第24話 昨晩はお楽しみでした
翌日の朝。
「おっ、きたきた。おはよう、二人とも」
ホテルのロビーにツバサと一緒に降りると、サラさんが既に待っていた。
「あれ、なんか雰囲気違うじゃない」
私達の並びを見るや、意外そうな表情になる。
「仲直りしたんだ?」
「ええ、まあ」
「仕方ないから、私が折れてあげたんです」
そう言って減らず口を叩くツバサ。しかし、もう黙って言われるだけの私じゃない。その口ぶりが照れ隠しなのは分かっているぞ。
「あら〜? そうだったかしら〜、昨日、大浴場で一緒に湯船につかりながら、恥ずかしそ〜に『私だって、ずっと、寂しかったんだから……!』って言ってくれたのは誰だったのかな〜?」
「……っ!! ちょっと! そういうのは! 言わない約束でしょ!!」
顔を真っ赤にしながら、カバンを振り回して殴りかかってくるツバサから逃げ回る。ははは、捕まえてごら〜ん。今日の私は羽のように身軽だぞ、っと。
サラさんが苦笑いで、引率の先生よろしく手を挙げている。私達を正面玄関の方へ呼んでいた。
「ほら、はしゃぎ回ってないで、行くわよ」
* * * *
ブースには、既に
とはいえ、午前中の早い時間には会場にそもそもお客さんが少ないし、立ち並ぶアウトドア系のブースの中で異色のヨーヨーショップにまで立ち寄る人はあまりいない。案の定、まだ手伝いが必要な状態ではなかった。
「お客さん増えてきたら呼ぶから、二人でその辺を回ってきなさいな」
明良店長がそう言ってくれるのに従って、私達は会場内を散策することにする。
「アウトドアのグッズていうのも、色々あるんだね」
「毎年手伝いでここに来てるけど、年々いろんな出店が増えてるよ。見て、マッサージ機のメーカーまで出てる」
「キャンプ場でマッサージ機……まあ、気持ちいいんだろうけど」
「あっちの広場にはテントの展示品が張られてるし、スポーツブランドがウェアやシューズを売ってたりもするよ」
「テントかぁ、あとでちょっと見てみたいな。一緒に入ろうよ」
「ええ? まあ、いいけど。あそこから向こうが、お隣のフェス会場ね。食べ物の屋台はあっちに行けば沢山あるから」
「いいね~。せっかくだし、フェス飯いっぱい食べちゃお~っと」
「もう、太っても知らないよ?」
「あ、要らないの? もしかして」
「……食べるに決まってるじゃん」
「ははは、ツバサも一緒に太ろうよ」
「食べた分、たくさんヨーヨーの練習をしてもらうからね」
どう? この仲睦まじい会話の間、ず~っと手を繋いで、その繋いだ手をぶらぶらしながら歩いてます。ちょー楽しい。マジで昨日までの憂鬱が嘘だったみたい。っていうか、なんなら私よりもツバサの方がテンション上がってない?
その後も、二人でキャンプ用品を眺めたり、いろんな形のテントの中に入ってみたり、また湖を見ながら屋台のフェス飯を食べたり、このイベント会場を楽しみ尽くした。
お昼過ぎになった頃、ツバサのスマホが震えた。明楽店長からだ。
『もうすぐ高倉くんのショーがあるから、こっち来といて。多分、忙しくなるから』
そう言われて、招集に従ってお店のブースに二人で戻ってくると、なにか騒がしい。
「だーから、こーいうのは初っ端から〈フック4.0〉とかでドドーンと景気よく初めてだな。それからホリゾンタルで一気に引っ張っていって……」
「最初からそんな複雑なことやっても、お客さんついてこれるわけないでしょ! 大人しくもっと簡単なピクチャートリックから入って……」
高倉選手とサラさんがバチバチに口論していた。明良店長に尋ねてみる。
「……あれ、何です?」
「おお、お二人さんお帰り。あれはね、いわゆる
「あの二人、ヨーヨーのことになるといっつもあの調子だよね」
ツバサも呆れ顔だ。
つまり、この後始まる、ステージでのヨーヨーパフォーマンスの内容について、二人で口論しているらしい。最初は小さな意見の食い違いから、それを話し合っているうちに、あそこまで激しくなってしまったとのことで。
サラさんと高倉選手は互いに自分のヨーヨーを取り出して、ああでもない、こうでもないと
通路の脇でやってるから、通りかかる人が何事かと思って見て立ち止まり、二人のトリックの見せ合いに数人のギャラリーが出来始めている。
「止めなくて良いんですか?」
「ああ、いいの。ああやってやらせておいた方が、結果的にいいステージになるから」
明良店長は、あっけらかんとしている。あの二人の扱いにも慣れっこの様子だ。
「それに、ああやって実演の客引きをやってくれてるから、客も増えていくのよね~」
メガネを光らせ、口の端を吊り上げて笑う明楽店長。出てるって、
あの二人に慣れているのはツバサも同様で、
「キズナちゃん、こっち来て在庫確認手伝って!」
と、もうブースの内側で作業を始めている。
手際よく作業するツバサの横に座って手伝う。リストを見ながら、次々とヨーヨーのパッケージを手渡す。
「今のうちに準備しておいて、出来たら高倉さんのステージも観に行くよ」
「え、お店空けていいの?」
「だから、そのために今こうして急いで準備してるの」
在庫のチェックが片付いたら、釣り銭の補充、宅配用の書類の整理などをテキパキとこなしていく。
「高倉さんは、選手としてもだけど、パフォーマーとしても一流だから。間近で見たら、きっと文化祭のステージのための勉強になると思う」
「ツバサ……」
私は驚いていた。ツバサが、いきなりこうも協力的になるなんて。
「やるなら、とことんベストを尽くすんでしょ? なら、持って帰れるものは何でも持って帰らなきゃ」
ツバサが、はにかみながらウィンクを返してくれる。
がぜん、やる気が出てきた。よーし、何か一つでも高倉選手から盗んでやる! そのためにも、今はツバサの手伝いに集中しよう。
〈続く〉
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