第39話 海辺の二人〈終〉
海に夕陽が当たって、キラキラと波頭が眩しい。風は吹いていない、静かな海辺。
「ちょっと、歩かない?」
大会を終えた私とツバサは、最寄り駅まで帰ってきたあと、しばらく改札の前で黙って立っていた。どちらともなく、まだ帰りたくない、とそう思っていたんだ。
切り出したのは、意外にもツバサだった。
「いいね」
私はうなずいた。
あの日と同じ様に並んで自転車を押しながら、色んな話をした。学校のこと、ヨーヨーのこと、家族のこと。明良店長や高倉選手のこと、大垣先生や各務副会長のこと、出会ってからの、色々なこと。
「早いんだか、長いんだかって感じ」
ツバサはそう言って笑った。最初に比べて、ずいぶん笑うようになったと思う。ツバサは笑顔が一番いいよ。
気がつけば、川沿いを下って二人で海まで歩いて出ていた。この辺りは砂浜なんて無くて、河口からずっとコンクリートに護岸されている。
海際に設けられた手すりにもたれて、ツバサを振り返る。
どこまでも見上げるほどの高層マンションを背景に、小柄なツバサがこっちを向いて立っている。ツバサの肩には、膨らんだカバン。中には、二位のトロフィーが入っている。小早川サラさんは、見事に接戦を勝ち切り、自分のシグネチャーヨーヨーとともに優勝トロフィーを手に入れていた。だけど、ツバサは満足げな顔をしている。
ミス一回で乗り切った会心の演技は、彼女の最高得点を叩き出し、サラさんはさらにその先を行っていた。それでも、すべてを出し切って、今までに受けたことのない喝采の拍手を演技後に会場中から贈られて、ステージ上でツバサは泣いていた。あのときの一筋の涙を、私はきっと忘れないだろう。
「ベスト更新おめでとう」
拳を突き出すと、合わせて右手を突き出してぶつけてくれる。
「悔しいよ。あ〜あ、ジュニアでは小早川サラを抜けなかったなぁ〜」
全然満足そうな声で、笑ってしまう。でも、本気で言ってるのだろう。ツバサの目には『次』が映っている。向かうべき明日が。
「キズナちゃんも、やりきったね、ちゃんと」
「なんかそれ、私だけハードル低くない?」
まあ、そのとおりだけど。別に入賞もしなければ、ノーミスでも無く、ただただ自分の実力以上でも以下でもない、三十六人中の二十一位という結果。小学生から高校生まで出場する大会の中で、これはどう受け取ったら良いのだろうか。まあ、とにかく来年はもっと上を目指せるようになろう。
私は私なりに演技というやつをして、誰かに伝わればいいと思っている。それが、いつか結果に結びつくときが来ればいいと思ってる。
ツバサは、ゆっくりと顔を横に振って、私の頬を両手でそっと包んだ。ひやっ、とツバサの指が冷たくて、私は自分の中に大会の熱気がまだ残っていたことを知った。
「本当は、こんなに頑張ってくれるって、思ってなかった。文化祭のステージだけ好きなようにやったら、こっちの大会はおまけみたいして力を抜くんじゃないかって。あんなに頑張った構成を、始めて数ヶ月でよくやりきったと思うよ、本当に」
「結構、適当なやつだと思われてたのね、私」
唇を尖らせてみると、ツバサが笑う。
「違うよ。そうじゃなくて。でも、信じてみて、良かった。私、キズナちゃんが本気でぶつかってきてくれなかったら、きっとこんな結果は得られてないと思う。こんな気持ちにも、なれていないと思う」
「そりゃあ、良かった」
「うん。すっごく良かった」
ぺしょ、とツバサが頬を挟んだまま潰してきたので、仕返しに私もツバサの頬を潰してやる。可笑しくって、二人の笑い声が海際に響く。
ああ、楽しいな。この時間が、ツバサとの日々が、ずっと続けばいい。ねえ、ツバサ。私たちなら、きっとどこまでも行けるよ。たくさん頑張れるよ。もっと、今よりもずっとすごいことをやって、どこまでも自由になれるよ。
ねえ、ツバサ。私、ずっと君と一緒にいたい。そんな友達、いままでいなかったよ。
「あ、ウミネコだ」
ツバサが沖を指差す。そのとき風が吹いて、視界が遮られる。ツバサの黒髪がふわっと広がった。凪が終わっていた。
私たちは、手を繋いで日が暮れるまで笑いあった。
<了>
イーライ・ホップ ~青春ヨーヨーをキミと~ スギモトトオル @tall_sgmt
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