第7話 赤いメガネの明楽店長

 会場は県立図書館の向かいにある市の施設で、どちらかといえば講演会とかに使われてそうな建物。まあ、マイナースポーツの屋内競技だったらこれでも結構立派な方なんじゃないの?知らんけど。


「……なんか、道に詳しいね浅葱さん。電車とかも迷いが無かったけど」


 九凪さんが怪訝そうに訊ねてくる。


「ああ、私、元々はこの辺に住んでたんだよ。あの図書館も来たことあるし。今住んでるところには今年の春に引っ越してきたばかりでさ、むしろこっちの方が地元なんだ」


「ふーん。それこそ、聞いたこと無かった」


「あはは、ごめんごめん、別にそういう話にもならなかったしさ、たまたまだよ」


 駅から会場まで歩いているうちに、九凪さんの緊張も少しはほぐれてきたみたいだ。口数も増えて、いつのまにか震えも無くなっている。


 会場はすでに開いていて、係員が入り口に立っている。本当は、選手だけならもっと早く入れたんだけど、九凪さんは私と一緒に来るために時間をずらしてくれたらしい。


「はーい、こちらでチケットの確認を……お、九凪ちゃんだ」


 ラバーバンドを配っている受付の人が、九凪さんの顔を見て手を振る。知り合いみたいで、九凪さんも、ぺこ、と会釈している。


「キミは選手だから、こっちの色ね。そうかあ、今年から全国にも出場するんだね」


「はい。初出場です。緊張で死にそうです」


「ははは。まあ、悔い無いよう頑張りな。そっちは、お友達?」


「あ、はい。えっと……」


 お兄さんがこっちを向き、私が自己紹介しようとしたとき、


「ツバサにお友達ぃ〜〜!?」


 突然の大声が響いた。

 エプロンを着けた長身ロングヘアの女の人が、フロアの反対側から大股で、ずんずんとこちらに向けて近づいてきた。


「あ、明楽さん。九凪ちゃん来てますよ」


「うわ、明楽店長」


受付のお兄さんは笑顔で話しかけ、九凪さんは鬱陶しそうな顔をしている。


「友達って本当なの? だれ、どこの誰? 紹介しなさいよ、ああもう、言ってくれれば菓子折りのひとつでも持って来たのに」


「やめてください……こちら、友達の浅葱キズナさん」


「は、はじめまして」


 その人の勢いに気圧されしながら、挨拶をする。なんかクセ強そうな人だな。


 明楽店長と呼ばれたその女の人が、じろじろと私を上から下まで眺める。オシャレな赤いセルフレームのメガネがキラリと光って、審査員のように私を見定める。


「ほう……」


「そんなじろじろ見ないであげてって。それに、店長には事前に言ってたでしょ。チケットひとつ確保しておいてほしいってお願いしたじゃん」


 九凪さんが間に入って押し止めると、ポン、と手を打って納得した表情に変わる。


「ああ、あなたが例の。ツバサがきっかけで最近ヨーヨーを初めたっていう」


「ええと、はい。多分私がそれです」


「あらあらあらあらぁ」


 半端な言い方で会釈する私と呆れ顔の九凪さんを、さっきとは違ってニヤニヤと興味津々な様子で見比べて、明楽店長さんはニコっと笑った。


「はじめまして、浅葱キズナちゃん。私、ヨーヨーショップ『スロウ・ダウン』の店長をやってる明楽真琴といいます。ツバサと仲良くしてくれてありがとう」


「あ、いえ、こちらこそ。私、何も知らないので、九凪さんにはヨーヨーのこと色々と教えてもらっています」


「おお、ツバサが教える立場に、ねえ」


「あー、もういいから。お母さんじゃないんだから、やめてよそういうの」


「なによう、私だって家族みたいなもんじゃない」


「ほら、店長はお店の準備でしょ。あっち行って。浅葱さんも早く受付済ませちゃいなよ」


 私と明楽店長の間に入っていた九凪さんが、今度はその両方の背中を反対側にそれぞれ押す。


「あん、もう。つれないわねえ。あ、呼ばれてる。行かなきゃ」


 フロアの一角にある、物販コーナーと張り紙がしてある方から呼ぶ声がして、明楽店長は小走りでそっちへ戻っていった。


「じゃあねえ、ツバサ。キズナちゃんも、また後ほど〜」


 あっという間に明楽店長がいなくなった受付の前は、急に静かに感じる。


「なんか、台風みたいな人だね」


「はあ、もういいから、あの人のことは」


 九凪さんは、ため息を吐いてゲンナリ顔。


「えっと、浅葱キズナさんだったっけ? 観覧の人はこっちの色ね」


 改めて、受付のお兄さんからラバーのリストバンドを手渡される。これが入場券代わりで、再入場のときとかにも見せるらしい。なんか音楽フェスみたいだね。こういうの、無条件にワクワクするから好き。


 お兄さんは笑顔のまま、明楽店長が去っていった方を見やって、こそっと話し掛けてきた。


「明楽さんは、まあちょっとテンションが上がると騒がしいところもあるけど、ヨーヨー専門店の店長さんだから、お世話になる機会も多いと思うよ。とくに九凪ちゃんと一緒にいるならね」


「あの二人、親戚か何かなんですか?」


「いや、そういう関係では無かったと思うけど……」


 私とお兄さんがこそこそ喋っていると、エレベーターの前で、焦れたように九凪さんが、


「浅葱さーん? 受付け終わったんならはやくー!」


と呼んでいたので、私は慌ててそっちに付いていった。


〈続く〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る