空想のエメラルド

6

 二号店の売りは二つある。


 まず一つ目、フルオーダーでのジュエリー販売。

 一号店は既製品かセミオーダーのジュエリーしか販売していなかったから、もっと特別なジュエリーがほしい貴族なんかに需要があるだろう。他にもフルオーダーを行なっている店はあるが、一号店で培ってきた信頼があれば十分戦える。


 そして二つ目は、宝石を使った安価なアクセサリーや裸石ルースの販売だ。

 少なくともこの国で、そんなものを売っている店はない。宝石といえば貴族のもので、宝石といえばジュエリーだ。

 だけど私は、もっと多くの人に宝石の美しさを知ってもらいたい。知ってもらうだけじゃなくて、実際に手に入れられる、ささやかな日々の幸福にしてもらいたい。


 とはいえそう上手くはいかないもので、開店から数日経っても貴族のお客様しかやってこない。

 一応、外から見える場所に安価なアクセサリーもいくつか置いてあるのだけど、やっぱり立地かな……。貴族のほうがよく通る通りだし、一般の方にはハードルが高いのかもしれない。

 うぅ、でも治安を考えるとこの辺が限界だったんだよな。

 あとは、安価なものは石の質がよくないからかもしれない。それでも十分綺麗だし、小さいけど輝きはあるし、そりゃあインクルージョン内包物とかクラックヒビは目立つかもしれないけど……まるごと可愛いのに……!


「エマー、カット終わっ……なに情けないツラしてんだい、店長がそんなんじゃ客も寄りつかなくなっちまうよ」


 作業室から出てきて顔をしかめたのは、加工士のシャンタル。三十代後半くらいの快活な女性だ。一号店と二号店を掛け持ちしてくれている加工士である。

 私がこの世界に来たときにはすでに一号店にいたので、かなり長いことうちで働いてくれている人だった。


「ごめんなさい、そんなひどい顔してた?」


 思わず自分の顔にぺたぺたさわってしまう。


「少なくともあたしなら、そんな顔の店員がいる店で買い物なんかしないよ。……ほら、今日の分。確認してくれ」

「はぁい。ノエルさん、すみません、少し見てきます」


 今日も店は私とノエルさん、ぺランで回していた。今はぺランが昼休憩中。他にも従業員はいるけど、メインで表に出るのは私たち三人だ。


 加工士であるシャンタルの仕事は、主に宝石のカッティングとエンハンスメントだ。金属部分の加工もお任せしている。

 エンハンスメントというのは、宝石本来の美しさを引き出すための処理。有名どころでいえば、サファイアやルビーへの加熱処理だろうか。宝石の中には加熱をすることで色をよくしたり、インクルージョンを減らしたりできるものがあるのだ。

 もちろん、そんなことしなくたって元から美しいんだけど……!

 通常の宝石とは異なり、魔宝石は魔法でしか加工ができない。私は繊細な魔法が苦手だから、加工はシャンタルに頼りっきりだった。


「……うん、全部惚れ惚れする出来。ありがとう、シャンタル。さすがだね」

「それは何より。じゃあ問題だ、これはもちろん全部成功なわけだけど、一番の大成功はどーれだ?」


 いたずらっぽい顔で、シャンタルが笑う。シャンタルはたまにこういう問題を出してくれるんだよね。

 どれどれ、と宝石に目を凝らす。魔力の流れを見て、色を見て、宝石自体の出来栄えも見て、ついでに反則だけど、精霊に一番好かれている宝石を探す――見つけた。


「このエメラルドでしょ」

「正解」

「よし!」


 エメラルドはインクルージョンの多い宝石だ。インクルージョンが少なく、透明度が高い石を仕入れてはいるが、それでもまったくインクルージョンがないエメラルドにはお目にかかったことがない。ないといったって、肉眼で見えないだけで存在はするけど。

 でも肉眼でインクルージョンが見えないエメラルドはものすごく希少だ。死ぬまでには見てみたい!


