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 セミオーダーという注文方法の話をしたら、ソフィちゃんは勢いよく食いついた。出産祝いということで、既製品と同じお値段で大丈夫ですよ、と言ったら申し訳なさそうにしていたけれど。

 ソフィちゃんには応接室で待っていてもらい、ペランのいる小部屋へと急ぐ。


「ペランごめん、ちょっとごそごそするけど気にしないでね」

「なんか手伝うことある?」

「ありがとう、でも休日なんだから仕事はしないの!」


 はぁい、と間延びした声が返ってきた。

 私は棚の中から、魔宝石ではない通常の宝石のルースが詰まった箱をいくつか取り出した。ルースは大抵、この部屋にしまってある。

 ペランに見せているルースはすべて魔宝石。けれど魔宝石は通常の宝石より値が張るし、何より貴族でない場合魔力がなく、魔力の輝きも見えないことのほうが多い。妹さんが魔力持ちかはわからないし、ソフィちゃんに見せるならこっちだ。


 ソフィちゃんはちょこんと座って、置かれたジュースとクッキーにも手をつけずに待ってくれていた。私が持ってきた箱を不思議そうに見て、それがテーブルに置かれてルースが見えるようになった途端、キラキラと目を輝かせた。


「す、っごい! こんなにあるんですね! これ、小さく書いてる数字が値段ですか? 数字なら読めます!」

「はい。もしわからないことがあったら、お気軽に聞いてくださいね」

「ありがとうございます。でも本当に、この中から好きに選んでいいんですか……?」

「もちろんです。もしここにある宝石より、お店に置いてあったアクセサリーの宝石のほうが綺麗だと感じたら、そちらを選んでも大丈夫ですよ」

「わかりました!」


 元気にお返事をして、ソフィちゃんは真剣な眼差しで吟味を始めた。

 ……ものすごく集中してるな。

 邪魔しないようにしよう、と静かに見守っていたら、ソフィちゃんはぱっと顔を上げた。


「――これっ! この石って、何ですか?」


 小さな手のひらにケースを乗せて、興奮した様子で尋ねてくる。


「そちらの石は、フラワールチルクォーツと言います」

「ええっと、ふらわー……?」

「ルチルクォーツ、という石のうち、中に入っているとげとげの形がお花のように見えるものを、フラワールチルクォーツと呼ぶんです」


 ルチルクォーツは針水晶とも言い、針状のインクルージョンが特徴的な石だ。その中でも、黄金色の花畑をそのままぎゅっと固めたような石をフラワールチルクォーツと呼ぶ。

 透明度が高く、中の針状結晶が太くはっきりとしているものはかなり高価になる。

 今ソフィちゃんの手元にあるフラワールチルは、透明度がそれほど高くなく、針も細くてまばらなもの。けれどそれはそれで、夜にライトアップされている小さな花畑のような雰囲気があり、とても可愛い。たぶんソフィちゃんもそういうところに惹かれたんだろう。


「フラワールチルクォーツ……お花みたいですっごく可愛い……」


 ほわぁ、と可愛らしい息をついて、ソフィちゃんはフラワールチルに見惚れている。

 フラワールチルなら、確かこの辺りにも……といくつかのケースを発掘してソフィちゃんに見せたが、最初に手に取った石がやっぱりお気に入りらしい。


「ではそちらのフラワールチルクォーツで作りましょうか。どんなアクセサリーにしたいですか?」

「えっと……小さい頃から大きくなるまで使えるのは、ペンダントかなって。お母さんとお揃いみたいな感じで着けても可愛いと思うんです」

「なるほど。では、以前お買い上げいただいたペンダントと同じデザインにしましょう」

「はい! それでお願いします!」


 頬がぽわぽわ赤くなったままなのが大変可愛らしい。

 こんな感じになりますね、と出来上がりの図をさっと描いてみせたところ、「うわぁ! すごい! 上手ですね!!」と大歓声を浴びてしまって照れた。心が洗われる……。

 嫌なお客様というのはどうしてもいらっしゃるけど、ベルナデット様やフェリシアンさんはいつもかなりの癒しになってくださる。ソフィちゃんはそれ以上に、なんというか……純粋パワーが眩しい。


「そうだ、ソフィ様。以前お母様のために買われたペンダントは、どうやってしまっていますか?」

「えっと、もらったときの箱に入れて、クローゼットにしまってあると思います。でもお母さん、今はお仕事にも行けないし、ずっとつけてくれてます」

「でしたら……鍵のかかる小さな箱をプレゼントさせていただいてもいいですか? こちらはお姉さんになるお祝いということで」

「……出産祝い、で安くしてもらって、お姉さんになるお祝いで箱までもらえるんですか……?」


 眉を思いきり下げるソフィちゃん。『ものすごく申し訳ないけど、断るのも申し訳ないことかもしれない』という葛藤がわかりやすい。

 う、うーん。困らせたいわけでも、気持ちに負担をかけたいわけでもないのだ。どうすれば遠慮なく受け取ってくれるだろうか。


 ……そもそも私のサービスが過剰すぎる? 肩入れしすぎている?

 でも特別扱いも許されるべきだと思うんだよね……。だって、一般市民のお客様は彼女が初めてだったんだから。それがこんな健気で可愛い子どもだったら、特別に扱いたいと思うのも当然じゃないだろうか。


「……私、宝石がとっても好きなんです」


 まずは素直な気持ちを言ってみよう、と口を開く。


「いろんな人にとって、宝石がもっと身近な存在になってほしいなと思っています。そうしたらもっと、宝石を好きになってくれる人が増えるので。自分の好きなものを、他の人にも好きだと言ってもらえるのって、嬉しいことなんですよ。……だから、ソフィ様が宝石を好きになってくださったことがとても嬉しくて。嬉しいから、もっと何かしたいって思ってしまうんです」

「……黄色い宝石、を、もらったときにも」


 ぎこちなく、記憶をたどり寄せるような口調で、ソフィちゃんが言う。


「あのときも、エマさんは嬉しいって言っていました。お店を見つけてくれたのが嬉しかったから、そのお礼にって……」


 ……確かにそんなことを言って渡したかもしれない。私が人にプレゼントを押し付けるときの口実、そういうのばっかりだな。口実というか、本心ではあるんだけど。

 ソフィちゃんは大きくぱっちりと開いた目で、私のことを見つめた。


「嬉しいから何かをしてあげたくなるのって、わかります。私も、妹が生まれたのが嬉しくて、何かしてあげたくて……だから、その、たぶんそういう感じ、なんですよね?」

「……はい。そういう感じ、だと思います」

「なら、ありがとうございます! もらいます!」


 ぎゅっと両手を握って、ソフィちゃんはそう宣言してくれた。

 いい子すぎる。気を遣わせてしまって、大人として情けない……。

 撫でたり抱きしめたりしたくなるのを我慢して、私は「こちらこそありがとうございます」とただ微笑んだ。



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