第12話 来年は、

「それでは、本日の予選の結果発表に移りたいと思います」


 一日かけて5部門の予選会を全て終えた会場は、雑然としたざわめきに包まれていた。


 私たちは、ずっと観覧席にいて、1A部門から5A部門まで、全選手の演技を見ていた。

 九凪さんも、休憩を挟んでからは元気を取り戻し、明楽店長と二人で、私の右から左から様々な解説を入れてくれた。おかげで、九凪さん以外のヨーヨーを見るのは今日が初めてだというのに、大体どの部門にも面白さがあるのが分かってきた気がする。いろいろな部門のいろいろな選手を見て、思ったよりもずっと広いヨーヨーの世界を知ることができた。


 期待していたよりもずっとワクワク出来たし、面白かった。なにより、ステージの上、という場所が、私にはずっと眩しく見えていた。なんだろう、未練っていうのかな。私、まだあの場所に立ちたいのかもしれない。


 今日一日で本当に沢山の選手を見たけど、やっぱり目立っていたのは小早川サラさんの気がする。ああいう、異質な観客の反応は、他の選手では起こらなかった。自分の世界観に会場を巻き込んでいた。


「結果発表は1A部門から行います」


 司会の声がそう言うと、会場のあちこちから、おお、と野次が上がる。きっと、出場していた選手たちが客席や選手席のそこら中にいるんだ。何人かのグループで固まっている選手たちも多いから、仲間内で1Aに出場していた人がいると、囃し立てるのだろう。


「結果は、ジャッジによる採点を基準に、予選突破した選手を下位から読み上げていきます」


 そして、選手の名前と得点とが、順番に読み上げられていく。そのたびに、会場のどこかから歓声と「よっしゃあ!」みたいな喜びの声が上がっていった。九凪さんは固く両手を組んで、じっとステージ上の司会者を見つめている。私も内心祈るような気持ちで、それでも、ただ発表される名前と点数を聞いているしかなかった。


 途中、「小早川サラ」の名前が上位で読み上げられ、会場中から大きなどよめきと歓声、そして称える拍手が湧き起こっていた。小早川さんは立ち上がってそれに応え、優雅に周囲に向けてお辞儀を返していた。私と九凪さんは、それを黙って見ているしかなかった。


 九凪さんの名前は、呼ばれることはなかった。


 九凪さんの全国大会は、ここで終わってしまった。


* * * *


 帰り道、私たちの口数は少なかった。


 揺れる電車と、夕陽に照らされる街の景色。吊り革に掴まって並ぶ二人は、無言のままじっと正面を見つめていた。


 車内アナウンスが流れる。私たちの降りる駅だ。


「九凪さん、ほら降りるよ」


 未だ心ここにあらず、の九凪さんを促して、電車を降りた。

 カラスが鳴いている。近くの信号機の音。夕方の駅前を歩く人はまばらだ。ついさっきまで感じていた全国大会の熱気が、嘘みたいだった。


「今日は、ありがとう、浅葱さん」


 駐輪場へ向かう道すがら、九凪さんがようやく口を開いた。


「なんか、不甲斐ない結果でごめんね。せっかく横浜まで一緒に行ってくれたのに」


 九凪さんは、笑っていた。無理してる。本当は悔しくて悔しくて仕方ないはずなのに。


「でも、初めての浅葱さんはいろいろ見られて面白かったんじゃないかな。それで、その、これからもヨーヨー、続けてくれたら嬉しいなって……」


「九凪さん」


 私はたまらず立ち止まり、九凪さんに向き直った。正面に立っている、今にも泣き出してしまいそうな笑顔の友達の手を握る。


「私……私も、大会に出るよ」


「え?」


「私、本気でヨーヨーやる。次に九凪さんが出る大会には、私も出る。決めた。一緒に練習して、お互いに優勝をめざそう」


 真っすぐに九凪さんの目を見て、そう告げた。今日、たくさんの選手の、ステージ上での演技を見ながらずっと考えていたことだ。


 私、やっぱりあの場所に立ってみたい。まばゆい照明の下、会場中の期待の視線と熱が集中する、あの場所に。


「浅葱、さん……」


 驚きの表情だった九凪さんの顔が、だんだん崩れてくしゃくしゃになっていく。


「あさぎさーん! うわぁぁ、ありがどう~~!!」


 大声を上げて泣きながら、飛び込むようにして抱き着いてきた。今度はうろたえることなく、しっかりとその小柄な体を抱きとめる。


「これからも、いっぱい教えてね、ツバサ」


「ゔんっ! わだしも、がんばるっ!!」


 通りがかる人たちの、何ごとかという視線を受けながら、たっぷり十五分はそのまま泣き続ける彼女を胸に抱き続けた。ようやく宥めたころには、もう街並みの向こうに夕陽が沈みかけていた。


〈続く〉

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