11
幸い、魔物の大きな群れと出くわすこともなくミュルアン山脈に辿り着いた。
この山脈のどこにドラゴンの巣があるかまでは定かではないが、すぐに見つけられるだろうという確信があった。
なぜならドラゴンは、相当精霊に近い存在なので。
『――だぁれ?』
少し幼さの残る声が、頭に響くようにして聞こえた。ターニャは目を丸くして、フェリシアンさんは警戒するように表情を引き締める。
やがて、音が聞こえてきた。何かが風を打つ音――翼をはためかせる音。
ぬっ、と大きな影が落ちてくる。
見上げれば、以前見たドラゴンより小柄な、美しいエメラルドグリーンのドラゴンがこちらに向かって飛んでくるところだった。
たぶん私の何かを感知して出てきてくれるだろうとは思っていたけど、想定以上に早い。
地震のような揺れと共に着地して、ドラゴンは巨体に似合わずつぶらな瞳で私をじっと見る。
『……あっ、わかった、おじいちゃんが言ってた子だ! 僕にも会いにきてくれたの?』
……おじいちゃん。
フェリシアンさんに冗談のように言った言葉が頭によみがえる。
ドラゴンってもしかして、数が少ないからこそ同族内でちゃんと連絡とか取り合うタイプ?
『確か名前は……なんだっけ。教えて? 僕は緑のって呼ばれてるよ』
「私はエマ。こっちは……私のお友達の、ターニャとフェリシアンさんだよ」
幼い声につられてか、子どもに対するような口調になってしまう。
『エマ! 今日はどうしたの? おしゃべりしてくれるの?』
「おしゃべり……もしたいんだけど、探したいものがあって。あなたの鱗みたいに、とっても綺麗なエメラルドを探したいんだ」
『うーん……あったかな? おうちに落ちてるかも。小さい探し物は苦手だから、エマが探していいよ。案内する!』
「ありがとう! あ、この二人も入って平気かな?」
『……やだけど、僕我慢できるよ』
拗ねた言い方に苦笑いしながら、「ごめんね、お願いします」と頼み込む。
ドラゴンの後を私が追いかけ、さらにその後をターニャとフェリシアンさんがついてくる形となった。ドラゴンは私を背中に乗せたかったみたいだけど、二人を置いていくことになりそうだから断った。
随分とおしゃべりなドラゴンで、巣に着くまでの間だけでも、とりとめもなくいろんなことを訊かれた。好きな食べものは、とか、『仕事』っていうのをしてるの? とか。
次第に、精霊の光が目に見えて多くなってきた。
ふわふわ、鮮やかな緑色の光が、ドラゴンの体を悪戯のように撫でる。彼はくすぐったそうに笑いのような息を漏らした。
「……さっき言ってたおじいちゃんって、赤いドラゴンのことだよね? 私の話、どんなふうに聞いてたの?」
『傍にいるだけで、なんだか楽しくって幸せな気持ちになるって! おじいちゃんはね、精霊から聞いたみたいなんだけど、ほんとだったよって笑ってた』
つまり精霊も、私の周りにいるとそういう気持ちになるのかな。この光に、そんなにはっきりした意識があるのかわからないけど……。
ターニャもフェリシアンさんも、黙ったままついてくる。万が一にもドラゴンの気を損ねないようにだろうか。
二人も含めて和やかに話せればいいんだけど、さっきのドラゴンの反応的に、彼が好意的なのは私に対してだけみたいだからなぁ。
『着いたよ』
そう言ってドラゴンが立ち止まったところは、いかにも巣、という感じだった。木の枝や花、葉っぱ、石など、自然のものを組み上げ、巨体を休めるのに居心地のよさそうな空間になっている。
ぱっと見だけでも、そこかしこから魔宝石が発しているだろう魔力の輝きがわかって、思わずごくりとつばを呑み込む。きっと今、私の瞳はいまだかつてないほどに輝いているだろう。
「こ、ここに入っていいの?」
『うん、特別だよ。……そっちのふたりも、入っていいよ』
ターニャとフェリシアンさんは顔を見合わせて、控えめにお礼を言った。
……ドラゴン、ものすごく嫌そうだな。できるだけ早く出ていってあげたいところだけど、こればかりは運次第なので我慢してもらうしかない。
今度、何かお礼になりそうなものでも持ってこようかな。
「それじゃあ、探しましょうか。鑑別は後で私がするので、とりあえず緑の石を探してください」
グローブをはめつつ二人に声をかけ、巣に入る。巣の素材が素材だから、魔宝石はその隙間に入り込んでいるらしい。魔力の光は見えても、表面に見える石はなかった。
