第18話 ひとつ、ご相談を

「……というわけでして。絶賛、私たちケンカ中ということになります。ハイ」


「はは~ん」


「なるほどなるほど」


 説明を終えた私の隣で、二人の大人が深く頷きながら、ニヤニヤと、したり顔で笑っている。


「目指す目標のすれ違い、ねえ」


「思い通りに伝わってくれない互いの気持ち」


「もどかしいわねえ」


「そして、意地を張って、つい素直になれない」


「青春よねえ」


「うんうん、甘酸っぱいなぁ~」


「……なんなんですか。その気色の悪い笑顔は」


「いやぁ、いいものを聞かせてもらったわ」


「色々と昔を思い出しますよねぇ」


「たまにはこうやって若い人の話を聞くのも良いものねえ」


「真面目に聞いてください」


 この人らに話すんじゃなかったわ。なんか、すげぇ腹立つ。


「いやいや、おちょくってるわけじゃないんだよ。どちらの言い分もわかるしなあ、実際。ねえ、店長」


「そうねえ。絶対に次の大会で後悔する結果を残したくないツバサの気持ちも分かるし、ステージに対する浅葱ちゃんの言うことにも一理あるのは間違いないと思うわ。ところで、どこでそんなに舞台に立つ経験をしてきたの?」


「ああ、いえまあ、実はちょっとそういう活動をしていた時期が……」


 ツバサには、ヨーヨーを始める前までは音楽ユニット活動をしていたことは言っていたけど、明楽店長にもこの際だから説明しておく。


「惜しむらくは、時間ですね」


 私の説明の後で、依田さんが腕を組んで唸った。


「そうね。もう少し文化祭とジュニア大会の間に期間が開いていたら、また違うんだけど」


「どちらかは来年に、って言っても結局同じ言い合いになりそうですしね」


「二週間という時間はあまりに短く、ジュニア大会も文化祭も、出られるチャンスは限られている。ああ、げに青春は短いのだなぁ……」


 なんか、依田さんがさっきからちょいちょいポエマーなんだよなあ。


「私は、勝敗とは違うステージの楽しさを味わってほしいだけなんですけどね」


 ため息を吐きながら、両手にヨーヨーを着け終わった私は試しに投げる。右手から投げ出したヨーヨーが円を描き、ジャッ、と鳴って手元でキャッチする。うん、この感じ。


 ここ十日ほど練習して、ルーピングヨーヨーにも大分慣れてきた。ツバサが使っているようなバインドヨーヨーとは形状も違って紐も短いこのヨーヨーは、常にギュンギュン動きまくるのを制御するために腕を動かし続けなきゃいけなくて、この運動量と筋肉の疲労が結構バカにならない。ちゃんとスポーツで出る量の汗をかく。


 最初の頃は三十分も練習したら腕がバテバテになったし、あと、なによりキャッチの勢いが強いので、個人的には手袋が必須だ。私は自転車用のサイクルグローブの余ってたやつを、ヨーヨー用にして使ってる。手のひらにパッドが入っていて、ちょうど良いんだ。それに、フィンガープロテクターも絶対だね。素手だと指も手のひらも、あっという間に真っ赤になる。


