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 サニエ卿とベルナデット様。ユリスと名乗った男性客。

 こうも立て続けに『恋』を見ると、私もそれに触発されて――とは一切ならない。そのことにほっとした。私は今日も揺らぎなく、仕事一筋……仕事と宝石と家族三筋である。

 というのを、フェリシアンさんを前にしているとしみじみ感じる。この方にときめかない平穏な精神でよかった。


 フェリシアンさんは今日も息抜きを兼ねて、ジュエリーを見にきていた。フルオーダーの相談ではないので、応接室ではなく通常の店内で座っていただいている。

 セレスティーヌ様のイヤリングを作ってからというものの、貴族のお客様からの予約や来店がひっきりなしにあった。宣伝効果の高さをひしひしと感じる。

 お客様の中にはフェリシアンさんについて恥ずかしそうに訊いてくる女性もいらっしゃるので、フェリシアンさんがこの店の常連になったこともある程度広まっているのかもしれない。

 もう私、このご兄妹には絶対に足を向けて寝られない……。


 フェリシアンさんは大抵、見るジュエリーやルースについてはお任せにしてくださる。

 今日も私のおすすめを見せてほしいとのことだったので、ダイヤモンドばかりを並べてみた。この後にはベルナデット様のご予約――婚約指輪の引き渡しがあるためか、なんとなくダイヤを紹介したい気分だったのだ。

 いくつかの商品を紹介していると、ふとフェリシアンさんが小さく首をかしげた。


「……なんだか今日は、いつもより嬉しそうだな。何かいいことでも?」


 そ、そんなに顔に出てたのかな。接客中だというのに情けない。


「いいこと、というか……この後、楽しみなことがありまして。気がそぞろになっていたようで申し訳ございません」

「いや、構わない。むしろもっと気を抜いていいくらいだ。そのほうが私にとってもいい息抜きになる」

「心地よい場を提供できているのなら何よりですが、この店の店長としてそこまで気を抜くことはできません」

「きみならそうだろうな。ところで……楽しみなこと、というのを詳しく訊いてもいいだろうか?」


 フェリシアンさんは目の前のダイヤモンドより、私の話に興味を惹かれてしまったようだ。十分楽しんで見てくださったのはわかっているから、残念というわけでもないのだけど。

 店内に他のお客様はいらっしゃらないし、少しくらい雑談をしても平気だろう。念のため店の外にも気を配り、いつでも口を閉じられる用意をしつつ話し始める。


「この後引き渡しするお品が、婚約指輪なんです。友人……のように思っている方からのご注文なので、反応や結果が楽しみで」


 内心では友人と認めてしまったとは言え、やはり口にするのは少々気恥ずかしい。これが私の一方通行な友情だとしたらもっと恥ずかしいな。

 ……そういえばフェリシアンさんも、私と友人になりたいとかおっしゃってたんだっけ、とふと思い出す。

 あれからあまりそんなそぶりは見せないが、割と……その、だんだん気を許していっている自覚は、ある。だってどれだけ宝石について語っても、興味深そうに聞いてくださるから……!!

 気になることがあれば質問もしてくださるから、いつもついつい熱を入れて話してしまうのだった。


「婚約か、それはめでたいな。きみの知人が祝福していたと伝えてくれ」

「ええ、承りました。ありがとうございます」


 顔をほころばせたフェリシアンさんに、こちらも微笑んでお礼を言う。

 ここできみの『友人』と表さない辺り、距離感の取り方がお上手だ。私もこれくらい人付き合いが上手くなりたいな……。接客スキル向上にもつながるだろうし。


「もしかして、その婚約指輪の宝石はダイヤモンドなのか?」

「……確かにそうですが、なぜそうお思いに?」

「いつもは数種類の宝石を見せてくれるのに、今日はダイヤモンドだけだったから、よほどダイヤモンドのことを考えているんだろうと思ったんだ。もちろん、それに不満があるわけではない。一つ一つ美しいことに変わりはないからな」


 た、単純な思考が見透かされすぎていて……恥ずかしい……!! フォローまでしてくださったのが余計にいたたまれない。

 羞恥で顔が熱くなるのを感じながら、「申し訳ございません……」とつい謝罪する。謝罪を求められていないことはわかるが、それでも口にせずにはいられなかった。


「気にしないでくれ。また次も、きみの勧めるジュエリーを楽しみにしているよ」

「次のご来店時には何か特別な宝石をご用意させていただきますので……!」

「……用意に時間がかかるようであれば、私としてはいつもどおりのほうが嬉しいんだが」


 心なしかしゅんとした顔で言われてしまった。

 確かにご自身の来たいタイミングで来られたほうが、息抜きにはちょうどいいだろう。配慮の足りないご提案だった、と反省する。


「でしたら、何かご用意できたらお見せしますね。それまで何度だって、お好きなときにいらしてください。いつでもお待ちしております」

「ああ、そうさせてもらう。ありがとう」


 穏やかに小さく微笑んだフェリシアンさんが、「そういえば」と話を切り替える。


「友人というのは女性か?」

「ええ、そうですが……」

「なるほど、女性が婚約指輪を用意することもあるのか。だとすればセリィも自分で用意したいだろうな……」

「セレスティーヌ様にご婚約のご予定が!?」


 アナベルと同じ年ごろだろうから、セレスティーヌ様は十五歳前後。貴族であればもっと幼いころに婚約されていても不思議ではないが、それでも……妹を持つ立場からして、考えただけで悲鳴を上げたくなる。

 打ち震える私に、フェリシアンさんは首を横に振った。


「いいや、まだその予定はない。だとしても、きっとセリィも婚約指輪は男性が用意するものだと思いこんでいるから、知れば喜ぶ情報だろう」

「そ、そういうことでしたか。確かにセレスティーヌ様であればお喜びになるでしょうね……。その際にはぜひ当店をご利用いただけますと幸いです」

「伝えておこう。もしその機会があれば、また採取に同行してもいいだろうか?」

「セレスティーヌ様がどのような宝石をご希望されるかにもよりますが、ぜひ」


 そんな大事なジュエリーを任されると思うと、今からそわそわしてしまう。まずはうちの店を選んでいただけるように、今後も良好な関係を築かせていただかないと……。

 もちろん、別の店のジュエリーを選んだとしても、心から祝福はさせていただくつもりだが。

 そんなことを考えていると、フェリシアンさんがくすりと微かな笑いを零した。


「本人の意思も聞かず、気の早い話をしてしまったな」

「……ふふ、そうですね。ですがあらかじめ覚悟を決めて細かく想定しておかないと、いざそうなったときにショックで行動できないかもしれませんから」

「それはきみの妹が結婚するときに、という話か?」

「えっ、それもそうですし、セレスティーヌ様のご婚約のときに……フェリシアンさんもそうなられるかな、と……?」


 もしかして、勝手にシスコン仲間だと思っていたのは間違いだったんだろうか……。想定と少しずれた反応に不安になってしまう。

 フェリシアンさんはふむ、と何かを想像するような顔をした。


「いや、私はショックは受けないだろうな。喜ばしいだけだ。きみの期待に応えられず残念だが……」

「い、いえ、残念だなんて。私が勝手に失礼な親近感を覚えてしまっていただけですので……! ですが、そうですか。ショックを受けない……受けないんですね……?」


 それはなんというか、私よりも……すごく健全に、セレスティーヌ様のことを愛している、ような気がする。私のベルへの愛情が不健全だ、とまでは言わないけれど。


「つい話し込んでしまったな。そろそろ帰ろうと思うが……めでたい話を聞いたついでに、このネックレスをもらえるか? セリィが好きそうなデザインだ」

「かしこまりました! ケースをご用意いたしますので、少々お待ちくださいませ」


 三色のダイヤが連なったネックレスは、シンプルながらもとても可愛らしい。セレスティーヌ様はこういうデザインもお好きなんだな、と頭に入れておく。

 会計を済ませ、フェリシアンさんをお見送りした後、さて、と深呼吸をする。


 ベルナデット様のご予約まで、あと一時間ほど。

 打ち合わせ時、シンプルすぎるデザインを見て「エマのことだから、何か意図があるんでしょうね」と楽しみそうに微笑んではくださったけど……気に入っていただけるといいなぁ。




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