しい絵画の世界に、異質なものとして紛れ込んでいるような感覚だった。居心地が悪い……。
でもセレスティーヌ様のこのお顔を実際に見られたのは、たぶん一生の思い出になる。本当にいい仕事をした。
セレスティーヌ様は存分に見とれた後、私の存在を思い出したのかはっとして、小さくせき払いをした。
「し、失礼ですが、偽物ではないのですか? こんなに美しいエメラルド、到底信じられません」
「レディ・セレスティーヌが信頼されている鑑定士に、鑑定を依頼していただいても構いません」
「……本当に、無加工なんですの? だって、インクルージョンも傷もまったく……ごめんなさい、ルーペを持ってきてもいいかしら?」
「よろしければお貸しいたしますか?」
「ええ、お願いします」
本当に宝石に詳しい方だな、これ……。自前のルーペまでお持ちの方はそういない。
念のため持ってきていたルーペをお貸しすれば、真剣な顔で覗き込んだ。数分じっくりと見た後、セレスティーヌ様は長く息を吐く。
「…………お兄様、ありがとうございます」
「気に入ったか?」
「はい。デザインもとても素敵で……宝石店アステリズム、だったかしら。不勉強で申し訳ないのですが、今まで存じ上げませんでした。今度伺ってもよろしいですか?」
「少し前に開店したばかりですから、ご存じなくとも当然かと。こちらのイヤリングもですが、フルオーダーでのジュエリー注文を承っておりますので、ぜひご利用くださいませ」
「楽しみですわ」
あ、でも、またこんなに無茶ぶりをされたら応えられないかもしれない。
慌ててその旨を遠回しに伝えれば、「わかっています。もう常識的な注文しかしませんから、ご心配なさらないで」と微笑まれた。この無茶ぶりをしたとは思えないほど、大人っぽい言葉と表情だった。
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