26
アステリズムで販売するジュエリーやアクセサリーは、私がすべてをデザインしているわけではない。
場合によっては、懇意にしているフリーのデザイナーさんに外注することもある。私が他の仕事で忙しかったり、この注文の方向性ならあの人のほうが向いてるな、と判断したりしたときには頼らせてもらっていた。
今回の首輪は、フェリシアンさんからのエメラルドの依頼のように店の今後に大きく関わるような案件ではないし、ベルナデット様からの注文のように私にデザインしてほしいと言われたわけでもない。
けれど、重要な注文であることに間違いはなかった。せっかくのお心遣いに、店長である私がお返しできなくてどうするのか。
だから私がデザインしたい、のだけど。
「でも、猫の首輪かぁ……」
閉店後、私は店の奥の小部屋に残ってデザイン案を考えていた。
通常のジュエリーであればそれなりにアイディアの引き出しを持っている自負はあるが、猫の首輪となるとなかなか難しい。ペンダントと同じような感覚で作ればいいのかな……?
とんとん、とペン先で紙を軽く叩く。さすがに前世ほどの高品質さではないが、紙が普及しているのは大変ありがたい限りだった。
小さくうなっていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
「……お疲れ。順調か?」
ひょこりと顔を覗かせたのはペランだった。紅茶とクッキーを持ってきてくれたらしい。
「ちょうど甘いもの欲しかった、ありがとう、ペラン。順調とは言いがたいけど、頑張るよ。……あ、ねえ、あの猫の首輪ってこんな感じだったよね?」
思い出せる範囲で、ささっと首輪の絵を描いて見せる。もっとよく観察しておけばよかったな……。
黄緑色の革の中心に、小さめな緑色のクリソベリルキャッツアイがぶら下がるようにつけられていた。特に凝った意匠もなく、シンプルなデザインだったはず。
ペランは机に紅茶とクッキーを置いてから私の絵を見て、こくんとうなずいた。
「うん、こんな感じだったと思う」
「ありがと。これと違うデザイン、なぁ。どんな宝石使ってもいいって言われてるけど、いろいろつけすぎると猫には邪魔だよね」
「この石だけでも、ぱっと見邪魔そうだったしな。本人……本猫? は気にしてないっぽかったけど、石が増えたらどうなるかわかんねぇし」
「よね。となると、やっぱり他に石を使うとしても一個か二個、小さい石だけ……。んん、一個が無難か。メレダイヤだったらいくつか使っても大丈夫かな……カットの仕方を工夫できたらよかったけど、キャッツアイだからなぁ」
キャッツアイは猫の目のような光が一番重要だ。その光が強いほど守護の力も強まる。
魔宝石ではない普通の宝石だったら、あえて別のカットを試すのも面白くはあるけど……用途を考えると最適なのはカボション・カット。丸いドーム型のカットだ。それ以外の選択肢はない。
カボション・カットは面がないから、光をたくさん反射してキラキラ輝く、ということはない。けれど石本来の色や光り方を楽しむことができるため、
カットを工夫できないとなると……あとは地金か。でもそっちこそ、あまり凝りすぎたら猫にとって邪魔だろう。
添えられるとしたら小さい石。となると、そっちのカットはあまり目立たないし、円形か楕円形にするキャッツアイとの調和を考えると奇抜な形にもできない。カボション・カットでも、たとえば三角形とかにできなくもないんだけど……キャッツアイ効果が映えるのは円だからなぁ。
キャッツアイを囲うようにメレダイヤを配置する、というのも面白味がない。いや、シンプルなデザインだからこその美しさはある。私は好きだ。好きだけど、せっかくのフルオーダーなのだ。もう少し凝りたい。
でも殿下がシンプルなデザインを好きな可能性を考慮して、デザイン案の一つとして提出はするか……。
あっ、そうだ、せっかく原石で預かったんだから、光の入り方をうまく調整しつつ小さめに三つにカットするとかも――
「革ってさ、刺繍とかできねぇの?」
ペランの問いに、深く沈みそうだった思考を打ち切る。
ばっとペランの顔を見ると、勢いに驚いたのか彼はちょっと後ずさった。
「その方向から攻めるのもあり! ありがとう、ペラン、そっか、石じゃなくてそっちも工夫できるのか。ペンダントはチェーン自体に何かすることないから思いつかなかった……!」
「お、おう、適当に言ってみたけどなんか役に立ったんならよかった。刺繍ならベルに頼んだら……とか思ったけど、おまえはそういう公私混同絶対しないもんな。ベルに実力があるんならともかく」
「そうだね、刺繍は専門外だから外注するとしても、ベルには頼まないかな。……念のため訊くけど、ベルの刺繍の腕が悪いって言ってるわけじゃないよね?」
「言ってない言ってない」
冗談めかして確認すると、笑い混じりに否定された。
