第36話 ステージ(3)
私は
ステップを踏みながら二手に分かれていき、それぞれ正面に向いて、〈ジェミニ・ループ〉からの〈ウネウネ〉。基本的なルーピングトリックは挨拶がわり。
ここからのパフォーマンスは、私が来月のジュニア大会で行う予定のフリースタイル演技構成のアレンジだ。あまり高度なトリックを入れられない分、シンプルな技が続くから、二人で合わせれば舞台映えすると見込んで組み込んだ。
二人で一緒にステージに立ちたい、という願望も、これで叶えることが出来た。
ステージの両端から向き合ってルーピングをし合う。遠めでも、ツバサと目が合うのが分かる。
ツバサがウィンクをする。ミスらないように精一杯の私と違って余裕あるじゃんか。ちくしょう、始まる前とは立場が逆かい。
二人の間でヨーヨーが飛び回り続ける。
ああ、楽しいなあ。ステージに立つって、そうか、やっぱり楽しいや。
曲に合わせて、歩調をシンクロさせて前後に歩いたり、私の影からツバサがあちこちにヨーヨーを投げたり、簡単なダンスステップを刻みながらルーピングを続けたりと、かなり動きのあるステージパフォーマンス。
私がルーピングを織り交ぜながらステップを踏んでポーズを決めれば、ツバサは二つのヨーヨーが絡み合って回転する〈タングラー〉をしてみせる。ルーピングが苦手といっても、やっぱりツバサはヨーヨーが上手い。
水平に振り回すヨーヨーの上を跳び越える〈テキサス・カウボーイ〉をひとつのヨーヨーで互いに飛び合って、拍手をもらう。そして、ツバサが下向きの〈ホップ・ザ・フェンス〉をそのまま上げていき、前方向の〈パンチング・バッグ〉、そして〈バーティカル・パンチ〉へとヨーヨーのルーピングを持ち上げていく〈ファウンテン〉。そのまま、息を合わせて私が投げ出すと同時に〈リーチ・フォー・ザ・ムーン〉へと変化させる。
所々から歓声を上げながら、観客が拍手する。二人ならではの綺麗な軌道のコンボ。無事にキャッチし、思わすこぼれる笑み。
ツバサも楽しそうに笑っている。良かった、ツバサに楽しんでもらうのが、一番大事なことだったんだ。
その後もいくつかコンビネーションでトリックを見せて、最後は〈ロケット〉で落ちてきたヨーヨーを自分のポケットに二人して直接入れ、おおー、という歓声とともに
曲が終わり、二人で深く礼をしたあとも、拍手は鳴りやまなかった。顔を上げると、観客の顔が視界に飛び込んでくる。演技中には、あんまりはっきりと見ることが出来なかったから、急に、こんなにたくさんの人が見てくれていたんだ、と現実に直面し、ぐっと胸にこみ上げてくるものがあった。
腕に触る感触。ツバサがそばに来ていた。らんらんと輝く目で、私を見つめている。
成功だ。大成功だ! 気が付いたらツバサを思いきりハグしていた。
二人で手を繋いで、
すごいなあ、なんだか、夢みたいだ。音楽をやめて、ダンスをやめて、それからたったの数か月なのに。
私、今度はヨーヨーでこんなに拍手をもらっている。文化祭の小規模なステージだけど、再びこうしてパフォーマンスの舞台に立っていることが、なんだか信じられないや。
鳴りやまない拍手のなかで夢見心地のまま、私とツバサは
* * * *
ステージを終えた私とツバサは、二人で文化祭を回っていた。
二人とも、自分のクラスの当番まではまだ時間がある。高校棟でお化け屋敷に入ったり、美術室での
なんだか無性に楽しい。もちろん、出番を終えた開放感もあるし、それをツバサと二人で一緒に味わっているというのが、なんというか、かけがえのない感じがする。文化祭ごときで大げさかもしれないけど。
中庭でオーケストラ部のマーチングバンドを、二人でタコ焼きをつつきながら眺めていると、手を振って近づいてくる
「
ステージ袖で倒れてから、保健室に運ばれたみたいだったけど、どうやら目を覚まして復帰したらしい。
「各務さん、体調は、もう大丈夫なの?」
「ええ、お陰様で。ただの睡眠不足と貧血が重なっただけだったので、少し寝て休んだら元気になりました」
「もう無理しないでよ? せっかく会長も来たんだし」
「はい。でも、会長には
「いやいや、あのくらいは迷惑を掛けておいた方が良いよ。会長も、だいたい、各務さんに頼りすぎてんだって。ちょっとは反省してもらわなきゃ」
「ふふ、そうかもしれません。それにしても、お二人にもご迷惑をおかけしました」
改まった各務副会長が、その場で深々とお辞儀をする。
「いやー、びっくりしたけどね、さすがに。でも、何にせよ無事で良かった。怪我とかも無いみたいだし」
「はい、それはもう」
「でも副会長にもせっかくだったら見てもらいたかったね、キズナちゃん。そこだけが残念」
「そうなんです。私も、トライアルで一度お見せして貰ってはいますけど……」
「本番は迫力が全然違ったと思うよぉ~」
「大成功だったからねぇ、お客さんも大盛りあがりで、ツバサもめちゃくちゃ拍手もらってたし」
「私だって、見たかったですよ! もう、二人してひどいんだから!」
「あはは、ごめんごめん。でも、ステージ自体は明日もやるからさ」
二日間に渡って開催される文化祭だが、体育館のステージは両日とも同じプログラムで行われる。私たちも、一日目が成功したからといって、あまり浮かれてもいられないのだ。
各務さんは、膨れ面を収めて笑った。
「そうですね。明日はしっかり時間を作って、なんなら客席で観させて貰います」
「感動してヨーヨー始めたくなっても知らないよ〜?」
「ふふ、三人になったら同好会申請を出しましょうか」
そんな風に、和やかに立ち話をしていると、私の制服のポケットでスマホが震えた。
何気なく通知を見てみると、兄貴からだった。何だろう。こんなタイミングで?
『
いきなりのメッセージの文言に、目を丸くする。確かに、眞一郎さんは招待して呼んでいたし、実際に客席で見てくれていたのも知っていた。
挨拶に行った時には何も言ってなかったのに……いや、何かニヤニヤしながら「後でちょっと驚かせるかもしれないけど、先に謝っとくワ」とか言ってたな。こういうことか! あの人、こっそり客席から撮影したうえに、兄貴にまで動画を共有してたのか!
『なんのこっちゃ最初はよく分からんかったが、まあ、そうだな。ステージとしては悪くなかったんじゃないのか』
兄貴のメッセージはそんなふうに続いた。
なにを偉そうに。しかも、その後に、
『ま、まだまだ素人くさい演出ではあるけどな。お前の初めてのセルフプロデュースにしては、
「何が、及第点よ。本当にえらっそーに!」
「なになに? あ、お兄さんからだ」
「あら、浅葱さんのお兄さんもいらしてたんですか?」
ツバサが後ろから覗き込んでくる。
「いや……なんか、知り合いが動画撮ってて、それを見たらしい。なんかすごい上から目線の感想が送られてきてる」
ああ、だめだな。どんなに嫌そうに言ってみせても、どこか嬉しいのが声に滲んでしまう。ちくしょう。
「そんなこと言って、キズナちゃん喜んでるクセに〜。声がニヤニヤしてるよ〜」
「うるっさい、ツバサ。余計なことを言うなっ」
からかってくるツバサの首を捕まえて、締め上げる真似をする。「あはは、ギブギブっ」と笑うツバサ。そんな風にじゃれあう私たちを微笑ましく見守る各務副会長。ああもう、恥ずかしいやら楽しいやら。
兄貴からのメッセージは、『明日は調整ついたから、現地で観させてもらう。時間と場所を教えろ』と続いていた。
『学校のホームページに書いてあるから自分で調べろバーカ』って返しといた。
〈続く〉
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