「お、もう〈ダブル・ループ〉出来るようになったんだ。早いねえ、若い子の成長は」


 両手でルーピングをする私を見て明楽店長が感心した声を上げる。


「正しくは〈ツーハンド・ループ〉ですよ、明楽店長」


と訂正を入れるのは、依田さん。なんでも、昔と今とで呼び方の違うトリックがたまにあるんだそうだ。


 私の〈ダブル・ループ〉、もとい〈たどたどしいツーハンド・ループ〉を見ながら、明楽店長が鼻から息を漏らす。


「これだけでも、ヨーヨーやらない人に見せたら十分驚かれるんだけどね」


「でも、文化祭の持ち時間は八分間ですから。私だけじゃ、とても間が持たない……んですよねぇ~!」


 自販機で飲み物を買ってきたツバサがちょうど横を通ったので、聞えよがしに言ってみる。


 ツバサは気付いて、横目に睨むようにこちらを見た。


「私、協力なんてしないからね」


と、ぶっきらぼうに言い捨てて、自分の場所に戻って行こうとする。むかっ腹が立った勢いで、続けざまに言葉が出る。


「ツバサほどの腕前だったら、適当に技を見せるだけでも、きっと十分惹きつけられると思うんですけどね~」


 あくまで明楽店長に向けて言っているスタンスで。もちろん、背後でツバサが、バッ、と振り返る気配をばっちり感じながら。


「はぁ!?」


 ツバサが声のトーンを上げる。飲んでいたペットボトルから口を離して、ずんずんこっちに歩いてきた。


「適当ってなに、適当って」


「別に。言葉の綾だよ」


「人のこと当てにしておいて、適当でいいからやれって?」


「そんなこと言ってないし。ただ私は……」


「あ~、出なくて良かった。そんな半端な事言う人の作るステージなんて上手くいくはずないしね」


「……何だって?」


「半端な気持ちで『本気』とか言う人は、何やっても半端な結果しか出さないってこと」


 にらみ合う私とツバサ。周りにいた他の人たちが数人、何事かとこっちを見ている。明楽店長と依田さんはいつの間にか遠巻きに眺めていて、二人とも傍観を決め込んでいるみたいだ。


「ふんっ」


 先にそっぽを向いたのは、ツバサだった。そのまま、ずんずんと大股で元の場所に戻って行った。


 よし、ガンのつけ合いでは勝った……じゃなくて、なにやってんだ、私は。


「なるほどねえ」


 明楽店長が腕を組んでうなずいている。


「なるほどじゃなくて、助けてくださいよぉ」


 なんか泣きたくなってきた。私、ケンカの後は情けなくなるタイプ。基本的に争いごとに向いてないのかも。


「私、ツバサと仲良くなりたかったはずなんだけどなあ……」


「十分仲良しに見えるけどね」


「あれのどこがですか。最後ガンつけ合ってましたよ、私たち」


「正面から見つめ合えるっていうのは貴重な友情よ」


 ダメだこりゃ。何言っても意味不明なことしか返ってこない。


「そうだ、明楽店長には相談したいことがあったんでした」


 いつまでもヘコんでいてもしょうがない。気持ちを切り替える。


「文化祭のステージでの構成を作るのを手伝ってほしいんですけど、お願いできます?」


 以前にツバサから聞いたんだけど、大会に出るときのフリースタイル演技の構成は、最初の頃からずっと、明楽店長に手伝って貰って作っていたらしい。今回の全国大会は初めてツバサが自分自身で構成まで考えて作ったものらしくて、だからこそ、落ち込み方も大きかったのだろう。


 とにかく、正直言って、私はヨーヨーのことあまりに知らなさすぎる。ヨーヨーのこともツバサのことも良く知っている明楽店長の協力を漕ぎ付けることが出来たら、それほど心強いことは無い。


「力を貸すのは構わないけど……」


 それまでのニヤニヤ顔とは一転、難しい表情になって、明楽店長はあごに指をあてる。


「正直、あんまり現実的ではないとは私も思うわよ? 八分間のステージそれ自体は、経験もあるから作れないこともないけど……」


 そうして、言いづらそうな目で私を見て、


「ツバサと浅葱ちゃんでスキルに差がありすぎるのが、かなり難点ね。どっちのレベルに合わせても、あんまり上手くはいかないと思う。ツバサは難度の高い技をハイスピードに繋げていくのが持ち味の、スキルフルなヨーヨーをするタイプだから、本気を出させるとどうしても初見のお客さんのことを置いて行ってしまうと思うし」


と続ける。それから明楽店長は、ちら、とツバサを横目に見て、


「あの子があそこまで意固地になっちゃったら、テコでも動かなさそうだしね。ツバサの協力が望めない以上、素直にジュニア大会に注力するのがいいと思うけどなあ」


「そうですか……」


 ツバサをよく知る明楽店長にそう言われちゃうとなあ。そうかあ……


「あと、音楽を用意するのも意外と難点よ? まあ、高校の文化祭だからぴったり八分に合わせることも無いと思うけど、演技構成に合わせて曲調やらテンポやらで楽曲を見繕うのも大変だし、編集してひとつの音源にしておいた方が、トラブルを避ける意味では良いし」


「ああ、それなら大丈夫です」


 そこだけは、私にも策がある。というか人脈が。


「強力なアテがあるので」


〈続く〉

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