「あいつが普通に刺繍うまいのは知ってるよ。でも、『普通に』レベルじゃだめだろ。第三王女殿下からの依頼なんだし」
「ペラン」
「あー、すいません、店長。客が誰かは関係なかったな」
名前を呼ぶだけで伝わるのだから、幼馴染とは便利なものである。
ベルには絶対こういうとこ見せちゃだめだけどね……。やきもち焼かせちゃうから。
と、そこまで考えて、私は「あっ」と声を上げてペンを置いた。
「ベルと言えば! ペラン、前に訊いたこと結局ごまかしたでしょ」
「前?」
「ベルのこと好きだって自覚したタイミングの話!」
「仕事中に仕事に関係ない話はしない」
「もう業務時間外だよ。そんなに聞かれたくないの?」
「……好きな奴の姉にそんな話したい奴がどこにいんだよ」
ふぅん、とにやけでもしたら怒らせてしまうのは間違いないので、私は「それはそうだろうけどさ」と言うに留めた。
好きな奴。好きな奴、かぁ。その単語を引き出せただけでも、もう結構満足だ。
「余計なお世話なのは承知してるけど、今の態度じゃ絶対伝わらないからね?」
「伝える気もねぇし」
「え!? なんで!?」
思わず目を丸くしてしまった。
ペランはアナベルに敵視されているとはいえ、私が知る限り、家族以外の人間の中では一番親しいのだ。ベルってガード堅いんだよね。
私が関わらなければ、二人は穏やかに話していることもある。今はまだアナベルからの恋愛的意味での好意がなくても、いずれ発生する可能性はあると思っていた。
「なんでって……そりゃあエマにとっては、どこの馬の骨とも知らない奴より、俺と結婚したほうが安心できるんだろうけど」
「うっ……た、確かに、そう考えちゃってるのは否定できない、かも……」
たった今言われるまでそんなことをはっきり考えたことはなかったけど、本当にそういう気持ちがないのか、と訊かれたら自信はなかった。
だってもし、もしも、ベルが私の前世の彼氏みたいな奴と付き合うようなことがあったら……?
考えるだけで恐ろしすぎる。吐き気がする。だったらまだ、信頼できるペランと結婚してくれたほうがいい。
……ベルの幸せを第一に考えているつもりだったのに、こんな自分本位な気持ちがあったなんて信じたくないな。
顔を引きつらせて反省する私に、ペランは呆れたように小さく笑った。
「でも、そういうんじゃないだろ。おじさんもおばさんも、おまえたちの幸せが一番だから、無理に結婚しなくていいって言うだろうし。そもそもあいつの幸せに恋愛とか結婚が必要かどうかも微妙っていうか……」
首を捻るペラン。
ベルの幸せに、恋愛や結婚が必要か否か。
……現状は不要だろう。私に話していないということは初恋もまだなのだろうけど、それでもベルは楽しそうに日々を過ごしている。恋への憧れを聞いたこともない。
言葉を探すように、ペランはゆっくりと続けた。
「ベルには、したいことして、生きたいように生きてほしいんだよ。俺からなんか行動して、それがあいつを変えるかもしれないのは嫌だ。他の奴があいつを変えたってどうも思わねぇけど……俺が変えるのは、嫌だ。自惚れじゃなく、一応、変えられるかもしれない位置にいるのは自覚してるからさ」
「ペ……ペランって」
口元を手で覆う。そんなことをしたって、この笑み崩れた顔を隠しきれるわけもないけれど。
「愛情深い人だったんだね……」
「あ、愛とか言うのやめろよ!!」
「愛の人だったんだ……」
「余計こっぱずかしい響きになってんだけど! やめろ!」
ペランは顔を真っ赤にして怒鳴った。からかいすぎてしまったかもしれない。
なんか、恋を自覚したタイミング、よりよっぽどすごい話を聞かせてもらった気がする……。
大好きな妹をこれだけ思ってくれる人が身近にいるというのは、とても嬉しいことだった。
「……いや、それだけベルのことが好きで、なんでいっつもあんな態度悪いの?」
つい零れた疑問に、ペランはふんと鼻を鳴らす。
「態度悪いのは向こうが先だろ」
「あー、まあそう、だけど……ちなみになんでベルに敵視されてるかわかってる?」
「俺がエマのこと好きだとか勘違いしてんだろ、どうせ。勘違いしてる限り、あいつは絶対俺に好かれてるって気づかないからいいんだよ」
「うわぁ……そういうものなんだ」
「そういうもんだよ。……あと」
言葉を続けようとしたペランは、そこで言い淀む。けれど結局、「いや、何でもない」と首を横に振った。
「それじゃあ、俺は帰るから。あんま遅くなんないうちに、おまえも帰れよ」
「うん、お疲れさま。明日もよろしくね」
去っていくペランを見送って、机に向き直る。冷めきった紅茶を一口……これ、たぶんノエルさんが淹れてくれた紅茶だな。おいしい。
添えてあるクッキーも一枚、ぱくりと口に放り込む。素朴な甘さにほっと息をついて、私はもう一口紅茶を飲んだ。
よし。糖分補給もしたし、首輪のデザイン案出し頑張ろう。
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