信頼のキャッツアイ

22

 ユリス様――ターニャに一目惚れをした様子だったお客様は、あれからやはり常連になってくださった。

 一応ターニャが従業員でないことはお伝えしたのだが、私がターニャの名前を出したことに少々動揺しながらも、「この店を気に入っただけだよ」とそのまま通い続けてくださっている。


 実際、ジュエリーを(時にはジュエリーとは呼べないアクセサリーまで)いくつも購入されているし、商品を見ている間は常に楽しそうなので、嘘ではないのだろう。ありがたい限りだった。

 まあたぶん、ターニャに会える可能性が一番高いのがこの店に通うこと、というのも理由の一つではあるんだろうな……。

 ターニャがこの店に来るタイミングを尋ねてこないし、もちろん私から教えることもないので、最初の一度以来会えていないのだけど。



 本日はターニャがつけていたペンダントの石――クリソベリルキャッツアイの裸石ルースが見たいということで来店された。

 一度しか会っていないのに、ターニャが身に着けていた装飾品なんてよく覚えているものだ。

 ターニャが日によって違うものを身に着けていれば、私も思い当たる石がないところだったが、ターニャがつけているペンダントといえばいつも一つだけだった。

 ……出会った日に、私が謝礼の一つとして渡したものである。


「こちらがターニャのペンダントに使われていた石、クリソベリルキャッツアイでございます」


 石を並べたケースをユリス様に差し出す。

 興味深げに覗き込んで、ユリス様は「ほんとに猫の目みたいだね」とつぶやいた。


 クリソベリルキャッツアイ。通常キャッツアイと言えばこの石を指すが、実はトルマリン・キャッツアイやエメラルド・キャッツアイ、他にもいろいろなキャッツアイがある。

 その名のとおり、猫の目のように帯状の光が入るのが特徴だ。この光の効果の名前はいくつかあるが、一番わかりやすいのはそのままの名前、キャッツアイ効果だろう。変彩効果やシャトヤンシーとも呼ぶ。

 石の色は主に黄色や緑、茶色など。今日はできるだけターニャに渡したものと似ている、落ち着いた黄緑色の石ばかりを選んできた。


「正直、ターニャさんがつけてたペンダントをちゃんと覚えてたわけじゃないんだけど……こんな宝石だったんだね。あんまり輝き方が宝石っぽくなくて面白いな」

「おっしゃるとおり、そこがこの石の魅力の一つです。魔力の輝きにもぜひご注目ください。気まぐれな猫のような動きをしていて、とても可愛らしいんです」


 キャッツアイから漏れ出る魔力の輝きは、くるくる回っていることもあれば、スキップのような動きをすることもあるし、まったく揺らぎもせずに落ち着いていることだってある。

 魔力の流れを鑑賞して楽しい石のランキングを作るとしたら、個人的にかなり上位に入る石だった。


 そうして並べたルースの魅力を、一つ一つ説明しようとしていたときのこと。

 休憩に行っていたペランが浮かない顔で戻ってきた。ユリス様に気づいて「いらっしゃいませ」と挨拶をした声も、どこかぎこちない。

 説明を続けながらも、咄嗟にノエルさんにアイコンタクトを取ると、察してくれたノエルさんがペランを引き連れて奥の部屋に向かった。


「あの子、元気なかったね。何かあったのかな」


 ……き、気づかれてしまった。親しくない人間であれば違和感を抱かなそうな範疇ではあったのだが、ユリス様は人のことをよく見ているのかもしれない。


「申し訳ございません、お見苦しいものを……」

「ああ、いいよ、そんなの。というか店長さんも、もうちょっと態度崩していいんだよ。そのほうが俺も楽だし」

「……わかりました、そうさせていただきます。宝石を楽しく見ていただけることが一番なので」


 少し悩んだものの、了承する。

 常連のお客様の要望は可能な限り叶えたいし、確かにユリス様のご性格からして、ずっと私が堅苦しい態度でいると居心地が悪いだろう。おそらく貴族だろうに、貴族として名乗られたこともないし。


 ユリス様はにっこりとうんうんうなずいて、それから奥の部屋へとちらりと視線を向けた。ちょうどそのタイミングで、ペランとノエルさんが出てくる。

 私より先に、ユリス様が心配そうにペランに声をかけた。


「大丈夫? 何かあったんなら、俺のことは気にしないでいいよ。店長さんも」

「いえ、従業員の個人的な事情ですので……ペラン、何か気になることがあるなら、今日はもう上がっていいですよ」


 お客様がいるときは、ペラン相手であっても丁寧語を使うようにしている。

 ペランは少し迷うように視線を揺らして、おずおずと口を開いた。


「では本日はこれで失礼させていただきたいのですが、その前に、お客様。キャッツアイの首輪をつけた白い猫にお心当たりはございますか?」

「猫?」


 ユリス様がぱちりと目を瞬く。

 ペランが話し出したのは、これまでのご来店時の様子から、ユリス様ならこういう質問も許してくださると判断したからだろうけど……ちょっとそわそわしてしまう。

 軽率だ、と叱るまではいかないけど、あとでちゃんと、どこまで考えたうえで行動したのか話を聞こう。


「はい。とても美しい迷い猫を見つけたのです。怪我をして動けなくなっているようなので、今から保護しにいこうと考えているのですが、おそらく貴族の方が飼われている猫なのではないかと」