 エメラルドには、オイル処理というエンハンスメントを施す。魔力をオイルに溶け込ませて、それにエメラルドを浸けるのだ。

 そうするとオイルが傷の隙間から内部に入り込み、傷を隠してくれる。

 とはいえ隠すというだけで実際にそこにあることに変わりはない。脆いということもあって、エメラルドのカットは難しい。割れたり欠けたりしないよう、専用のカット……エメラルドカットが生まれたくらいには。


 シャンタルの加工したエメラルドは、オイル処理のおかげもあって肉眼ではほとんどインクルージョンが見えなかった。魔力の感じからして必要最低限の処理だから、経年劣化することもほぼないだろう。

 透明度が高く、色も鮮やか。

 それをあえてカボション・カットという丸いドーム状のカットを行うことで、うるうる艶やかな可愛い光り方をしている。

 魔力の光り方だって、まるで……ええっと、なんだっけ、もう前世の地名とかほとんど思い出せないんだよな……ウニ……ユ……? とりあえず有名な塩湖があったと思うんだけど、その光景を閉じ込めたみたいな感じだった。


「めっちゃくちゃきれ~!! どうしようこれ、やっぱりリングかな、どーんと主役にして、この緑が映える地金はイエローゴールドだよねぇ、メレダイヤは外せないし、この存在感なら他のカラーストーン添えちゃってもいいかも、いやもったいないかな、でも小さいシトリンとか合いそう、絶対かっわいいな……」

「はいはい、その辺にしときな。午後は予約のお客さんが来るんだろ。頭冷やしとかないと」

「そ……そうだね! 失礼しました、ありがとう、シャンタル」


 エメラルドから視線を逸らし、ついでに部屋からも退散することにする。

 いつまで経っても、宝石の前では小さな子どものようにはしゃいでしまう。


 戻ってきていたぺランと交代で昼休憩に出かけ、ぽかぽか暖かい広場でアナベルが作ってくれたサンドイッチを食べる。

 人心地ついてから店に戻ってしばらくすると、ドアにつけたベルがカランコロンと来客を知らせた。


「いらっしゃいま――」


 その人に視線を向けた途端、固まってしまった。

 宝石、みたいな人だった。宝石そのものだと言われても納得してしまうくらい、圧倒的な美しさを持った人だった。

 金色のさらりとした髪は、それほど明るくない室内だというのに天使の輪っかを作っていて。瞳はまるでサファイア――いや、この澄んだ青はアクアマリンか。カッティングをした宝石というわけでもないのに、なぜこんなに輝いて見えるんだろう。

 荒れを知らなそうな肌、完璧にセッティングされた石と部品……いやいや、人間にそんな失礼な表現しちゃだめでしょう。落ち着け、私。


 落ち着けとなだめても、湧きあがりそうになる心があった。

 ……これはたぶん、嫉妬だ。デザイナーの端くれとして、彼をこの世に生み出した存在に嫉妬してしまった。

 それくらい美しい人だったのだ。



 思考はきっと、三秒にも満たなかった。


「――失礼いたしました。いらっしゃいませ。ご予約のアチェールビ伯爵でいらっしゃいますか」


 笑みを取り繕った私に、彼はまるで予想外の反応をされたとでも言いたげに瞬きをした。たったそれだけで、その宝石から魔力の光があふれ出てくるような錯覚が起こる。

 が、意地でも顔には出さない。最初の失態を取り戻すためにも、彼のことはただひたすらにお客様として扱おう。


「……ああ」


 薄い唇が開いて、声が響く。あ、生きてるんだ、と当たり前のことなのにびっくりしてしまいそうになった。

 微笑みを深め、「お待ちしておりました」と深々と頭を下げる。……いや失敗したな、もっと前に下げておくべきだった。

 顔を上げるよう言われたので、応接室へとご案内する。

 応接室は、フルオーダージュエリーを注文したい、とおっしゃる方からゆっくりご希望を聞くためにある。伯爵は今日、そういう旨の予約をしてくださっていたのだ。


 ソファーに座った伯爵に促され、私も内心恐々と向かい側に座る。タイミングよく、ノエルさんが紅茶を給仕してくださった。

 ぺランは店のほうだ。他のお客様が来たときの対応を任せてある。


「妹のためのイヤリングを注文させてほしい」


 そう、アチェールビ伯爵は言った。

 ……させてほしい、なんて珍しい言い方をするお貴族様だな。

 驚きを覚えながら、つい少し身を乗り出す。

 この世界ではピアスが主流で、イヤリングはまだまだ歴史が浅かった。この注文に素晴らしい品を提供できれば、イヤリングがもっと普及して、耳飾りを楽しめる人が増えるかもしれない。


「石の大きさや色、種類、大まかなデザインなど、ご令妹様のご希望は何かございますか?」

「傷がなくて透明な、加工をしていないエメラルドがいいらしい」


 は? と言わなかったのを誰か褒めてほしい。たぶんノエルさんはあとで褒めてくれるはずだ。

 …………傷もインクルージョンもない、ノンオイル無処理エメラルド?


 あまりの無理難題に顔が引きつらなかったのは、なかなかのプロ根性だったと思う。




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