第15話 マイ・ヨーヨー

「やっぱりベアリング綺麗にすると音が気持ちいいね」


 メンテナンスしたヨーヨーを早速振り始めるツバサ。楽しそうに軽快なコンボを決めて、バチッ、と〈バインド〉でキャッチ。見ていても、いつも以上に小気味いい動きをしているのが分かる。


「日頃からちゃんとメンテしてたら、それが普通なのよ」


「いてっ」


 明楽店長からツッコミのチョップを食らうツバサ。この二人、本当にイトコの姉妹みたいで、見ていてなんだか微笑ましい。


「そうだ、別に無理強いすることはしないけど、せっかくだし浅葱ちゃんも自分のヨーヨーを買っていったら? 今のそれはツバサが貸してるんでしょ?」


「私は返さないでいいって言ってるけどね」


 ツバサからあの日に渡された、ピンクのプラスチックヨーヨーを改めて見下ろす。もう見慣れたヨーヨーで、手にも馴染んでいるけど、やっぱりどこか『ツバサの子』だと思っているところはあった。確かに、持ってみたいかも、自分のヨーヨー。


「ここは品揃え抜群よ? 浅葱ちゃん、予算はある?」


 私はそう聞かれ、カバンの中に入っている、兄貴から今朝受け取ったギャラのことが思い浮かんだ。薄い封筒のずっしりとした重みを。


「えっと、結構大丈夫だと思います」


「そう? なら、フルメタルヨーヨーから選ぶといいと思うわ」


 そう言って、棚を移動する明楽店長についていく。

 示された棚には、『モノメタルヨーヨー』と見出しがついている。


「最初に持つならこの辺りね。ツバサが使ってるのは『バイメタルヨーヨー』って言って、もうちょっとお高くて、性能もいいやつ。競技に出るならそのうち手に入れたいわね」


 競技、と言われて、ドキ、と胸が脈打つ。この間、ツバサに向けてした宣言。忘れてなんかいない。


「店長、キズナちゃんは大会に出るんだよ。ね?」


「うん。私、ツバサと一緒に大会に出たいんです。もちろん、競い合う同士ですけど」


 私とツバサが力強くうなずき合うのを見て、明楽店長は驚いたように目を大きくした。


「あらそうなの。随分と気合が入ってるわね」


「でも、キズナちゃんは2Aが良いかも。店長聞いて? 二日練習しただけで、〈インサイド・ループ〉を左右それぞれで十回以上も回せるんだよ」


 2Aっていうのは、確か、両手につけたルーピングヨーヨーを、クルクルと円を描いて投げ続けるルーピング・トリックのスタイルだ。ツバサが主戦場とする1Aとは全く違うヨーヨーを使った、全く違うスタイル。


「それは確かにすごいわね。ルーピングっていうのは感覚が大事だからね。センスがものを言うところがあるのよ。まあ、そのセンスがないと、ツバサみたいに何年たっても……ねえ?」


「うるさいよ」


 ニヤっ、と明楽店長に笑いかけられ、じろりと睨み返すツバサ。ツバサはルーピングが苦手……らしい。私からしたらそれでも十分上手いけど。


「そう言うことだったら、予算が許すなら、これも買っていきなさい。ツバサが渡したのも合わせて両手で練習出来るようになるから」


 明良店長にそう言って手渡されたのは、オレンジ色のルーピングヨーヨーだった。ツバサのと同じ機種。


「色は自分で選んだ方が良いんじゃない?」


 ツバサが口を挟んだけど、


「ううん、これが良いや」


 私は、レモンイエローとオレンジを並べてみて、うなずいた。大会で見た選手たちの鮮やかなルーピング・トリックの演技が脳裏によみがえって、ワクワクしている自分を感じる。


「じゃあ、目標は秋のジュニア大会ね」


 明良店長が腕を組んでそう口にする。


「ツバサも、そうでしょ。次に出る大会は」


「うん、そう」


 ツバサは不敵な笑みを浮かべてこぶしを突き出す。


「ジュニアは、全国大会と違ってスタイル別に部門が別れてないからね。キズナちゃんともライバルだよ」


「いきなり同じ土俵に立てるとも思えないけどね」


 こぶしをぶつけながら、苦笑いの私と、嬉しそうに不敵な笑みのツバサ。


「それじゃあ、ルーピング用のストリングとメンテナンス用品もセットにしとくわね。まけとくわよ〜。メタルのヨーヨーはどれにする?」


「店長……」


 商人の目に早変わる明良店長に呆れた目線を送るツバサ。

 私は、ツバサと明楽店長のおすすめを聞きながら、明るい青色のメタルヨーヨーを一つ選び、店長へ手渡した。


「まいどありぃ♪」


 今朝兄貴から受け取った茶色い封筒からお札を取り出して、店長に渡した。


* * * *


「ジュニア大会、かあ」


 家に帰って、買ったばかりのヨーヨーのパッケージを開きながら、一人呟く。


 ツバサから借りた、既にいくらかの傷や使用感のある黄色いルーピングヨーヨーと、その隣でピカピカに光っているオレンジのルーピングヨーヨー。手に取って見れば、ツルツルした表面に部屋の蛍光灯が映っている。


 何かが、始まる気がする。


 言いようのない胸の高鳴りを、体の内側で感じていた。


〈続く〉

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