 迷い猫。しかも怪我をしているとなると、ペランがあんな顔をしていたのもうなずける。ペランは特別動物が好きなわけではない、どころか苦手なほうだけれど、だからってそんなものを放っておける性格はしていないのだ。

 きっと帰り途中に見つけてしまって、一旦は仕事を優先して戻ってきたものの、ノエルさんに相談して保護しにいくことにしたんだろう。私でもそう指示しただろうから、ノエルさんの判断には感謝だ。


「うーん……俺の知り合いにも白猫を飼ってる女性は何人かいるけど、わざわざ首輪をつけている人はいなかったような……。目の色は? 首輪はどういうデザイン? 細かく教えてもらえれば、知り合いに当たってみるよ」


 ユリス様が首をひねる。

 ……お客様のほうが乗り気なのであれば、これ以上関わらせないようにするのは逆に失礼だろう。そう判断して、私は大人しく聞く姿勢を取った。


「両目とも青でした。首輪は黄緑に染められた革で、緑のキャッツアイが一つだけついていました。キャッツアイは魔宝石で、自然な魔力だけでなく、人がこめた魔力も混ざっているようでした。普通の首輪ではなく、魔道具としての役割もあるのではないかと思います」


 ちら、とペランから視線を向けられた。たぶん補足を求められてるな……。

 ペランはまだまだ、宝石の知識が満足にあるとは言いがたい。ダイヤモンドやルビーなど、メジャーな宝石であれば一人で接客を任せられるレベルだが、それ以外は私やノエルさんのカバーが必要だ。

 求められたとおり、補足のために口を挟む。


「キャッツアイは、守護の力を持つ石です。魔道具に加工すれば、ある程度の攻撃を自動的に防ぐバリアを出すことができますし、猫を守るための首輪なのではないでしょうか」


 通常の宝石でも、一応魔道具にすること自体はできる。けれど、魔力をこめられないので他の部分に細工が必要になるし、魔宝石を使うより魔法の威力も弱くなる。非効率だ。

 魔宝石であっても、普通はただ魔力をこめるだけでは魔道具としては使えないから、専門の職人さんに加工してもらう必要がある。


 ……まあ、私の場合は例外なんだけど。そうじゃなかったら、ティンカーベル・クォーツをおめかし道具みたいな感じで使えてないしね。

 とはいえ私も、自分の魔力を流したそのときにしか魔道具として使えない。


「猫を守る魔道具……どこかでそういうの聞いたことある気がする。ちょっと待って」


 口元に手を当てて考え込んだユリス様が、はっと目を見開く。


「――第三王女殿下の猫!」


 とんでもない人物が飛び出してきて、私とペランはぎょっとした。

 第三王女、リュディヴィーヌ様。ベルナデット様と並ぶ美姫だ。品行方正で、良い噂しか聞こえてこない方である。

 ユリス様は焦った様子で続ける。


「白猫で、変わった首輪をつけてるって聞いたことある! 人の悪意に反応して、猫を守る首輪だとか……。もし本当に殿下の猫なら、早く保護しなきゃ大変だ。怪我してるって言ってたよね。君たち、回復魔法使える?」

「い、いえ、店長も私も使えません」

「そっか、俺も使えないんだよな……。とりあえず、急いで保護しよう。君が見つけた場所からもし動いてたら探さなきゃ。俺も手伝うよ。客にそんなことさせられない、っていうのはなしだからね。店長さん、ごめん、この宝石はまた今度ゆっくり見させて。……うーん、保護した後、この店に連れてくるのはまずいよね?」

「そうですね……本当に第三王女殿下の猫だとしても、店内に動物を入れるわけにはまいりません」

「なら……ペランだっけ。君の家は? 猫を連れていっても大丈夫?」

「もともと私の家で保護するつもりだったので、問題ございません」


 それなら、とペランとユリス様は慌ただしく出ていった。私はそのまま店で仕事を続ける、つもりだったのだけど。

 ……回復魔法使える人、念のため呼んできたほうがいいよなぁ。

 でもそうなると、ノエルさん一人に店を任せることになる。来客数はそう多くないとはいえ、やっぱり店員は常時二人以上はいないと、一気に複数人の来客があったときが怖い。いや、ノエルさんなら心配いらない気もするけど……。


 ちょっとした逡巡の後、私は一号店へと電話をかけてシャンタルを呼び出すことにした。今日のシャンタルは一号店に出勤しているのだ。

 電話とは、以前母さんも使っていた、半円の宝石がはまった板のような通信魔道具のこと。単純に通信器と呼ぶのだけど、私が『電話』という単語を口にしても他の人に通じるようなので、あまり気にせず呼んでいる。


「――ではノエルさん、シャンタル、すみませんがお店番お願いします……! 午後の予約のお客様がいらっしゃる前には帰るので!」

「ええ、お任せください」

「気をつけて行っといでね」


 そして急いで向かうのは、ターニャが拠点としている宿屋。彼女は回復魔法も使える、オールマイティな傭兵なのだ。




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