フェリシアンのカフスボタン
「お兄様とエマさんが友人になられたこと、本当に嬉しいですわ」
紅茶を飲みながら、セレスティーヌがしみじみとした口調で言う。もう何度目かになる言葉に、フェリシアンは「ありがとう」とくすりと笑った。
誰かと友人になったなどということは、いちいち人に話すようなことでもない。けれどセレスティーヌからは、エマと自他共に認める友人になれたときにはぜひ教えてほしい、とお願いされていた。
エマに友人として認められてから数日、セレスティーヌはことあるごとに嬉しがってくれる。
「お茶会にお誘いしたら来てくださるかしら……」
「今であれば断られることはない、と思うが……セリィと二人きりでは、彼女も緊張してしまうかもしれない」
「あら、もちろんお兄様も一緒に、です」
当然のように言ってから、彼女は思案するように小さく首を傾げた。
「ですが、そうですね。妹様がいらっしゃるのですよね? その方もご一緒にお招きするのはいかがでしょう」
「ああ、それなら私もぜひ参加したいな。妹君も今後店で働くようだから接する機会はあるだろうが、もう少しゆっくり話してみたい」
「ふふっ、楽しみですわ」
常になくはしゃいでいる様子の妹に、目を細める。
きっとエマも、このセレスティーヌを見れば『可愛らしいですね……!』と無言で同意を求めるような顔で見てくるに違いない。
ただ正直なところ、エマを茶会に誘うにはまだ時期尚早であるように感じた。断られはせずとも、居心地の悪い思いをさせてしまうかもしれない。
セレスティーヌには悪いが、こちらで頃合いを見計らうことにしよう。そう決めて、フェリシアンも紅茶のカップを傾ける。
その袖口を、セレスティーヌがじっと見つめてきた。
「今日もそのカフスを使われているんですね」
セレスティーヌが見ているのは、アクアマリンのカフスボタンだ。
エマに勧められたアクアマリンを――彼女は隠したかったようだが、フェリシアンの瞳の色に似ているから、という理由は透けて見えた――せっかくだからとボタンとして注文したもの。
ちなみにもう一つのカフスボタンには、セレスティーヌの瞳の色に似ているアクアマリンを使ってもらっている。兄妹で瞳の色は似ているが、セレスティーヌのほうが少し淡く透明感がある。
「良いものは使わなければもったいないだろう」
「……それはそうですが。少々、気恥ずかしい気持ちになります」
「きみが嫌だと言うのなら、観賞用にしよう」
「嫌ではありません。とても綺麗ですもの」
そう言いつつも、声音はほんの少し拗ねている。
つい笑みをこぼすと、セレスティーヌは「わたくしもいずれ、そういうジュエリーを作らせていただきます」と唇を尖らせた。そういう、というのは、お互いの瞳の色の宝石を使ったジュエリー、ということだろう。
「作られたところで、私は気恥ずかしさを感じないが……」
「わかっています。ただの対抗心ですわ。どうせお兄様以外の方に気づかれることはないでしょうし」
「そうだな。私も今まで指摘を受けたことはない」
「……見ただけで思い当たってしまった自分が恥ずかしいです」
わざとらしくため息をつかれる。
「よくお似合いですわ、お兄様」
「ありがとう。自分でもそう思うよ」
遠慮なくうなずくと、小さく笑われた。
――宝石のように美しい方、などと言われても、瞳の色そっくりの宝石を見せられても、エマから他意はいっさい感じない。そういうところも、彼女と過ごす時間が心地よい理由のひとつなのだろう。
エマは仕事に対して、そして宝石に対して、非常にまっすぐな人間だ。
ただ話しているだけで、真摯に向き合ってくれていることも、宝石を心から愛していることも伝わってくる。尊敬できる、得難い友人だと思う。
フェリシアンはカフスボタンにちらりと目を向けた。
シンプルなデザインだが、見ていてまったく飽きが来ない。アクアマリンの魔力の輝きも、静かに揺蕩う水面のようでどこか心が和む。
(購入して正解だった)
ふっと微笑みが漏れる。
実のところ、以前まで宝飾品に興味はなかった。セレスティーヌが身につけるものであれば話は別だが、自分のものとなるとまったくこだわりもない。
けれどエマと関わるうちに――楽しそうに語られる宝石の話を聞くうちに、次第に宝石が好きになった。こうして、見るだけで明るい気持ちになれることを知った。
セレスティーヌも宝石好きではあるが、彼女は一人で見て楽しむ人間だ。フェリシアンに対して何かを語ってくることなどなく、もちろん様々な宝石を見せてくることもなかった。
興味のなかったものを好きになる。それはフェリシアンにとって初めての経験だった。
経験も、信頼も、エマからは多くのものをもらっている。できることなら同等か、それ以上のものを返していきたい。
――とはいえ、焦る必要もないだろう。
きっと長い付き合いになるだろうから。
「そうだわ、お兄様。エマさんがお好きそうなお茶やお菓子のリサーチ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
気の早いお願いをしてくる妹に、フェリシアンは「ああ」と微笑んだ。
―――————————―――――
本日書籍1巻が発売となりました。
繰り返しになってしまいますが、これも皆様の応援のおかげです。
ありがとうございます!
幕間はこの辺りでいったん区切りとして、
第二章もゆっくりと書いていけたらいいなと思っております。
よろしくお願いいたします。
【書籍化】精霊つきの宝石商 藤崎珠里 @shuri_sakihata
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