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 目が合った途端、少女はびくんと弾かれたように体を跳ねさせ、目をまんまるにする。

 年のころは十歳か、もう少しだけ上くらいだろうか。随分と可愛らしいお客様で、自然と口元がほころんでしまった。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 腰を曲げ、少女と目線の高さを合わせる。

 彼女が覗いていたのは、安価なアクセサリーを並べたショーウィンドウだった。

 とはいっても一般市民には贅沢品だから、今日この日まで、立ち止まってまで見てくれる人はいなかった。私が見ていないときにはいたのかもしれないけれど。


「い、いいえ。きれいだなって、見てただけです」

「ありがとうございます。中に入って、ゆっくり見ますか?」

「……大丈夫です。欲しくなっちゃうと、困るので」


 少女はしょんぼりと眉を下げる。そんな顔をされると、無理強いはできなかった。

 うーん……せっかく興味を持ってくれたのだし、何か記念となるようなことをしてあげたい。

 宝石の小さな欠片をあげるくらいなら、トラブルにもならなそうだけど……。この子がそれに魅力を感じてくれるかわからない。

 いや、わからないなら、直接確認してみるほうがいいか。


「お客様、お好きな色はなんでしょうか?」

「えっと……? 黄色が好きです」

「かしこまりました。少し待っていてくださいね」


 足早に店内に戻り、作業室に飛び込む。


「シャンタル、急にごめん、さざれ石ちょうだい!」

「うわっ、びっくりした! さざれ石ならその辺にまとめてあるけど」


 お礼を言って、さっとその石たちに目を走らせる。黄色。今ある中で一番綺麗なのは……シトリンかなぁ。

 さざれ石というのは、商品にならない捨てる石のこと。カッティングの際に出る小さな破片とか、そういうやつだ。くず石と言うほうが一般的だが、石に対して『くず』という言葉は使いたくなくて、うちの店ではさざれ石と呼ぶようにしている。


「このシトリン、怪我しないくらいに研磨してもらってもいい? 今すぐ! 小さなお客様にプレゼントしたいの」

「はは、なんだ、そういうこと? 任せな、すぐに仕上げてやるから」


 頼もしく笑って、シャンタルは超特急で仕上げてくれた。

 つるり、つやつやした小さなシトリンを簡単なケースに入れて、少女のもとに急いで戻る。


「お待たせいたしました。お客様、もしよろしければ、こちらお持ち帰りになりませんか?」


 ケースを開いてシトリンを見せる。小さなお客様の目が、きらきらと輝いていくのがわかった。

 よかった、気に入ってくれたみたいだ……。


「い、いいんですか? どうして?」

「当店を見つけてくださったお礼です。嬉しかったので、ぜひ何かお渡ししたくて。でも、他の皆さんには内緒にしてくださいね。お客様にだけの、特別なプレゼントです」

「わぁぁ、ありがとうございます! 大事にします。内緒にします、ぜったい! あ、でも、お母さんには言ってもいいですか……?」

「どういたしまして。はい、お母様になら言ってもいいですよ」


 ありがとうございます、ともう一度少女は笑った。あまりの輝かしさに、目を細めてしまう。

 今世はこの顔を見るために生きている、と言っても過言じゃない……!

 やっぱり宝石も、その宝石を見て喜ぶ人間の顔も、等しく美しい。


 少女は受け取ったシトリンを嬉しそうに見て、それからショーケースにちらりと視線を移し、何かを悩むような顔をした。

 そして緊張の面持ちで、おもむろに口を開いた。


「……あの。お金を貯めてくるので、あのピンクのペンダント、取っておいてくれたりしますか……?」


 予想外のご依頼に、「もちろんです!」と大きい声が出てしまった。

 少女が指差したのは、ピンクトルマリンのペンダント。小さな石は色味が薄く、インクルージョンも多いが、むしろそれが魅力的に見えるようにカットしてもらった。


「どなたかへのプレゼントですか?」

「お母さんにあげたいなって……。もうちょっとでお誕生日なんです」

「それはとっても素敵ですね! きっとお母様も喜ぶと思います」

「えへへ……そうだといいな。もともとちょっとずつ貯めてたので、お誕生日までには買いにこれると思います」


 少女は照れくさそうにはにかむ。


「最初、見てただけって嘘ついちゃってごめんなさい」

「いいえ。急に話しかけられたら、びっくりしてしまいますよね。こちらこそごめんなさい。お詫びに、あのペンダントはとびきり可愛くラッピングしておきますね」

「ありがとうございます!」


 去っていく少女を「お気をつけてお帰りください」と見送って、今度こそ店内に戻る。

 私が声をかけなくても、シトリンをあげなくても、あの子はお母さんへのプレゼントを買いにきてくれたかもしれない。

 だけどやっぱり、さっきの笑顔を思い出すと、あの子自身に美しいものをあげることができてよかったな、と思った。


 気分はすっかりリフレッシュしていた。これならデザイン案も上手く湧いてきそう。

 今日はもう予約のお客様もいないし、お店は一旦ノエルさんとぺランに任せて、デザインに集中しようかな。




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