16
恋を自覚させる方法の方向性が定まったところで、次にやるべきことは石探しである。
グリーンダイヤモンドは淡い色が多い。それもまたもちろん可愛いのだが、ベルナデット様の瞳のお色となるとまったく違う。
ドラゴンの巣探しは本当の本当に最終手段にしたいので、まずは普段の伝手を片っ端から当たった。しかし知り合いの宝石商は全滅、駄目元で鉱床にも赴いて採掘させてもらったが、お目当ての石は手に入らなかった。そもそもグリーンダイヤモンド自体が珍しいのだから当然だ。
……ここまでやれば、普段付き合いのない宝石商に声をかけることにも十分な正当性が生まれるだろう。
というかたぶん、もっと前に声をかけてもいいくらいだった。
「――お初にお目にかかります、サニエ卿。宝石店アステリズムの店長、エマと申します」
ベルナデット様の婚約者、サニエ卿の職業は宝石商であるが、同時に男爵でもある。仕事相手に失礼のないようにするのは当然のことではあるが、相手が爵位持ちとなるといっそう気を遣わなければならない。
「初めまして、ジュール・サニエです。本日はお越しいただきありがとうございます」
サニエ卿は微笑み一つ浮かべず、しかし対等な仕事相手としては認めてくださっているのか握手を求めてきた。
……仕事相手というわけでもないのに握手を求めてきたフェリシアンさんは、やっぱり貴族としては少し変わってるよな、と余計な思考がよぎった。
サニエ卿の瞳の色は、確かにベルナデット様がお持ちになったコニャックダイヤモンドそっくりである。こっそりと確認しつつ、軽く握手をする。
「こちらこそありがとうございます。突然の予約、申し訳ございませんでした」
促されるままにソファーに座ると、すぐさま秘書の方が紅茶とケーキを私の前に置いた。サニエ卿の前には紅茶だけ。
宝石商は無店舗販売の場合もあるが、サニエ卿は店舗を持っていた。
少しこじんまりとしてはいるが、趣味の良い調度品ばかりで、窓からの光の入り方もとてもいい。宝石を美しく見られる環境が整っていた。
さっそくいくつかのボックスがテーブルに並べられる。
事前に色鮮やかなグリーンダイヤモンドを探していると伝えていたとおり、収められているルースはどれもそれなりに発色がいい。
ふむ……この品揃え、できれば今後も継続して取引したいところだ。
ちょうどそろそろ、取引先の新規開拓をしてもいいころなんじゃないかと思っていたのだ。今のところ取引を行なっているのは、一号店でも取引を行なっている宝石商だけだった。ベルナデット様の婚約者ともなれば、信頼性についてもまったく問題ない。
宝石商を経由せず、直接
とはいえ、やはりベルナデット様の瞳の色とは違うものばかり。強いて選ぶならこれ、と言えるものはあるが、そんなもので妥協はしたくない。
……色にだけこだわって探すのなら、たぶんペリドットが一番探しやすいんだろうなぁ。
「ご希望に沿うものはございませんでしたか?」
私の表情が芳しくなかったからか、そう声をかけられる。
「素晴らしい石をご用意いただいたところ大変恐縮なのですが、求めている色とは違いまして……。よろしければ、ペリドットも見せていただけますか?」
「もちろんです」
サニエ卿が視線を送ると、秘書の方が奥の部屋へと下がっていった。
その間にどうぞ、と言われたので、ありがたくケーキと紅茶に舌鼓を打つ。美味しい……。サニエ卿も静かに紅茶を飲んでから、視線を上げて私を見た。
「差し支えなければ、石の用途をお聞かせいただけますか」
「ええ。ペアリングで、コニャックダイヤモンドの対となる緑の石を探しております。可能であればグリーンダイヤモンドで、と思っているのですが……」
「それは……色は、瞳に合わせて?」
肯定すると、サニエ卿は少し考えるそぶりを見せた。
「ペリドットもご覧になりたいということは、色のイメージとしてはペリドットが一番近いということですよね?」
「おっしゃるとおりです」
「であれば、ペリドットで十分ではないでしょうか。瞳の色に合わせたペアリングということなら、よほど宝石に詳しくない限り、色味しか気にしないでしょう」
……ば、ばっさり切るなぁ、この人。
まあ、私としてはこのくらい遠慮なく言ってくれたほうが話しやすくはある。でも今回の目的からすると、ベルナデット様を連想されるわけにはいかないからなるべく情報を出したくない。どちらも宝石に詳しい方である、というのは言わないほうがいいだろうな……。
婚約指輪だからダイヤモンドが好ましい、というのも、この国では……というより、この世界では理由にならない。元いた世界とは違って、婚約指輪や結婚指輪に使う宝石の主流というものが存在しないのだ。
