ペランとピンキーリング
【お知らせ】
この度、「精霊つきの宝石商」が書籍化することになりました。
なりました、というか、もう実は発売一週間前です……。
更新が滞ってしまって告知が遅くなり申し訳ございません……!
これもひとえに、読んでくださっている皆様のおかげです。
ありがとうございます!
2024年11月25日、MFブックス様より発売予定です。
詳細は近況ノートやX(Twitter)の固定ポスト等でご確認いただけますと幸いです。
今後とも、本作をお楽しみいただけますと幸いです!
X(Twitter):@shuri_fujisaki
―――————————―――――
ペランが宝石に対して抱いている感情は、昔からずっと変わらない。
綺麗な石だな、という程度の、きっとエマに言えばがっかりされる薄い感情だ。――アナベルに言えば、怒ってしばらく口を利いてくれなくなるかもしれない。
それでもアステリズムで働きたいと思ったのは、やはりエマの存在が大きかった。普段はしっかりしているのに、宝石のこととなると平気で無茶もする年上の幼馴染。
別に一人でも十分やっていけるだろうと信頼はしているが、少しでも力になれるのならなりたかった。
新しい知識を身につけていくことは好きだから、宝石について勉強するのも苦ではない。なんとか店員として役に立てているとは思う。
(だからそろそろ自分でも何か買おう、と思ったんだけどなぁ……)
宝石店の店員として、宝石の一つや二つ持っておくべきだろう。そう思って行動したというのに、宝石を見て『ぴんと来る』という感覚が、ペランにはまだよくわからなかった。見ても見ても、綺麗だな、と感じるだけだ。
この前アナベルの宝石を見せてもらったが、正直あまり参考にはできなかった。彼女の大事なものを見せてもいい、と思ってもらえたことは嬉しかったけれども。
アナベルはなぜだか早くペランに宝石を選んでほしいようなので、早いところ決めてしまいたい。買うことを目的にはしないでね、とエマには言われたが、だとすれば何を目的にすればいいのだろうか。
そんなことを考えながら働き続けること数日。
自分で楽しむ以外に、『大事な人に贈るため』にジュエリーを買う客もいることに気づいた。そんなことは今までだって知っていたが、特に意識していなかったのだ。
そこさえ決まってしまえば、あとは簡単なように思えた。
「エマ、この後またルース見てもいいか?」
閉店作業中に声をかけると、エマは目を瞬いた。
「いいけど……まだそこまで新しいルース増えてないから、もうちょっと後のほうがいいかも」
「いや、今なら選べると思う」
「そう? ならゆっくり見て。私もこの後、デザイン案出ししようと思ってたし」
大事な人に贈る。それなら最初に買う宝石は――エマに贈るべきだろう、と思った。母親でもよかったが、割とそそっかしいところのある人だから、あまり高価なものは贈りたくない。
アナベルに贈ることも一瞬、ほんの一瞬だけ考えたが、そんな考えはすぐに投げ捨てた。ありえない。それだけはない。
作業を終えた後、店の奥の小部屋でまたルースを出してもらう。机に向かうエマを邪魔しないよう、ペランは静かにルースを眺めた。
エマに贈るという目的を決めただけで、先日見たルースが多いはずなのに、まるで別物のように感じられた。
(何がいいかな……)
エマに『好きな宝石』というものは存在しない。彼女にとって、すべての宝石が等しく愛おしい存在だ。
何を贈ったところで喜んでくれるだろうから、選択肢が膨大で難しかった。それでも、自分が欲しい宝石を選ぶよりは難しくない。
宝石というものは、様々な意味や願いが込められている。それだけ人間が、美しいものに意味を込めたくなるということだろう。
(エマに贈るなら、幸運とか幸福とか……そういう意味があるやつがいいな)
そしてそれを、ピンキーリングに加工してもらおう。
ピンキーリングには、幸運やチャンスを呼び込む効果があると言われている。お守りのようなものだと説明すれば、アナベルも過剰な反応をしないはずだ。
いくつか宝石を思い浮かべて、その中でも琥珀に絞る。エマの瞳の色に近い、茶色みの強いものを探すことにした。
琥珀は樹脂が化石化したものだ。植物を由来とする宝石は琥珀のみで、ペランにとっては鉱物よりも成り立ちが面白く感じた。せっかく贈るのなら、少しでも自分も好きな宝石を贈りたい。
ぱっと見て、一番エマの瞳の色に似ている琥珀が入ったケースを、指でつまみ上げる。
「――その石にするの?」
じーっと見ていたら、いつの間にかエマが近くに立っていた。ペランの手を覗き込んで、にこにこと笑う。
「その琥珀、気泡の入り方が華やかで可愛いよね。なのに魔力の輝きは、きらきらってよりはぴかぴかで……ちょっと力強い印象があって素敵」
「あー、確かに言われてみればそんな感じだな」
華やかだとか、力強いだとか。そういう印象の話は、まだ自分ではうまく言語化できない。いい接客をするには必須の力だと思ってはいるのだが、なかなか難しかった。
ちょうどいいので、琥珀をエマの顔の横辺りに掲げてみる。エマは不思議そうにしたものの、とりあえずは……といった様子で動かないでいてくれた。
艶やかな褐色の琥珀は、エマによく似合うように見えた。
「……これにしよっかな。大きめの石だけど、セミオーダーでピンキーリングにできるか?」
「もちろん! すぐサンプル持ってくるから待ってて」
エマは楽しそうに、ピンキーリングのサンプルを並べてくれた。――デザインの良し悪しは、宝石の良し悪し以上によくわからない。この店のデザインなら、どれを選んでも悪いということはないだろうが。
(エマの一番好きなデザインで、って言っちゃえば簡単だけど……)
宝石とは違って、デザインにはさすがのエマだって好みがあるだろう。けれど贈ると決めた以上、そういう部分で手は抜けない。
「ピンキーリングとなると、あんまり石が大きいと重くて負担かもしれないから……うーん、ペランの選んだ琥珀なら、三分の二くらいの大きさまでがおすすめかな。もちろんそのままでも対応するよ」
「いや、大きさにこだわりないし、削っちゃっていいよ」
サンプルとして見せられたリングは、石の形もアームのデザインもそれぞれ違った。もはやアナベルに助けを求めたいくらい、どれがエマに似合うのかわからなかった。エマに似合うものはアナベルが一番詳しいのだ。
しかしもちろん、そういうわけにはいかない。真剣に見比べ始めるペランに、エマは興味津々に訊いてきた。
「指輪ってことは、おばさんにあげるとか?」
「……いや、母さんじゃない」
「え、自分用?」
「自分用でもない」
「……えっ、もしかしてベルにあげる!?」
「それだけは絶対ねぇ」
力強く否定すると、「じゃあ誰……?」と首を傾げられた。すぐには答えづらくて、つい顔をしかめてしまう。
どうせ最後にはわかるのだから、というよりもサイズを指定するときにはわかるのだから、隠す意味は一つもない。けれど人に装飾品を贈るなど初めてで、なんとなく気恥ずかしかった。
「……後で言う」
「じゃあ隠すようなことではないんだ? なのにそんなもったいぶる相手……? 誰……?」
考え込んだエマは放っておいて、ペランは再びデザインを見比べた。
どうにかこうにか選んだのは、石が楕円形で、石の左右のアームが細く絞られているデザイン。結局エマは、こういう石が主役のシンプルなデザインが好きだろう。たぶん。
「これにする」
「はーい、了解。サイズはわかる?」
「おまえのサイズで」
「……うん?」
いたたまれなくて、そっぽを向きながら「エマのサイズで」と繰り返す。しばらく流れた沈黙がまた、居心地が悪かった。
