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 第三王女殿下がお選びになった首輪のデザインは、猫の邪魔になりづらく、それでいてシンプルすぎないものだった。


 お預かりしたキャッツアイは、結局複数に切り分けることはせず、一つの石として楕円型のカボション・カットにすることになった。

 地金は金を細くロープのようにねじらせて雫型に。そして雫の頂点を埋めるように無色・イエロー・ブラウンのメレダイヤ三つを不均等に配置する。石はぶら下がらないよう、首輪の本体部分に縫い付ける。

 本体部分は黒い革を使い、幾何模様のような花のような、少し不思議な印象の模様を金色の糸で施すことになった。ねじられた地金はツタのようにも見えるので、首輪の模様とよく調和する。


「……では、こちらのデザインで進めさせていただきます。出来上がりましたら連絡いたしますが、受け取りにいらっしゃるのもフェリシアンさんでしょうか?」

「ああ。連絡をもらえれば都合をつける」

「かしこまりました。二週間後にはご用意できるかと思いますので、よろしくお願いいたします」


 ここで、今日の本題はおしまい。この後は約束どおり、ティンカーベル・クォーツとパパラチアサファイアをお見せすることになる。

 フェリシアンさんからもさっそく見たいと言われたので、テーブルの端のほうに置いていたケースを二つ、中央に持ってくる。二つ同じ場所にあると本当に精霊が眩しいけれど、どうにか目は細めないようにした。


「まずはティンカーベル・クォーツの指輪をお見せします」


 宝石の美しさは永遠だ。出会ってから十五年経った今でも、私のティンカーベル・クォーツはずっと美しいままである。

 リングケースをぱかりと開けると、フェリシアンさんが目を瞠った。精霊を感じることができなくとも、石自体の輝きも魔力の輝きも、普通の魔宝石とは比べものにならないほど鮮やかだから当然だろう。ティンカーベル・クォーツは、決して輝きが強い宝石とは言えないのに。


「ティンカーベル・クォーツは、ピンクファイヤー・クォーツとも呼びます。鮮やかなピンク色のインクルージョンが見えますか? 光がこうして当たると、うっとりするほど美しいんです。これが妖精の魔法の粉、あるいはピンク色の炎のように見えることからこの名前で呼ばれるようになりました。鉱物の正式な名称としては、コベライト・イン・クォーツと言います」


 傾かせながらライトを当てる。いつ見ても惚れ惚れとする輝きだ。


「このティンカーベル・クォーツは光がそれほど当たっていないときでも、インクルージョンが可愛いピンク色に見えていましたよね。通常であれば、くすんだ黒やグレーのような色に見えるんです。はっとさせられるギャップの大きさも、とても可愛いんですよ」

「きみの言うとおり、可愛らしい輝きだな。通常のティンカーベル・クォーツと見比べることはできるか?」

「……ご覧になったうえで、通常のティンカーベル・クォーツのことも美しいと思っていただけるのであれば」


 正直なところ、あまり見比べてほしくはない。見比べたうえでそれぞれに違った魅力があると思ってくださるのならいいけれど、そうでなければ、ただの引き立て役になってしまう石がかわいそうだから。

 石に感情なんてないし、美しさというのは人間が定めるものだ。かわいそう、なんて思いは私が勝手に抱いているだけで、的外れだともわかっている。それでもなるべく、すべての石を美しいと思ってもらいたいのだ。


 歯切れ悪く答えた私に、フェリシアンさんは「ああ……」と何かに納得したような声を漏らした。


「きみが易々と魔力を込めないのは、それも理由の一つか。きみは本当に、宝石一つ一つを愛しているんだな。確実でない約束はしない主義だから、今回はこのティンカーベル・クォーツだけを楽しませてもらおう」

「……ありがとうございます」


 たったこれだけで察してくださるこの方に、私は甘えていないだろうか……?

 いや、言外に比べてほしくないですと言っている時点で甘えが出てしまっているんだけど。これが他のお客様だったら、ご要望に従っていただろう。


 ……見せているものが商品じゃないのだから、今この時間は、店員とお客様という関係性でもないのかもしれない。

 知人として――友人として、話をしても、いいだろうか。

 窺うように、フェリシアンさんを見つめる。少し不思議そうに、けれどまっすぐに見つめ返された。


「……あの。とても個人的な話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「ぜひ聞かせてほしい」


 即座に返ってきた言葉に、ほっと安堵する。

 ……ぜひ、とまで言われるとは思わなかったな。


 ティンカーベル・クォーツは、私にとって大切な石だ。この石との出会いが、この世界の私の始まりだった。

 大切な話を、ずっと胸に秘めておきたい人と、誰かに共有したい人がいると思う。私は後者なのだけど、このティンカーベル・クォーツについて誰かに語ったことはなかった。ベルにすら、である。

 いや、ベルだからこそ、かもしれない。どうしても私たちが本当の姉妹でないことにふれてしまうから。もちろんベルだってわかっているに違いないけど、それでもできるだけ、意識してほしくないことだった。

 そしてベルに話せないとなると、私が個人的に話せる相手というのはそういないのだ。ターニャと話しているときにそんなことを話す流れにはならないし……。


 だから今、話していいと言われて、嬉しいのに少し緊張している。どう話そう、どんな言葉で表そうか。

 話したいと思うのは、私がフェリシアンさんのことを友人だと思えている証だろう。話したら、それが間違いなく伝わる。


 そういう話を、今から私はしようとしているのだ。




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