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伯爵に向け、端的に説明する。
「私は安全にドラゴンの巣に行く手段を持っております。そこにエメラルドの魔宝石があるかどうかは運次第ですが」
私は精霊に愛されている。そしてどういう因果関係か、魔力を持つ生物……いわゆる魔物にも好かれやすいのだった。魔力が多ければ多いほど、なぜか私を好きになる。
実のところ、すでにドラゴンの知り合いだっている。……いや、知り合いは言いすぎかな? 一回おしゃべりしただけだし。
ともかくそういうわけで、私はドラゴンの巣に安全に行くことができるのだ。
「しかし、最初からそれを言わなかった理由があるんじゃないか?」
「そうですね……。その、少々公にしづらい手段と申しますか……」
「……非合法的な手段を使ってまで欲しいとは思わないが」
「いえ、完全に合法ですから、ご心配はご不要です。あまりに便利すぎる手段ですので、もしも公になれば魔宝石界のバランスを崩しかねないという懸念が一つ。もう一つは、失礼かとは存じますが、単純にお値段の問題です。本来であれば発生する危険性や、その過度な良質さを考えますと、大きさによってはおそらく……個人での購入は、困難かと」
小さいものなら、まあ……。だとしても、個人への贈り物としては高価すぎる。そこを判断するのは私ではないけれど。
「ただ、あえてはっきりとした言葉を使わせていただきます。ご令妹様が当店のことを宣伝してくださるのであれば、お値段については何とかいたしましょう」
この宝石のように美しい人の妹なのだ、彼女の美しさだって相当だろう。
利用するようで……というより本当に利用する形で気が引けるが、もしもそんな人が協力してくださるのであれば、その宣伝効果はきっと計り知れない。
「ドラゴンのエメラルドを見つけた暁には、必ずご令妹様にご満足いただけるイヤリングを作り上げるとお約束いたします。ご購入くださるかどうかは、現物を見てから判断していただいて構いません」
貴族相手に、かなり失礼な商談をしている。緊張と不安で、心臓がばくばくしていた。
この人なら大丈夫そう、と思ったけど、怒らせちゃったらどうしよう……。
きっと硬い表情をしているであろう私を、伯爵は探るようにじっと見つめてきた。
「一つ訊きたい。あなたが心変わりをした理由は? 最初はそんな提案をするつもりはなかったんだろう」
う、私情すぎるから、本当は言いたくなかったんだけど……訊かれてしまったら仕方ない。
伯爵の目をまっすぐに見つめ返して答える。
「私にも、愛する妹がおります。無理難題な我儘を叶えたとき、彼女がどんな反応をするか。そう想像したら、他人事には思えなくなってしまいまして……」
「……そうか」
ふっと、伯爵はおかしそうに笑った。やわらかな笑みだった。
ゆるりと細められたアクアマリンに魅入られそうになって、つい目を逸らしてしまう。
あんまり表情豊かじゃないからこそ、ちょっとの動きが心臓に悪い人だ。仕事中なのにどぎまぎしてしまって情けないな……。
これは決して、ときめきというわけではない。単純に、美しすぎてびっくりしてしまうのだ。宝石に見惚れる気持ちと完全に一致しているので、それもまた申し訳なかった。
気を取り直して、再び目を合わせる。
「理由にご納得いただけたのであれば、いかがでしょうか。私の提案を受けていただけますか?」
「ああ。きっとあなたなら、素晴らしいイヤリングを作り上げてくれるだろう」
「ええ、きっと。これだけ自信満々に申し上げて、そもそものエメラルドを見つけられなかった場合が恐ろしい限りですが」
「その場合は気長に待つさ。妹が忘れたころに贈るのも面白そうだ」
ところで、と伯爵が小首をかしげる。
「この辺りのドラゴンというと、ミュルアン山脈のドラゴンだろうか?」
「はい。そこで見つからなかった場合、もう少し遠出もしてみます」
現在把握されているドラゴンの縄張りで、日帰りできるほど近いのはそこくらいだ。日帰りと行っても、だいぶぎりぎりの距離だけど。
他のドラゴンの縄張りにまで行く場合、野営を交えての移動が必要になる。……正直、大分避けたかった。
「差し支えなければ、私も同行していいだろうか」
「……えっ」
素で驚いた声が出てしまったが、伯爵は気にする様子もなく続けた。
「ドラゴンの巣に興味がある。道中の護衛として同行させてもらえないか? こう見えて、剣の腕には自信がある。もう数人、口の堅い信頼できる傭兵もつけよう。あなたが隠したいことを広めるつもりはない」
「い、いえ……! そんな、伯爵に護衛をさせるなんて、とんでもございません!」
ぶんぶんと勢いよく首を横に振る。
傭兵をつけてくれる、というのも普段なら非常にありがたい申し出だけど、今回ばかりは頼れない。この人なら信頼できる、と自分で決めた人でなければ。
「私のほうから願い出ていてもか? どうしても無理なら諦めるが……エメラルドの採取に私も関わったと言ったほうが、妹は喜ぶだろうな」
どこかわざとらしく、窺うように視線が動かされる。
……妹さんの話出しておけば私がほだされるとか思ってません?
実際、彼の言うことは事実だろう。だからと言って、この申し出を受ける理由には足りない。彼の身の安全が保障できなければ――
「転移魔法の使用資格も持っているから、何かあればすぐに帰ることもできる」
「…………」
転移魔法は、使うのに資格が必要な魔法の一つだ。世界各地に転移のポイントとなる建物が設置されており、それを利用して一瞬で移動することができる。
つまり、移動時間を大幅に短縮できる可能性がある。私は転移魔法の適性がそもそもないから、転移ポイントがどこにあるか把握していないが……。
ちなみにこの魔法で国境を越えるのは禁止されている。詳しくはないが、他にもいくつか禁止事項があったはずだ。
そういう部分が、資格を求められる要因でもあるんだろう。
「――わかりました」
しぶしぶ、了承を伝える。
「ですが、傭兵はこちらで一人だけ用意するのみとさせていただきます。人数に不安を覚えるようでしたら、ご同行はご遠慮ください」
「それで問題ない」
「……最低人数で行きたいので、御者もつけません。私も傭兵も、あまり馬の扱いが上手くはないのですが……」
「私もそれなりには操縦できる。慣れているとは言いがたいが」
何を言ってもついてくる気満々、という感じだ。意外と強引なんだな、この人……。
まあ、ドラゴンの巣なんて、普通に生きていたらまずお目にかかれない。安全に行ける方法があるのなら、気になる人は多いだろう。
「出発はいつにする?」
「護衛を頼むつもりの傭兵が空いているかにもよりますが……三日後のご都合はいかがでしょうか?」
そこから簡単な打ち合わせを行ない、伯爵は満足した様子で帰っていった。それに比べて私はへとへとである。精神的に疲れた。
でも今日のうちに、大まかなデザイン案はいくつか出してしまおうかな。あまり華美なデザインは好まない、髪色と瞳の色は伯爵と同じ、という情報しか今日は得られなかったから、細かく詰められはしないけど。
次にお会いするときには、イヤリングのデザインの細かな希望をお聞きする約束をした。
お見送りで店の外にまで出ていたので、とりあえず店内に戻ろうとドアノブに手をかけたとき。
ショーウィンドウを覗き込んでいた少女と、目が合った。
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