けれどさすがに沈黙が長すぎて、ペランはそうっと視線をエマに戻した。それで我に返ったように、彼女はあたふたと口を開く。
「そっ、そういうのは私じゃなくてベルに渡すべきじゃない!?」
「だからそれだけは絶対ねえって。そもそも、あいつに魔宝石贈るわけないだろ」
そんな確実に傷つける行為、するわけがない。
(……まあ、『魔宝石をエマに贈る』っていうのもあいつにはできないことだし、あんまよくは思わねぇだろうけど)
けれど、アナベルを気にしてエマへのプレゼントを取りやめるのは、気遣いとして過剰である。逆にアナベルの怒りを買うに違いなかった。そういう面倒な性質なのだ、アナベルという人間は。
ペランの返事に、エマは「確かにそうだけど……」と戸惑ったように眉を下げた。
「初めて買うジュエリーが私ので、本当にいいの?」
「自分用に選ぶのは俺にはまだ難しいし、贈るならエマ
「なんで私にはそんなストレートなの……」
「バレて困るような気持ちがないからな」
淡々と返せば、エマは呆れたように小さく笑った。
「ありがとう、ペラン。大切にする」
「うん。できあがったらそのままエマが受け取ってくれてもいい、んだけど……あー、一旦俺に渡してくれるか? 買ったもの、ベルに見せる約束してるから」
「み、見せるんだ」
「約束したからな」
「誰に贈るかも言ったうえで?」
「言ったほうが自然な流れなら」
うわぁ、という顔をされた。ペランも今から気が重い。
とはいえ、約束をしていなかったとしても、アナベルには事前に見せていただろう。後から知られたときのほうが、反応が怖い。
エマはそれ以上何も言わず、粛々と会計の準備を始めた。
* * *
できあがったピンキーリングをアナベルに見せたら、彼女はそれを凝視した。そして、ぎぎぎ、とぎこちなく顔を上げて、頬を引きつらせる。
「まさかとは思うけど……これ、お姉ちゃんに渡すの?」
「よくわかったな。そのまさかだよ」
「わ、わたしだってまだお姉ちゃんに指輪なんてあげたことないのに!?」
勢いよく叫んだその声にも、表情にも、怒りと悔しさ以外の色は見て取れなかった。――傷つけてはいない。
よかった、とペランは密かに息をついた。アナベルはペランの前では気を抜いているから、感情を隠すようなこともないのだ。見てわかる感情がすべてである。
「いやっ、わかる、わかるの……! お姉ちゃんに宝石を贈りたくなる気持ちは!! しかも初めて自分で買った宝石なんて、そ、そんなの……わたしもやればよかったぁ……!!」
「思いつかなくて残念だったな」
「悔しい~! お姉ちゃんにぴったりな宝石なのも悔しい!!」
「お褒めに預かり光栄」
「ぐっ……よくぞお姉ちゃんに似合う宝石を選びました……素晴らしい……」
こちらを睨みながら雑に褒め、アナベルはふんと鼻を鳴らした。
「いいもん、わたしだって今度、お姉ちゃんにもっと似合う宝石あげるんだから」
「ま、おまえが選ぶんなら、そりゃあ俺よりはいいやつ選ぶだろうな」
「……言っておくけど、そう簡単に選べると思わないで。ペランが選んだ宝石も、本当に相当、かなり、お姉ちゃんに似合うよ」
唸るように言って、彼女は唇を尖らせる。
――アナベルのことを好きになったタイミングも、そもそも好きになった理由も、ペランにはうまく言葉にできない。だけどこういう、好きだな、と思えることが重なって重なって、増えて増えて……勝手に、恋なんてものになってしまっていた。
彼女の外面を好きになるならまだしも、自分にだけ見せてくれる素を好きになるなんて、趣味が悪いのかもしれない。
そう思ったところでどうにもならないので、もうとっくに、この感情をどうにかすることは諦めた。
「……それはほんとに光栄だよ」
微笑んだペランを、アナベルはまた、悔しそうに睨んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます