第二部 全国大会

第6話 大会の朝、ぷるぷるツバサ

「え、全国大会!?」


 それは、私が九凪さんの練習場所に居着くようになって、一週間ほど経った頃のこと。

 九凪さんから飛び出た意外な言葉に私は驚いて、思わず大きな声を出していた。


「し、しーっ! 声が大きいって!」


 教室内には他に人もいないのに、慌てる九凪さん。そんなにキョロキョロしなくても、誰も聞いてないってば。


 放課後の練習は、基本的に空き教室で行われていた。最初に九凪さんと出会ったこの教室に、私たちはこうして度々集まってヨーヨーを振っている(ヨーヨーをやる人は、ヨーヨーを投げることを、よく「振る」って言うんだそうだ)。そうして、何か用事で早く学校を出ないと行けないときだけ、例の公園のベンチで練習しているらしい。


「九凪さん、全国に出るの!? それっていつ? すごいじゃん! え、応援行っていい? っていうかチケットってまだ買える?」


「わ、わわ、質問が多い……」


 前のめりな私の勢いを押し返すように、両手を上げて、どう、どう、とジェスチャーをする九凪さん。


「落ち着いて、浅葱さん。私、言ってなかったっけ」


「大会に出るとは聞いてたけどさ、全国だなんて聞いてないよ」


「そっか、ごめんごめん……」


「水臭いよ〜、まったく」


 まだ初めて喋ってから一週間だけどさ。

 それでも、出会ってからこっち、一緒にいる時間は結構長いと思う。毎日こうして放課後は一緒に練習してるし、分からないところとかあったら直接レクチャーもしてもらったり、ヨーヨーを通して色々とコミュニケーションは取ってるんじゃないだろうか。


 そんな中で、九凪さんがイヤホンで音楽を聴きながら同じコンボを何度も反復してるから、何をしているのか聞いてみたら、「全国大会に向けての練習」だそうで。それで思わず大きな声が出てしまったというわけ。

 てっきり、リラックスか集中のために音楽を聞いてるのかと思っていたんだけど、競技ヨーヨーの世界では、音楽に合わせて自由に構成したトリックの組み合わせを披露する『フリースタイル競技』で得点を競うのが定番なのだという。


「うーん、フィギュアスケートみたいなもの?」


 私は音楽に合わせてヨーヨーをプレイする人を思い浮かべながら、首を傾ける。


「それに近いかな。トリックの種類とか、技術点、構成点みたいな色んな角度から点数が付けられて、ミスすると減点したり」


 なるほど、なんとなくイメージは掴めるかも。


「で、チケットはあるんだよね?」


「あ、うん。その、浅葱さんのこと話したら、融通してくれるって」


「融通って……誰が?」


「えっと、運営とかしてる人と知り合いなんだ、私。だから、チケット代とかも、気にしなくていいよ」


「自腹切ります」


「え」


「当たり前です。九凪さんの勇姿を見るためなら、わたくし、正当な代価を払わせて頂く所存」


「なんかキャラ違ってない……?」


「言っとくけど、もう九凪さんのファンだから、私。思いっきりハチマキとかノボリとか作っていく勢いよ」


「やめて」


「応援歌とかコールも知り合いに頼んで急いで作ってもらう」


「是非やめて。確実に注意されるから」


「……まあ冗談はほどほどにして、とにかく絶対に私も行くし、チケット代は払うから。時間教えてね。駅で集合ね」


「うん……」


 なんか疑わしそうな目で九凪さんが見てくるけど、大丈夫だって、自重するからさ。多分。


* * * *


 そんなことがあって、私は無事に全国大会の観覧チケットを手に入れた。


 そして、今日はいよいよ大会当日。会場に九凪さんと一緒に行くために、朝から駅で待ち合わせというわけ。金曜日だけど、学校の創立記念日がちょうど重なってて良かった。


 駐輪場に白のクロスバイクを停めて、改札の方へ向かう。柱の傍に、見慣れた小さな人影を見つけた。離れていても、緊張でソワソワしているのが見て取れる。くすり、と思わず笑ってしまう。


「おーい、九凪さん、おはよーう」


 声を掛けるとこちらに気づき、ぴょこん、と反応した。今日も絶賛、小動物っぽい仕草が可愛いよ、九凪さん。


「お、おはよう、浅葱さん」


「早いね。私が時間間違えたかと思ったよ」


 約束していた集合時間までは、まだ十分以上ある。私も余裕をもって来たつもりだったけど、九凪さんはもっと早くから駅にいたみたいだ。

 喋りながら改札を通る。今朝は、いつも通学で使う私鉄ではなく、東京を超えて神奈川の方へ行くためにJRの路線だ。


「緊張してるね、九凪さん」


「うん……ぷるぷる、ぷるぷる」


 ホームに並んで立ってみると、九凪さんの体は小刻みに震えている。顔面も蒼白で、話しかけてもあまり返事が返ってこない。


「まーまー、今からそんなに緊張してたらもたないよ? リラックス、リラックス。あまり気負わずにさ」


「……うん、ありがとう……ぷるぷる、ぷるぷる」


 肩を揉んでみても、肘でつっついてみても、まったく緊張はほぐれる兆しをみせず、ずっと九凪さんは震えていた。


 だめだこりゃ。私は内心、肩をすくめる。こうなると、下手に刺激するよりも、放っておいた方がかえっていいかもしれない。


「しかし、初めての全国大会だからって、こうも緊張するもんかね」


「……ぷるぷる、ぷるぷる」


 やれやれ。思わず隣で苦笑いしちゃうよ。


 とにかく、会場まではしっかり私が連れて行こう。

 そう、ヨーヨーの全国大会が行われる、横浜の地へと私たちは向かっていた。


〈続き〉

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