「……ご提案ありがとうございます。しかしやはり、可能であればグリーンダイヤモンドで作りたいのです」
「そうですか。差し出がましい提案でした」
「いえ、とんでもございません」
そんなことを話している間に、秘書の方がペリドットの入ったボックスを持ってきた。
うん、やっぱりベルナデット様の瞳のイメージにはペリドットが近い。これなら、と思える色味のものが一つあった。……でもペリドットで妥協するなら、普通に店の在庫にこれとほぼ同等の石があるんだよね。
「サニエ卿。難しい話であることは承知のうえで依頼したいのですが、一週間以内にこちらの色に近いグリーンダイヤモンドが手に入った際には、連絡をいただけますか?」
私が指で示したペリドットを、サニエ卿はじっと見つめた。……心なしか、眉間に皺が寄っているような。最初から今までずっと不愛想ではあったけど、こんな顔つきはしていなかった。
傍に控えていた秘書の方が、「ジュール様」と小声で彼の名前を呼ぶ。
「…………何だ。
ものすごく不機嫌な声音に、ちょっとびっくりして目を丸くしてしまう。
なる、ほど? 取引相手の前でこんな声を出すような方、となると、申し訳ないが噂の信ぴょう性も高く感じてしまう。つまり、『偏屈で不愛想でケチな宝石商』。もちろんベルナデット様があんなふうに語られるのだから、あくまでただの一面なのだろうけど。
グリーンダイヤモンドもペリドットも上質なものばかりだったし、ちゃんとこちらの話を聞いてくれる耳も持っている。値段もそれ相応だし、取引先として問題はないだろう。
「お見せするだけお見せしたらいいんじゃないですか? ずっとしまい込んで、誰にも見られることのない宝石に何の意味があるんですか」
「あれは『ある』というだけで意味があるんだ」
「持ってきますね」
「おい!」
ベルナデット様は、秘書の方をおせっかいと表現していた。その意味が少しわかった気がして、ついサニエ卿のことを生温かい目で見てしまう。なんというか、振り回されて苦労していそうだ。
先ほどとは別の部屋に向かった秘書の方に、サニエ卿は腰を浮かしかけ、結局ため息とともに座り直した。
「……申し訳ない」
「いえ……ですが、こちらのペリドットの色に近いダイヤモンドをお持ちなんですか?」
「売り物ではありませんけどね。個人的な所有物です」
苛々とした気分を落ち着かせるためか、サニエ卿は紅茶をゆっくりと飲む。
私にだって個人的に所有している宝石はいくつかあるし、そういったものはよほどの理由がない限り売り物にするつもりはない。
秘書だというのなら、その辺りはちゃんと把握しているだろう。そのうえで、彼が取りに行った理由は……サニエ卿が、『ずっとしまい込んで』いるから?
宝石とただの石の違いは、美しさにある。そして美しさというのは、人間が見て定めるもの。乱暴にまとめてしまえば、見る人が誰もいない宝石に価値はないのだ。
宝石商であるなら、それは理解しているはず。にもかかわらず、ずっとしまい込んでいるだけの宝石……? いったいどんな石なのか気になってきてしまった。
少々そわそわしながら待っていると、秘書の方が小さなルースケースを持って戻ってきた。そして恭しく私の前に差し出す。
「いかがですか?」
歓声が出そうになった口を、咄嗟に閉じる。
しかしそれでも、自分の目がきらきらと輝いているだろうことはわかった。
美しい、とても美しいグリーンダイヤモンドだった。
華やかさを感じる、鮮やかな緑。春の息吹を感じさせるような、爽やかな初夏の風を思わせるような、まぶしい魔力の光が舞っている。
ベルナデット様の瞳を表すのなら、このダイヤモンドしか存在しない、と思うほどだった。
私がそう思うのだから、おそらく……いや、十中八九サニエ卿だってそうだ。ベルナデット様のことが好きなら、確かにこの石は手放したくないだろう。
けれど、でも……それなら、なおさら。
このダイヤモンドで作った指輪を、彼にはめてほしいと思った。しまい込まずに毎日見て、その美しさに感動してほしい。そして同時に、ベルナデット様への愛だってよりいっそう感じてほしい。
どうすればこのダイヤモンドを売ってもらえるか、瞬時に頭を巡らせる。
私が持っているサニエ卿の情報は多くない。しかしきっと、『ベルナデット様を好き』というのは相当大きな情報であり、彼の弱点だ。
まずは軽く動揺を誘うために、探り探り口を開く。
「……これは確かに、手放しがたい石ですね。ベルナデット様の瞳にそっくりです」
――ガチャン、と派手な音を立てて、ティーカップが床に落ちた。
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