魔力の流れを見て、ありそうな場所を探る。指や腕を突っ込むだけじゃどうにもならなそうなところでは、軽く下から上に押し出すように、隙間をすり抜けるように、風魔法を使ってみた。
見つけた一つ目は、タンザナイトの原石。親指の爪くらいの大きさで、信じられないくらい色が深い。非加熱でこれ……!? いや、ドラゴンの体内で加熱されてるからこその色なんだろうか。
ちかちかと、夜空の星のような魔力の光が明滅している。
ちなみに、タンザナイトにはブルーゾイサイトという名前もある。タンザナイトと呼ばれることのほうが多いけれど、その由来が『タンザニア』であるにもかかわらず、この世界にタンザニアという地名は存在しない。
言語が日本語として聞こえるのと同じように、宝石名のような固有名詞もまた、私のよく知っていたものに置き換えられているようなのだ。
不思議な感覚だが、わかりやすいからいいか、とも思う。私の口から出ている言葉が他の人にはどう聞こえているのか、口の動きがどう見えているのかはちょっとだけ気になるところだけど。
さて、二つ目は――風魔法で巣の中からはじき出された鮮やかな緑の石を見て、私は思わず叫んだ。
「えっ、もう!?」
出てきたのは、紛れもなくエメラルドの原石だった。地面にぶつかって傷つけてはたまらないので、慌てて風魔法で優しくキャッチする。
見事なまでに均一な、鮮やかな緑色。肉眼ではインクルージョンも傷もまったく確認できない。研磨もしていないというのにこの透明度……!
すぐさま鑑定用のルーペで見る。魔力の流れ、問題なし。滞りがなく、どこかに集中しているわけでもないから、経年で割れる心配はない。
インクルージョンも傷も……うん、微かにありはするけど、カッティングで削れるだろう。イヤリングに加工したら、セレスティーヌ様のご希望どおりの石になる。
「や、やばい、ほんとにこんなのが見つかるとは思わなかった……! ターニャ、ターニャ見て、すごい!」
本来ならフェリシアンさんを呼ぶべきだったのだろうけど、さすがにこのテンションでは話しかけられない。
ターニャはすぐにこちらに来てくれて、しげしげとエメラルドを見た。その後ろからフェリシアンさんもやってきて、同じくエメラルドを覗き込む。
「こんなにあっけなく見つかるものなのか……。いや、きみの運がいいだけかもしれないな」
「綺麗だな」
「ね、ね~! 綺麗だよね! 他にもあるかな、二人はなにか見つけた? ……ましたか?」
とってつけたようにつけ足した言葉を気にすることもなく、二人はそれぞれ一つずつ、石を見せてくれた。
「うん、こっちはペリドット、こちらはトルマリンですね。どっちも良質すぎる……」
『全部持って帰っていいよ?』
「いや! いきなりこんなものを流通させるわけにはいかないから! 約束どおり、エメラルドだけ持ち帰らせてもらうね。もう少し探してもいい?」
いいよー、と快諾されたので、三人でまた探す。
すでに見つかっているエメラルドの原石は一センチ角ほどの大きさ。
もしこれ以上エメラルドが見つからないようだったら、これを二つに割ってカットしてもらおう。華美でないイヤリングという要望なら、むしろちょうどいい大きさになるかもしれない。
……いや、さすがに貴族が身につけるものにしては、メイン石が小さくなりすぎるかなぁ。
あんなにすぐに見つかったのは運がよかっただけなのか、その後の探索は難航した。
そろそろ諦めようかと思ったとき、フェリシアンさんが私に駆け寄ってきた。
「エマ、これは先ほどのエメラルドに似ていると思うんだが」
「わっ、エメラルドです! 少しお借りしますね――うん、問題ありません。こちらとさっきのエメラルドを使いましょう!」
同じ条件下で生まれているのだから当然そうだとは予想していたが、色味や透明度がほとんど同じだ。問題なく、ペアの石として使える。
「これでデザインの幅も広げられます……! あ、フェリシアンさん、ご都合のよろしいときにセレスティーヌ様のお写真を見せてくださいね」
「ああ、持ってこよう」
ドラゴンに惜しまれながら別れを告げ、私たちは帰路についた。
とはいっても、帰りは転移ポイントを経由できたので一時間もかからなかった。馬車ごと転移できるの便利すぎる……。
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