第31話 二人の決起会
そうこうしている間に、時間は過ぎる。
ツバサとは実際のステージを想定した立ち位置の確認に入り、
よく言えば充実、そうじゃなければ修羅場の様な日々に忙殺される。あ、昼間の授業は半分くらい睡眠時間に消えました。先生たちごめんなさい。
そんなこんなで、文化祭本番はいよいよ明日に迫っていた。
私たちは放課後の練習を早めに切り上げ、マンションへツバサを連れて来ていた。
決起会と最終打ち合わせを兼ねて、たまには女子高生らしく普通にお喋りしたりして遊ぼうというわけだ。場所は、私の部屋。まあ実質、ただの女子会だけど。
「へえぇ、可愛い……」
部屋に入ったツバサが上げた第一の感想が、これ。
家具や小物をパステルにまとめた私の部屋は、それなりに小奇麗に飾っているつもりだけど、いざ人を上げるとなるとドキドキする。引っ越して来てからは、これが最初のお客様だし。
「ツバサは、画面越しに見たことあるでしょ」
なんだか、むず痒くてソワソワしちゃうね。
「そうだけど。でも、実際に見るのとは違うよ。なんか、意外だなあ。もっと、なんていうかシンプルな部屋を想像してた」
「そう? うーん、思ったより恥ずかしいなあ。いや、私も一応女の子だからさぁ」
「良いと思う。可愛いよ、すっごく」
ツバサに満面の笑みで部屋を褒められた。
「じゃあ、今度はツバサの部屋に連れて行ってね?」
「それはやだ」
「え?」
いやにきっぱり断るな。
「キズナちゃん、それこそ知ってるでしょ? カメラ越しに私の部屋を」
ツバサの部屋。カメラの画角から見えるのはごく一部だし、それも小さな画面だからよくは見えなかったけど、
「え、部屋中あんな感じでヨーヨーだらけなの?」
「ヨーヨーだらけってことは……ない」
「なんか間があったね、いま」
「ほら、いいから始めようよ! 今日は最後の打ち合わせするんでしょ!」
「個性があっていいとは思うけどなあ」
ツバサに急かされるまま、私はクッションをツバサに渡して、自分のお尻にも敷く。
プシッ、とお互いに買ってきたジュースのペットボトルを開けて、頭の高さに掲げた。
「では、明日の成功を願って!」
「かんぱーい!」
ここに来る道すがらに買ってきたのは、ジュースとたくさんのお菓子。あとそれからヨーヨーのメンテナンス用具。丁度、
ツバサは「これ、気になってたの! 安くなってるー!」ってテンション上げてベアリングを買ってたわ。女子会にドーナツとベアリングが並ぶこと、ある?
あ、よい子のみんなは、お菓子を食べながらメンテナンスはやめようね。食べカスとか入るし、塩も油も良くないからね。
「キズナちゃんって、お兄さんいるんだっけ」
お菓子の袋も開けて、いろんな雑談をする中で、ツバサが不意に訊いてきた。
「ん、いるよ。いま大学生で、シューカツに忙しそうなのが、ひとり」
「就職かあ。遠い話みたいだけど、私たちもすぐだよね」
「やめよーよ、そういうゲンナリする話は」
「ふふ、そうだね。お兄さん、呼んでるの? 文化祭に」
ツバサに訊かれて、「んー……」と返答が
「言ってみたけど、でも無理みたい。先に予定が入ってて、学校に来るのは間に合わなさそうだって」
「そうなんだ……」
ツバサが残念そうな表情をする。
「せっかくだから、見て欲しかったなあ。ユニット活動のときは、お兄さんも一緒にやってたんでしょう?」
「うん、まあね……」
本当いうと、見て貰いたかったのは私も同じだ。兄貴が見て、納得するようなステージが出来れば、何かを見返せるような、一歩進むような気がしていた。まあ、あの兄貴が素直に褒めるかは分からないけど。
「まあ、でもしょうがないでしょ、就活の方が大事だし。直前に言い出した私も悪いしね。それこそ、文化祭は来年もあるしさ」
「うん……」
