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ペランは結局、ルースを買わなかった。「エマの言うとおり、巡り合わせを待つよ」と。またある程度別のルースが溜まったら見てもらうことにしよう。
そうして翌日、私は朝からずっとそわそわとしていた。
今日はアナベルの資格試験の日なのである。試験は昼過ぎから始まって、夕方には結果が出る。そろそろ試験が始まる時刻だ。
ベルのことだから心配いらないだろうけど……! そうわかっていてもどうしても気になって、お客様がいない時間は無意味に外を眺めてしまった。
「……やっぱ今日休んどいたほうがよかったんじゃねぇの、おまえ」
私に呆れた視線を向けるペランは、驚くほどにいつもどおりだった。
「お、お客様の前ではちゃんとしてるつもりだけど……!?」
「まあ、そこはちゃんと切り替えててすごいよな。でも俺の気が散る」
「ペランはなんでそんな平然としてられるの?」
「俺が心配したところでなんにもならないだろ。もう試験始まるんだし」
メンタルが安定していて素晴らしい。私もそんなふうにどんと構えていたいものだな……。
アナベルは努力家だ。こうと決めたことは必ずやり遂げるし、そのための努力を怠らない。億が一にでも、試験に落ちることはないだろう。私がするべきは、帰ってきたベルにどうやっておめでとうを伝えるか考えること。
……仕事中に余計なことを考えちゃだめでしょ、とベルに叱られる気がしてきた。ごもっともです。
脳内のアナベルに叱られてしゅんとしていると、作業室からシャンタルが出てきた。作業が一段落ついたらしい。
普段だったら作業室に置かれたルースやジュエリーを私が確認しにいくのだけど、今日はその手には一つ、ペンダントが握られていた。――ソフィちゃんご注文のペンダントだ。
「エマ、これ特急で終わらせたけど、確認してくれるかい?」
「えっ、もう終わったの!? さすがシャンタル!」
石座に爪留めするだけのデザインとはいえ、ルースのサイズにぴったりになるよう、地金部分から作っているのだ。普通ならもっと時間がかかるものなのに、こんなに早く終わらせてくれるなんて……。
フルオーダーであれば私が原型作りや石留以降の工程を行うこともあるが、セミオーダーや簡単なアクセサリーはほとんどシャンタルに任せていた。
驚きながら、しげしげとペンダントを確認させてもらう。
ルース部分は、ソフィちゃんに昨日見てもらったときのまま、何も施していない。細いチェーンにシンプルにぶらさがるフラワールチル。
「うん、問題ない。急いでくれてありがとう、シャンタル! 一週間後以降に取りにきてくださいって言ってあるから、しばらく来ないとは思うんだけど」
「ははっ、これくらい大したことないさ。喜んでもらえるといいね……って、もしかしてあの子? このペンダントのお客って」
目を瞬くシャンタルの視線の先には、ショーウィンドウからこちらの様子を窺っていたらしいソフィちゃんの姿が。
私たちが気づいたことにソフィちゃんも気づいて、あたふたとした後に店の中へと入ってきた。
作業室に引っ込もうとしたシャンタルの服の裾を掴んで、その場に留める。普段シャンタルは接客をしないけれど、せっかくだし顔を合わせてもらいたい。
「あ、あの、こんにちは! すみません、一週間後にって言われてたのに……」
「いいえ、来てくださって嬉しいです。実はペンダント、たった今完成したんですよ! このお姉さんが頑張って作ってくれたんです」
シャンタルの背中をちょっと押すと、彼女は戸惑いつつもソフィちゃんに「こんにちは」と微笑んでくれた。
「わぁ、もうできたんですか……!? ありがとうございます!」
ぴっかぴかの満面の笑みを浮かべたソフィちゃんに、シャンタルは無言で私にアイコンタクトを取ってくる。そうでしょう、可愛いでしょう……。
私はしゃがんで、持っているペンダントをソフィちゃんに見えやすいようにしてあげた。
「どうですか?」
「とっても素敵です! ありがとうございます!! きっと妹も綺麗だと思ってくれると思います!」
「ふふ、よかったです。もう今日お包みしてもよろしいですか?」
「はい……あっ、あの、今日来たのは別の用事もあって」
ソフィちゃんははっとして、布でできた鞄から長方形の箱を取り出した。ふわりと微かに甘い香りが漂う。
「これ、近所のパン屋さんのパウンドケーキなんです。高級なものじゃないんですけど……でも美味しいと思うので……!」
「まあ……いいんですか?」
「お母さんに全部話したら、お礼に持っていきなさいって。あと、『体調が落ち着いたら必ずご挨拶に伺います』って言ってました」
絶対に間違えないぞ、と意気込んだ顔で、少しだけたどたどしくお母様からの伝言を伝えてくれる。
大変な時期だろうに、こんなお気遣いを……も、申し訳ない。
恐縮しながら受け取ってから、ペンダントの準備をする。鍵のかかる小さな箱……ジュエリーボックス、と呼ぶには作りが簡単すぎるけど、一応ジュエリーボックスでいいか。それも一緒にソフィちゃんへと渡した。
「本当にありがとうございます。この箱……私と、妹の大事なもの、いっぱい詰めます!」
いっぱいになったら見せにきてもいいですか、とおずおずと確認されたので、私は「ぜひお願いします」と深くうなずいた。
* * *
逸る心を抑えながら店じまいをして帰宅する。「ただいま!」と勢いよく玄関に入って、そのままリビングまで速足で向かった。
急いだとはいえ私の帰宅が一番遅かったようで、父さんも母さんも、ベルもみんないた。ケーキと紅茶の用意をしながら。
「お姉ちゃん、おかえり! 受かったよ!」
こちらから訊くより先に、アナベルはにっこり笑顔で報告してくれた。
受かった。……受かった。合格。
「っお、おめでとぉ……!」
「わっ、泣いてる!? いきなり!? も~、泣くようなことじゃないでしょ? でも、あははっ、ありがとう。喜んでくれて嬉しいな」
ぽろっとこぼれた涙を、アナベルがハンカチで拭いてくれた。
私もまさか泣くとは思わなかった。アナベルにお礼を言いながら、ぐすん、と鼻をすする。ベルのこととなると感情の起伏が大きくなっちゃうな……。
そんな私たちを父さんは微笑まし気に見守り、母さんはくすりと笑いながらお皿をテーブルに並べていた。
「刺繍の工房には、一か月後にやめさせてくださいってもう言ってきたんだ。わたしもこれで、お姉ちゃんのお店で働いていいよね……?」
「もちろん、歓迎する! 帳簿の作成をメインでやってもらって、空いた時間は宝石の勉強してもらおうかな。ペランも一緒に勉強する人がいたほうが張り合いあると思うし、魔宝石以外を扱うときに接客もできたほうが楽しいだろうから。接客の仕事、前にちらっと気になるって言ってたよね?」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん! 頑張るね」
ぎゅっと嬉しそうに抱きついてきたアナベルの頭を撫でる。
一か月後にはこの子と一緒に働けるのだと思うと、今から心が浮き立って仕方がない。仕事中に浮かれないように気を引き締めないと……!
そう心に決めつつ、私はアナベルに抱きつかれたまま移動して、両親の待つテーブルについた。
……このケーキの後に普通に夕ご飯もありそうなんだけど、全部食べきれるだろうか。
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