第3話 キミの悲鳴はフルメタル
「うひゃああああああぁぁぁぁっ!!」
めちゃめちゃ悲鳴を上げながら、その子は飛び上がって驚いた。
それだけでなく、その拍子に、手の中に持っていたヨーヨーを放り投げたものだから、明後日の方向に飛んだヨーヨーが黒板にぶつかって、これまたデカい音を立てた。
ガッキィーーーーィィィィン!!
「うわっ!」
「うひっ!」
耳をつんざくような甲高い音が響く。私は思わず耳を塞いでしゃがみこんだ。
黒板の立てる音って、なんでこんなに嫌な感じに響くんだろう。しばらく頭の中でビリビリ反響して、顔をしかめた私は痺れたように動けなかった。
まだちょっと頭に残響が残りながらもよろよろと立ち上がると、ヨーヨーを黒板にぶつけた当の本人は、慌てた様子で自分が放り投げてしまったヨーヨーを回収していた。
「ぶつけちゃった……キズ付いてないかなあ……」
ぶつぶつ言いながら、泣きそうな顔でヨーヨーの傷を調べている。私はばつの悪さを感じながら、そっとその子の肩を叩いた。
「あのー」
「ひ、ひゃっ!?」
また飛び上がらんばかりに肩をびくっ、と驚かれる。別にそんなにビビらなくたって、と思うけど。
「あの、なんか、ごめんなさい? 驚かせちゃって。ってか、勝手に覗いちゃってて」
「えっと、あの、いえ、その……!」
アワアワしだすヨーヨー少女。なんか、またヨーヨーを放り投げかねないビビリ様だな。私、そんなに怖い?
「落ち着いて、落ち着いて。その……ケガとかは大丈夫?」
「え、あ、う、うん。大丈夫、です……」
なだめるようにゆっくり話しかけたら、ようやく少し落ち着いたみたい。私はその子が手に持っている銀色のヨーヨーを指差す。
金属で出来た二つの小さなすり鉢状の器を、底同士で繋げたような形。私の知っているのとは随分違うけど、これがこの子のヨーヨーみたいだ。見たことある物の中では、中国ゴマの形が近いかも。
「それ、結構派手にぶつかっちゃったけど、傷とか無かった?」
「あ、うん……大丈夫、みたい。その、ステンレスは強いから……」
ぼそぼそと喋るその子の顔を覗き見る。長いストレートの黒髪の間から、ヨーヨーを見つめる小さな目が覗いた。
大粒の黒豆のようにつややかな瞳。あ、綺麗な目してるな、この子。私の中に、場違いな感想が浮かぶ。
「ね、それ、ヨーヨー、だよね?」
「え、あ、えっと……はい」
私の問いに、戸惑いながら、こくり、と頷く。
「敬語じゃなくていいよ。同じ一年でしょ?」
私は互いの上履きを見る。うちの学校は、上履きとか校章のバッジとかの色を見れば、どの学年の生徒か分かるように、学年ごとに色が決まっているんだ。私とこの子は、同じ緑色。
「すごいね、そのヨーヨー、ってか、あなたのヨーヨーさばき? 思わず覗いたまま見とれちゃったよ」
「あ、いや、そんな、すごくなんて」
相手にプレッシャーをなるべく与えないように、ニコニコ笑いながら喋りかけていると、少しずつ彼女の緊張が解けていくのが分かった。
「ごめんね、本当に。何も言わずにこっそり覗いてるとかさ。怖かったでしょ?」
「ううん、ただびっくりしちゃっただけだから、大丈夫……!」
私が謝るのに、慌ててヨーヨーを持ってない方の手をブンブン振って必死に否定している。なんか、動きが小動物みたいで可愛いな。
「でも、驚かせちゃったし、ごめん。私、F組の
「あ、えっと、D組の
「だからタメ口でいいって。よろしくね、九凪さん」
「う、うん、よろしく……」
よっぽど人見知りらしく、ちょっとぎこちなさはあるけど、とりあえず初対面の挨拶は出来た。ついでに、手を差し出してちょっと強引に握手までしてみる。
「それ、金属製のヨーヨーなの?すごいよね、あんな動き見たこと無かった」
「あ、うん。えっと、これはバインドヨーヨーっていって、競技ヨーヨーの機種で……」
「競技?」
「ああ、えっと、うん。ヨーヨーにも競技の世界があって、大会とかやってたりするんだ」
「へえ、そうなんだ。え、ひょっとして、九凪さんも競技の大会とか出たりする?」
九凪さんが照れて視線を外しながら、「うん……」と小さくうなずいた。
「えー、すごい! おもしろそう!」
いきなり踏み込みすぎても、あまり良くないかもしれない。そう分かっていながらも、思わず前のめりになってしまう。
私は、全く知らなかった世界に、俄然興味が沸いていた。
「ねえ、もし良かったらでいいんだけどさ、もうちょっと見せて貰ってもいい? さっきみたいなヨーヨーの技とか」
「え? え、えーと、あの……うん、いいよ」
「やったぁ!」
九凪さんがうなずいて私が喜んだところで、ガラガラと大きな音を立てて教室のドアが勢いよく開かれた。
「ツバサ! 大丈夫だったかお前!」
「わっ!」
「
大声を上げて教室内に踏み込んできたのは、体育教師の大垣先生だった。
先生は九凪さんを見つけると、大股に教室を横切って側まで来る。
「何か大きな音が聞こえたから、急いで来たんだ。どうした、どこかケガでもしてないか?」
言いながら九凪さんの腕を取って、無遠慮に怪我がないか診ている。九凪さんはちょっと押され気味に、
「だ、大丈夫です。ちょっと黒板に当てちゃっただけ。私も、ヨーヨーも無事だから……」
私はちょっとムッとしながら割り込む。
「ちょっと、先生。いきなり女子にそんな風に触るのはセクハラなんじゃないですか」
ずい、と私は二人の間に入り込んで、大垣先生を九凪さんから引き離す。
大垣先生は今更私に気がついたような顔で驚いた。
「お前、F組の浅葱か。こんなところで何してるんだ。部活も無いならとっとと帰りなさい」
「はい? いきなり何なんですか。私は九凪さんとお話をしていたんです」
ちょっとカチンと来たから、睨みつけて言い返した。なんだよ、突然来て偉そうに。
「ツバ……九凪と仲いいのか」
「いま仲良くなろうとしてたんですよ」
「なんだそれ、どういう意味だ。お前、まさかイジメてたんじゃないだろうな」
「はぁ!?」
「ちょ、ちょっと。やめて、二人とも……!」
一気に険悪になり始めた私と大垣先生の雰囲気に、慌てて九凪さんが割って入る。
「浅葱さんは本当に何もしていませんから。私がちょっとドジしちゃって、むしろ気遣って心配してくれたんです!」
あら、思わぬ格好で九凪さんに庇ってもらっちゃった? 大垣先生は疑うような目で私と九凪さんを見比べていたが、やがて腕を組んでこちらを見下ろす。
「どちらにせよ、お前は早く帰れ、浅葱。下校時間はとっくに過ぎてるぞ」
「あ、ちょっと引っ張んないでよ! 乱暴すんなって!」
強引に私の腕を引いて教室の外に出しながら、大垣先生は、九凪さんが手に持っているヨーヨーに気がついた。
「あ、ツバサお前、それメタルヨーヨーじゃないか! 学校ではプラスチックヨーヨーを使えって言ってるだろ!? しれっとバイメタルなんか持ち込みやがって!」
「あうぅ、ごめんなさい……」
「あ、九凪さんイジメんな!」
「いいからお前は帰れ!」
「うわぁ!」
私は放り投げられるように、廊下に出された。
「ちょっとお! 九凪さんはどうするんです! 放課後の教室に男性教師と女子生徒が一対一なんて、やばいんじゃ無いですかぁー!?」
手でメガホンを作って、あえて廊下中に響くように言ってやる。大垣先生は呆れたようにドアの間から顔を出して、
「分かったから。俺は九凪にちょっと用事があるから。お前は早く帰れ」
ピシャリとドアが閉じられる。
ちぇ、なんだよ。偉そうに。
教室の中からは、大垣先生が何か説教する声が聞こえている。
もうちょっと九凪さんのヨーヨー見てたかったのになぁ。
〈続く〉
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