今度は、ツバサが黙ってしまう。何か難しそうな表情をしている。
「そんなことよりさ、ほら、明日の最終確認するよ!」
「ああ、そうだったね。うん」
カバンから小さなホワイトボードとマグネットを取り出して、スマホを部屋のスピーカーに接続する。
「まず、最初の立ち位置がここ」
ホワイトボードにはステージの
「で、中央にこのヨーヨーを置いておいて、曲が始まります、と」
再生ボタンとともに、音楽が始まる。演技構成を伝えて、眞一郎さんに特注で作ってもらった八分間のトラックだ。
私が今回のステージに立てたテーマは「昔と今のヨーヨー」だ。最初、私が舞台袖から歩き出て行って、ステージの真ん中で拾うのは、昔ながらのプラスチックヨーヨー。〈バインド〉も、メタルヨーヨーも無い頃の、一世を
明楽店長や眞一郎さんに相談する前、最初に私が思い描いていたのは、とにかくツバサのハイスキルな技を前面に押し出して、その間の箸休めのように私が出てくるような演技構成だった。でも、それじゃあ、全然ダメなんだと理解した。ツバサの凄さを、ヨーヨーの面白さを分かってもらうには。
ツバサのヨーヨーを見せる。その感動を、魅力を見てくれた人たちに届ける。そのゴールは一緒だとしても、そのために八分間をどう使うかは、ちゃんと考えなくちゃいけない。
競技ヨーヨーのことを何も知らない人たちに、全力のツバサのヨーヨーを楽しんでもらう。
一瞬でもいい。ほんの少しの短い時間でも、誰かを別世界へと連れていきたい。それが、私の目標だ。
夏休みをまるまる、ジュニア大会への練習とともに注ぎ込んだステージだ。不安もあるけど、自信作でもある。だから、トライアルでの会長たちの反応は、すごく勇気づけられたね。
「楽しみだね」
目の前で、ツバサが笑ってる。
「うん」
「キズナちゃん、目が燃えてるもんね。こんなに熱血系だとは、最初は思わなかったよ」
「そう? 結構ストレートなタイプだと思うけど」
「見た目はクール系だもん。こんな可愛い部屋に住んでるとは知らなかったけど」
「部屋のことはいいじゃんか、もう」
そう何度も言われると、照れてくる。ツバサは楽しそうにはにかみながら、ちょっと語気を弱める。
「私は、でも、やっぱり緊張するな」
「明日のこと?」
「うん。いままでは大会に向けてばっかり練習してたからさ。明日、ヨーヨーを全く知らない人たちの前に出て、ヨーヨーを振るなんて。うまく出来るか不安だよ。おかしいよね、ちょっと前まで、パフォーマンスのヨーヨーなんて丸っきり軽く見てたくせにさ」
伏し目がちに、珍しくたくさん喋るツバサ。その指は落ち着きなくホワイトボードの上のマグネットをいじる。
さぞかし不安なんだろう。うまくやれるか、練習通りに出しきれるか。ツバサのその様子を見て、私は唇を緩める。
「大丈夫。ツバサは最強だもん、全部うまくいくよ」
秋になり長袖に衣替えしたブラウスの上から、ツバサの腕を掴む。ツバサの目が上向く。私はうなずく。力強く。絶対の自信を込めて。
不安になるっていうのは、努力をしたからだ。
失敗したくないのは、本気で向き合っているからだ。
ツバサが、プレッシャーになるくらいにステージパフォーマンスのことを考えてくれていることが、私にとってはこの上なく嬉しかった。
全国大会のステージを見ていて、ツバサの演技に足りなかったもの。それは、見られる意識だと思った。見られる意識。そして、
今のツバサの揺れる瞳には、覚悟がある。だけど、まだ自分を信じきれていない。これまでパフォーマンスに向き合ってこなかったからだ。競技大会以外の、ステージの上での経験が無いからだ。
なら、私が信じさせてあげるしかない。完璧に、一つの隙間もなく。
〈続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます