第4話 キミの練習場所
特に目当てもなしに、なんとなく目についた棚から物色していく。欲しいCDはいくつもあったけど、今買う気になるようなものは無かった。まあ、もとから冷やかし目的だし。
アジカンのジャケットを眺めながら、どのイラストの女の子が一番好みかを考えていると、向こうの窓越しに、ついさっき別れたはずの見知った顔が横切るのが見えた。あれ、
「おーい、九凪さーん」
店から出て、追いかける。自転車に乗って、丁度赤信号で止まっていた九凪さんは、びっくりして目がまんまるになっていた。
「
「いやあ、偶然。家近いの?」
自分のクロスバイクを引っ張って来て、横に並ぶ。九凪さんはびっくりした表情のまま、縦に首を振った。
「そっか、私もこの辺っちゃこの辺なんだよね。川の向こうだけど」
私が指で示した方を見て、ああ、と九凪さんもうなずく。この辺りは川を挟んで住宅地が向かい合っていて、川向こうのマンション街に私の家はある。反応から見るに、九凪さんは川のこっち側に広がる一戸建て住宅街に住んでいるのだろう。
「大丈夫だった? 大垣センセ、変なことされてない?」
「ううん、大丈夫。あの人、知り合いの親戚なの」
「知り合いの親戚……それって、他人って言わない?」
頭の中に
「でも、昔から知ってるし、悪い人じゃないから」
「いやいや、そうやって安心させて、急に豹変する変質者だって世の中には山程いるんだから。知ってる人だからって気を抜いちゃダメだからね」
「う、うん」
ああ、いかん。九凪さんが心配で説教くさくなってしまった。話題を変えないと……
「あ、そうだ。ヨーヨー、なんか怒られてたけど、没収とかされなかった?」
「うん、没収はされてない……でも、次やったら取り上げるからな、って脅されちゃった」
九凪さんはそう言って、ちょっとしょげている。そうやって小さくなってるのも可愛いけど、この小さな生き物を脅すだなんて、大垣先生許すまじ。
「本当はね、金属製のメタルヨーヨーは学校に持ち込んじゃ駄目って言われてるの。あんな大きさでも人にぶつけちゃうと危ないから」
自転車のカゴに入ったカバンを見下ろしながら、九凪さんが説明する。
「でも、やっぱりプラヨーじゃ感覚が大分違うから……」
「プラヨー?」
「あ、プラスチックヨーヨーの略」
九凪さんは、片手でカバンをあさって、プラスチックで出来たピンク色のヨーヨーを取り出して見せた。
「こんなやつ。基本的にはメタルと変わらないんだけどね」
私は手渡されたヨーヨーをまじまじと眺めてしまった。
「へえ。こいつでも、さっきみたいな技とか出来ちゃうわけ?」
「さっきの、っていうと……」
「あの、ヨーヨーを上に跳ねさせるやつ」
ポーン、ポーン、って手振りを真似る。
「ああ、〈イーライ・ホップ〉ね」
「イーラ……なに?」
「そういう名前のトリックなんだ」
九凪さんが笑顔で説明してくれる。
「基本のトリックだけど、色々バリエーションもあって奥が深い技だよ。変わった動きだから、やっていても楽しいし」
「へえ〜。九凪さんは〈イーライ・ホップ〉が好きなんだ?」
「うん。練習の合間にクセでやっちゃうことが多いなあ」
この子、ヨーヨーのこと喋るときは饒舌になるし楽しそうだなぁ。
「あの、浅葱さん、ヨーヨーのこと、ひょっとして興味ある……?」
今度は逆に、九凪さんから訊いてきた。私はうなずく。
「うん。初めて見たけど、なんか凄かったし。もっと見てみたいな」
面白そうなのは、九凪さん自身もだけどね。
「練習、見ていく……?」
「え?」
意外な誘いに驚くと、ちょっと照れながら、九凪さんはこっちを見てくれた。
「近くの公園に、いつも練習している場所があるの。今からそこに行くつもりだったけど、時間、あるなら……」
「いくいく!」
私は嬉しくてつい前のめりに答えると、九凪さんをまた驚かせちゃって、危うく自転車ごと転ばせるところだった。
* * * *
それから自転車にまたがって五分くらい移動した先、住宅街の真ん中にその公園はあった。
「こっち」
テニスコートなんかも併設された、やや大きめの公園だ。九凪さんは私を先導して、奥の方へと進んでいく。
「ここ。このベンチのところで、いつも練習してる」
それは、公園の中に作られた散歩道の端っこにある、二つ並びの木のベンチだった。周りを見渡すと、人目が無いわけではないけど、あんまり通行人は来なさそう。
「静かだし、あんまり風も強く吹かないから、野外の中では練習に向いてるの」
確かに、公園内は木々が植わっているし、背後は隣接している建物の壁が迫っていて、風除けになってくれそうだ。ヨーヨーも紐も軽いだろうから、風は大敵なんだろう。
「いいね。集中できそう」
そう言ってあげると、ニコって笑った。あんまり見せてくれないけど、笑顔が無邪気で可愛いんだよね、この子。やっぱり小動物みたいな感じがある。
「じゃ、そこに座って」
示されたベンチに座ると、九凪さんは横のベンチにカバンを置いて、さっき学校で見た銀色のメタルヨーヨーを取り出した。紐の先端に輪っかを作り、指を通して、私の前に立つ。
ああ、ヨーヨーを持つと、感じ変わるな、九凪さん。なんか、ヨーヨーを持つ手から自信が湧いてきてるみたいだ。堂々としてる。
「えっと、それじゃあ、適当にいくつかやってみるね」
「うん、よろしくお願いします」
こくりとうなずくと、九凪さんはヨーヨーを投げ出した。勢いよく回りだしたヨーヨーが、小さな両手によって操られていく。
それから、九凪さんはたくさんのトリックを見せてくれた。最初に見た〈イーライ・ホップ〉みたいにヨーヨーが跳ねるようなのとか、複雑に指に絡めた紐の中で、ヨーヨーが回ったり、別の紐に移り飛んだり、曲芸みたいな動きをするのとか。
まるでサーカスを見ているみたいな、驚きと楽しさがあった。ヨーヨーなんて、投げて、引いて、戻ってくるくらいのことしか知らなかったから、思いもよらない動きをする九凪さんのヨーヨーは、まるで魔法か何かで動いているみたいに見えた。
「こっちは、あんまり得意じゃないんだけど」
なんて言いながら、今度は別の、丸っこいプラスチックのヨーヨーを両手につけて、まるで大道芸人みたいにクルクルと投げ続けるのも見せてくれた。私はすっかり夢中になってそれを楽しんだ。
「すごーい!」
手を叩いて喜ぶ私に、照れながらも嬉しそうに九凪さんがはにかむ。ヨーヨーを一度キャッチして止めると、さっき見せてくれたピンクのプラスチックヨーヨーをカバンから出してきて、私に差し出した。
「ね、浅葱さんも、ちょっとやってみない?」
〈続く〉
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