第22話 湖畔到着
着いたのは、本当に湖の直ぐ側にある広場だった。
駐車場にスポーツカーを停め、二時間半ぶりに大地を踏みしめる。サラさんが後部座席のツバサを起こし、眠い目を擦ったツバサが車外に出てきた。ちょっと声を掛けてみる。
「おはよう、よく寝てたね」
「うん……」
「トイレ大丈夫? 酔ってたりしない?」
「うん、大丈夫、寝てたから……」
やった。寝ぼけてケンカ状態なのを忘れてる。私の言葉に素直に頷くツバサなんて、どれくらいぶりだろう。
「ほら、湖だよ! すごいねえ!」
「私は毎年見慣れてるから……」
「そっか! それにしても富士山はでっかいねえ!」
「眠い……」
なんだか噛み合ってない気もするけど、邪険にされないだけでも全然マシです! ああ、眠くてムニャムニャしてるツバサも可愛いなあ! 時々目を閉じてゆらゆら揺れてるよ!
「お、来たわね〜」
湖と反対側から、ハキハキとした声。
いつもの赤いメガネに、髪を今日は後ろに縛っている明良店長は、軍手まで嵌めて、すっかり肉体労働モードだ。
「さ、若い君等にはガンガン働いてもらうわよ〜」
「おう、働け働けー」
背後から野次を飛ばす高倉選手。サラさんが横からその足を蹴る。
「なんで明良さんが軍手してて、あんたが素手なのよ。働きなさいよ、男手でしょうが」
「いやいや、俺、今日はパフォーマーよ? ゲスト様なのよ? ステージにコンディションを合わせるためには、力仕事なんてもってのほか……いてっ、蹴らないで、いたいっ」
「いいから、あんたも働きなさい!」
高倉選手の首根っこをつかんで、引きずるようにサラさんが連れて行く。
私も、振り返ってツバサに向けて手を伸ばした。
「私達も行こっか、ツバサ」
「…………」
無言で、ふい、と顔を背けると、そのまま一人で歩きだしてしまう。ああ、もう機嫌悪いのが復活してる。ボーナスタイムは終わりか……
明良店長に肩を叩いて慰められながら、とぼとぼとその後を歩いていくのだった。
* * * *
そこから、明日のイベント開始に向けた出張店舗のブース準備の手伝いが始まった。
作業はすでに始まっていて、後から来た私とツバサ、サラさんの三人は明楽店長に一通りの説明と指示を言い渡される。
駐車場のバンに積まれた荷物を会場まで運んだり、長机や椅子を所定の場所に取りに行ったり、テントやのぼりを立ててブースを飾り立てたり、商品をディスプレイしたり会計の機材を出したり、とにかくやることはいくらでもあった。
私はその作業の間、常にどうにかしてツバサのご機嫌を取ろうと
荷物が重そうだったら駆け寄って「手伝おうか?」と手を貸そうとしてみたり。
(「私は一人で大丈夫だから」「あっちを助けに行けば?」とすげなく返され、風でテントごと飛ばされそうになってるサラさんの方を慌てて助けに行った)
明良店長が皆の分も用意していた飲み物を、ツバサの分も取って、持って行ってあげたり。
(「私、自分の分は家から持ってきたボトルがあるから」「自分の分以上に取ったら迷惑だよ?」と冷たくいなされた。飲み物は高倉選手が欲しそうにしてたけど、ちゃんと保冷ボックスに返した)
ブースの近くのミニステージを組むのも私達の担当だったから、かつて
(「すごいね、音響さんにでも将来なったら?」の一言で切り捨てられた。サラさんに可哀想なものを見る目で慰められた)
その後もあれやこれやと手を尽くしてみたんだけど、ツバサに響いている気が全っ然しない。
ココロ、折れそう。
「なんだか、大変そうね」
商品の入ったバッグを降ろしたサラさんが、苦笑いしながら話しかけてくれる。
「全然機嫌を直してくれないんです、ずびずび……」
「泣かないの。ほら鼻かんで」
「ありがとうございます……」
サラさんの出してくれたティッシュで、チーン、と思い切りやる。ああ、くそう。
「でも、まったく響いてないわけじゃないと思うわよ?」
「そうかなあ……」
「少なくとも無視はされてないんだから。もっと前向きなさいな」
返事を返してくれているうちはまだ大丈夫って、ハードル低くない? 確かに学校ではこれ以下の反応だったけどさあ。
「あ、そういえば私もブースで買い物していいですか?」
「ブースって、ウチの?」
準備中の『スロウ・ダウン出張店舗』から明楽店長が顔を覗かせる。
「何がご
「はい。ちょうど替えのストリングを切らしそうなので、補充したくて」
そう答えると、驚き顔の明楽店長。
「ストリングが、って……
「ああ、最近練習量増やしてて……ジュニア大会と文化祭のステージ両方頑張らないといけないですし」
「そんなに練習してるの?」
サラさんも目を開いて驚いている。
「2Aだから両手分あるとはいえ、すごい消費量ね」
「やっぱり新品のストリングの方が練習効率が良いので、ついホイホイ換えちゃうんですよね」
なんか恥ずかしくなって、苦笑いしてしまう。
「それだけじゃないでしょう。よく見たら右手も左手も中指が真っ赤じゃない」
「まあ……本気を示すなら、とにかく行動からって思って」
本気であの子を振り向かせたいから。どうしても、認めてもらいたいんだ。
「これで空回りだったら、とんだ間抜けですけどね」
頭を掻きながら言うと、サラさんは呆気に取られていた表情から、ぷっ、と小さく噴き出した。
「それだけ頑張ってるのなら、きっと伝わるわよ。ま、健闘を祈るわ。何か手伝えたら言ってね」
「ありがとうございます……」
「おおう、女子二人でくっちゃべってねえで、はたらけー」
荷物を持った高倉さんが、段ボールの脇から顔を出してこっちに文句を言っている。その声を聴いた途端、サラさんが笑顔から一転して不機嫌顔になった。
「うっさい、ボケメガネザル。あんたは関係ないからあっち行ってなさい」
「いってえ! あっぶね、おい、荷物落ちるところだったじぇねえか!」
近寄って絡みに来た高倉さんを足蹴にしたサラさんは、そのまま駐車場の方へと向かっていってしまった。
〈続く〉
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