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 アナベルは無事にすくすくと育った。お姉ちゃん! と全力で慕ってくれるのが可愛くて仕方がない。

 ありったけの愛情を注いでアナベルのお世話をしつつ、宝石の勉強もめいっぱいした。

 鑑定や鑑別について引き続き学んだり、いろんなジュエリーを見て目を養って、自分でもデザインを描き起こしたり。将来はお店を任せることも考えてくれているのか、帳簿の付け方や経営に関する経験、知識、なんだって教えてもらえた。


 十五歳になるころには鑑別を任せてもらえるようになり、実際に商品にするジュエリーのデザイン案を出させてもらえるようにもなった。

 この国の成人年齢である十八歳を迎えたときには、実際に店頭に立ってお客様ともやりとりをするようになって……忙しいのに、もう毎日毎日楽しくてたまらない!


 ああほんっとに、こんなに楽しいなら、前世からジュエリーに関わる仕事しておけばよかった……!

 後悔する時間ももったいなくて、私は日々せっせと勉強と仕事に励んだ。



 そして私の十九歳の誕生日。

 母さんがにっこりと笑って切り出した。


「あのね、エマ。そろそろ二号店を出してみないかって話をジャスパーとしてるんだけど――その店長を、エマにお願いできないかしら」

「……え?」


 目を瞬いて呆然とした私より早く、アナベルが「わぁっ!」と歓声を上げた。


「すごいすごい、お姉ちゃんのお店!? 絶対素敵なお店になるよ!」


 目をきらきらと輝かせるアナベルは、いつにも増してとびっきりの可愛さだ。

 姉の贔屓目をなしにしても、彼女は美少女だった。

 長い睫毛の下、パパラチアサファイアみたいなオレンジがかったピンク色の瞳。ぱっちりとしたそれは、いつだって楽しげにきらめいていて美しい。

 鼻筋はすっと通っていて、小さめの唇は紅を引いていなくたって血色がよく、可憐な花弁のようだった。桜みたいな優しい色合いをしたふわふわの髪の毛は、私の硬い髪質とは大違い。

 まるっきりファンタジーな配色がこれほど似合っているのは、一種の才能だろう。


 私がまだ言葉を返せないでいるうちに、父さんが穏やかな声で続けた。


「エマはいつも頑張ってくれているだろう。俺もクロエも、君になら安心して任せられる」

「頑張り屋さんの娘で、私たちも本当に鼻が高いわ! 一年後、あなたの誕生日に開店できたら素敵だなって思ってるの。ね、どうかしら」


 こてんと首をかしげる母さんと、静かに見つめてくる父さん、期待のこもった目で見てくるアナベル。


 ――今は私の誕生日会の最中だった。

 誕生日、とは言っても、私がこの世界に生まれた日が正確にわかっているわけではない。だから母さんたちは毎年、私が二人に出会った日を誕生日としてお祝いしてくれていた。

 クリームをたっぷり使ったお菓子を食べて、いつもより高価な紅茶を飲んで。三人から、気持ちのこもったプレゼントをもらうのだ。


 それだけでも十分すぎるほど特別な日だったのに……そこにさらに、特別な意味をくれるんだ。


「っ……ありがとう。すっごく嬉しい。素敵なお店にできるように頑張るね」


 胸がいっぱいになって、泣いてしまいそうだった。

 この世界に来て一番の幸運は、間違いなくこの人たちと家族になれたことだ。

 こんなに幸せでいいのかな。一度死んだからって、ちょっと幸せになりすぎじゃないだろうか。


「はいはい! そしたらわたし、お姉ちゃんのお店のお手伝いしたい! お母さん、わたしでもできることって何かある!?」


 生徒のように手を挙げて、アナベルが母さんに訊く。

 アナベルには魔力がない。魔力は必ず遺伝するものではなく、魔力持ちの庶民はそれなりに珍しかった。貴族や王族は基本的に皆魔力持ちらしいけど。

 ともかく、魔力がないと魔宝石の輝きを見ることはできず、当然魔宝石に直接関わる仕事もできないのだった。


「そうねぇ。そしたら、会計士とかいいんじゃないかしら」

「かいけいし。……む、難しい?」

「ふふ、難しいわ。でもあなたはお姉ちゃんと同じでとっても頑張り屋さんだから、きっと大丈夫」


 むむっと眉を寄せたアナベルは、しばらく考え込んだ後私を見た。


「お姉ちゃん、わたし、頑張るから!」

「……うん。ありがとう、ベル!」


 思わずわしゃわしゃと頭を撫でたら、彼女は嬉しそうに声を上げて笑った。本当に可愛い妹だなぁ……。

 体の年齢では五つ差だが、精神的な年齢で言えば当然もっと離れている。それもあってか、私たちは今まで一度だって喧嘩もせず、ひたすら仲良く過ごしてきた。

 精神的な歳の差も五つだったらここまで仲良くできたかわからないから、この不可思議な異世界転移に感謝することの一つだ。


「それじゃあ決まりね! まだ場所も決めていないの。エマ、一緒にいろんなところを見て回りましょう。妥協はできないわ、あなたのお店なんだもの!」


 ぱちん、と手を叩いて、母さんがやわらかく微笑む。


「店長になるなら、一年後までに魔宝石協会特別会員の資格を取る必要があるけど……」

「難しい試験だが、気負わずに臨めばすぐに合格できるだろう。君の実力は俺たちが一番よく知っている。不安に感じるようなことがあれば、君を信じる俺たちを信じてくれ」

「エマなら絶対大丈夫よ! だってあなた、もう私よりも魔宝石に詳しいくらいだもの」


 二人の信頼を重荷には感じなかった。

 それだけ私も、二人のことを信じているから。


「ありがとう、二人とも。私絶対受かってみせるから!」


 ぐっと拳を握る。

 魔宝石店の店長は、魔宝石協会特別会員の資格が必ず必要となる。試験は年に一回で、今からだとおおよそ半年後。

 開店の準備をしながら試験勉強も、となると今まで以上に忙しいだろうけど、考えるだけでわくわくした。


 だって、私の宝石店!

 そんなの、心が躍らないわけがない。

 どうしよう、どんなコンセプトにしようかな。一号店とまったく同じじゃつまらないけど、だからって違いすぎると二号店として出す意味もない。

 その辺りは母さんや父さんと相談しながら決めよう。

 ああそれから、デザインもできるだけたくさん考えとかなきゃ。あればあるだけいい。もしも最終的に全部没になったって成長には繋がるし、無駄にならない。


「ふふふ、お姉ちゃん楽しそう」

「え、あ、うん。すごい楽しみで……」


 アナベルに笑われてしまって我に返る。はしゃいでいたのがバレて、ちょっと頬が熱くなった。

 この子はどうにも、私が魔宝石のことではしゃいでいるところを見るのが好きらしいのだ。それ以外では大人っぽく見えるよう努めているから、こういう様が新鮮で面白いんだろうか。

 まあ私だってベルがはしゃぐところを見るのは好きだから、お互いさまなのだけど。


「エマ、これからますます忙しくなるだろうけど、絶対に無理はしないこと。体が一番の資本なんだから」

「もし一年で準備が整わなくても、しばらくは俺が代理で店長をやってもいい。焦らずに取り組め」

「うん、ありがとう! でも大丈夫だよ。全部楽しいから、無理にも感じないの」

「お姉ちゃんの大丈夫は信じられないからなぁ」


 即座に返されたアナベルの言葉に、両親まで苦笑いする。

 わ、私ってそんなに信頼がないのかな。

 確かに二回……三回くらい、ちょっと無理をして体調を崩したことはある。過労死したころに比べたら全然無理をしていないつもりだったんだけど、そんなころと比べちゃ駄目か、とはさすがに学んだ。


「……気をつけます」


 粛々と誓ったのだが、三人はそれでも少し心配そうだった。


 それからの一年間、コンセプト決めや場所の選定、店舗デザインの依頼に始まり、資格勉強やデザイン出し、宝石の買い付け……開店準備に奔走した。

 そして試験に無事合格し、その他の準備や調整も終えて。


 二十歳の誕生日、ついに私の宝石店が開店日を迎えた。




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