第29話 浅葱キズナの憂鬱

「それでは、改めて結果を発表させていただきます。文化祭のステージ残りひと枠を手に入れたのは、ヨーヨーパフォーマンスの『HOP‘n WHEEL』のお二人となりました」


 各務かがみさんがそう宣言し、審査員席が拍手をする。背後の、他の参加者たちからもパラパラと手を叩く音が聞こえてきた。それらが収まるのを待って、


「これにてトライアルを閉会させていただきます。『HOP‘n WHEEL』のお二人は、お話がありますので残ってください。では解散」


 各務副会長がそう告げたのを合図に、多目的室に集まった一同はそれぞれ帰宅の支度を始めたのだった。


 私はまだ半ば呆然としていた。ツバサを見ると、大塚会長と握手した右手を不思議な表情で見つめていた彼女は、私の顔を見ても、そのまま突っ立ったままだった。私が駆け寄って、がっしと腕を掴んで、「やったよツバサ! 私たち、ステージに出れる!」と揺すると、ようやくじわじわと我に返って、その顔が、驚きを経て、くしゃくしゃの笑顔に変わっていった。


「キズナぢゃぁん、やっだよ~!」


 まるで本番を終えたかのような勢いで泣きじゃくりながら、ツバサが私の胸に飛び込んで抱き着いてきた。


「ホラホラ、泣かないの。勝ち取ったんだから、正々堂々胸張ってビシッとしなさいな」


「だってぇ~~」


 その私たちの様子を見ながら、各務さんは困ったように笑いつつ、「おめでとうございます、お二人とも」と言ってくれた。大垣先生も親指を立てて満面の笑みを送ってくれている。


 これだ。これこそが、私達の第一歩になるんだ。


 ふつふつとお腹の底から大きな喜びが湧き上がってきた。私たちは勝った。ツバサの背で握った手に力を籠め、ガッツポーズを作る。


 確かな手応えと勝ち取った結果を手に、私たちは喜びに震えていた。


* * * *


「はぁ~、だるぅ」


 休み時間、廊下の窓から風を受けながら、不平を漏らす。隣には、やれやれといった表情のツバサ。


「お疲れさまみたいだね」


「生徒会との連絡事項、多すぎ……もうほんと、ツバサの言う通り、文化祭なんて出るの止めとけば良かったわ」


「調子に乗って音響スタッフまで引き受けるからでしょう。それはキズナちゃんの自業自得」


「そうなんだけどさぁ……」


 ため息を吐きながら、過去の自分を呪うしかない。


 トライアルの後、詳細な打ち合わせを生徒会や文化祭の運営スタッフと打ち合わせをする中で、ステージの設営の話が大変だ、という話になってさ。

 音響やら照明やら、普段扱わない機材ばかりで、使い方を覚えるのも大変だし、素人たちで舞台の調整をするのが大変だという話を、まあ雑談の中で各務さんがしてたんだ。


 そのときに、軽い気持ちで手伝うなんて言ってしまったから……まあ、今更あとの祭りだし、引き受けてしまったものは責任をもってやり遂げるつもりだけど。


 私の経歴と、アドバイスする程度なら手伝ってもいいよ、という言葉を聞いた各務さんの目の色の変え様といったら。


 言質を取ったとばかりにあれやこれやと相談を持ちかけられ、気付いたら半ば舞台監督みたいな立場にまで深入りさせられていた。人を使うのに慣れてる人って恐いね。


「いや、それでも、自分たちが上がるステージだしさ。出来るだけクオリティを上げられるなら、最善は尽くしておきたいじゃん」


「その気持ちは分かるけど……」


 ツバサは私の顔をのぞき込むと、目を細める。指で自分自身の下まぶたの縁を、クイ、と弧を描いてなぞった。


「出来てるよ。クマ」


「げ。マジ」


「マジマジ」


 目の下にクマとは、乙女の一大事だ。ここのところ、ただでさえ文化祭の練習とジュニア大会の練習で忙しかったところに、生徒会の手伝いまで入ったから……家にコンシーラあったかなあ。


「でも、本当に忙しそうだね。私もこんなにやる事が多いと思わなかったから、あの場で特に口を挟まなかったんだけど」


「それがさぁ、私が音響機器に強いと分かったら、あれこれ頼まれちゃって。結局ほとんどの組の音響セッティングに付き合わされてんのよ」


 ツバサが眉をひそめる。


「それ、完全に文化祭実行委員の仕事を押し付けられてない? 適当に力を抜いてやらなきゃダメだよ」


 ツバサから『適当に力を抜く』なんて言葉を聞くとは思わなかった。あんた、その言葉でめちゃめちゃ拗ねてなかった?


「ま、ステージを前にマイクを持たされたら、何だかんだとその気になっちゃう私もいけないんだけどさぁ」


 唇をとがらせて窓の外に突き出す。


 空は秋晴れ。薄い雲が上空高くに広がっていて、なんだかぼーっと一日中見ていたくなる。


「あ、いたいた。浅葱あさぎさーん、ちょっといいかしらぁ?」


「げ」


 廊下の向こうから、各務さんが手を挙げているのが見えた。


「ツバサ、私はちょっと窓から逃げるから、後始末よろしく」


「待って待って。ここ三階だよ。怪我して文化祭どころじゃなくなるでしょうが」


 窓の桟に手を掛けたところで、ツバサに肩をがっしと掴まれる。


「でも、あいつに会えばまた仕事を増やされる~」


「私からも言ってあげるから。ほら、危ないから手を離しなさいって。大体、後始末ってなにさ。私、キズナちゃんの落ちた痕におがくず撒いたりするのなんて、やだよ?」


「それって私、死んでない?」


 ツバサに襟首えりくびを掴まれて大人しく窓から引き離されると、丁度、各務副会長が近くまで来たところだった。


「何やら、楽しそうですね」


「そうなの、この窓を見てたら新しいパフォーマンスのヒントが浮かんできてさ、ツバサと話し合ってたんだ。っていうことで、ちょっと今忙しい」


「あら、それは素敵。てっきり疫病神から逃げ出す算段でも相談してるのかと思ってたけど」


「いやいや、疫病神だなんて、そんな、そこまで言ってないって各務桜子副会長どの~」


「誰も私のことだとは言ってませんが」


「え」


「完全にハメられたね、今のは」


 ツバサが、がっくり肩を落としながらため息を吐く。


〈続く〉

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