第32話 蹂躙
「来る!」
ターラは咄嗟に口にする。目の前で佇んでいた2機の内の1機、ディナスがとうとう動き出したのだ。
バックパックのバーニアを噴かし、持ち前の機動力ですぐ近くにいたTTに接近する。
その速さは疾風の如く。爆音を上げながら土煙を巻き上げていく。
標的は防衛部隊の1人が乗る旧式のTT。彼は左腕部に装備されたシールドでコックピットを守りながら、前方にマシンガンを向けて発砲する。
響く連射音。放たれる銃弾。音速を超えたそれは、真っ直ぐディナスへと向かっていく。
だが、その銃弾はディナス本体に着弾することはなかった。
ディナスは大型ランスの側面を前方に両手で構えることで、その銃弾を弾く。
「んな豆鉄砲で、俺が落ちるかよ!」
ディナスの中で少年が叫ぶ。
2機の距離は一気に詰められていき、防衛部隊の旧式TTは成す術なくディナスの大型ランスにコックピット部を貫かれた。
背部より突き出るランスの先端。飛び散る装甲。そして、光を失う頭部カメラアイ。
仕留めたと確信され、ランスを引き抜かれると、亡骸は無惨に地へと身を落とした。
「うっしゃワンキル! 次だ次だ次だ!」
そして彼の標的は次へと移る。
すぐ近く、100m程の地点にいた他のTTに対し、ディナスは手に持つランスに計4門内蔵されたマシンキャノンの銃口を向け、発砲する。照準など取り付けられていない為、狙いも定めにくく、並びに射程は短いが、この距離であれば十分な威力を発揮する。
ドドドドドと放たれる無数の弾丸。まさにそれは蜂の巣状態である。
弾丸を叩き込まれたノアのTTは風穴を開けたまま動かなくなった。
「なんだよあの動き……速すぎるにも程がある!」
ターラは目の前で起こった出来事に戦慄する。
機体の動き。何よりもその速さ、反応速度。その全てがターラの乗るオルトロスの性能を超えていた。
——————あの機体は、やばい。
本能が彼女にそう言っていた。
そんな時、彼女の乗るコックピットに通信が入る。
『全機引け! 迎撃しながら前線を下げるぞ!』
ここの地域帯を指揮するアスオスのTTからの通信であった。やはり彼もあの敵TTの危険性を察知したらしい。
「了解」
ターラはそう答えると、言われたように機体を前線から下げる。彼女自身、ここから早く離れたいといった気持ちがあった。
スラスター全開でその場から引き下がるノアのTT部隊。
残るTTは計6機。ここで一度体勢を立て直し、反撃に。
——————そう行動した時だった。
ズドン、ズドンと、重々しい轟音が空へと響き渡った。
『グアアッ!』
通信越しで悲鳴が聞こえる。その声はたった今カーラ達に指示を送ったアスオスのパイロットのものであった。
カーラは立ち止まると、オルトロスの頭部を動かし、その現場へとカメラアイを向ける。
そこには、両脚部を破壊され行動不能に陥っている味方TTの姿があった。
脚を欠損し、地面に背中を密着させたまま倒れるTT。そのすぐ目の前には抉り切られた両足が転がっている。
『脚がやられたのか⁈ あの機体からか!』
アスオスの味方TTはその頭部を前方に向ける。
彼が向けたカメラアイの先には、両肩部の銃口から煙を上げる青い機体「エムリス」の姿があった。
「あの距離から脚を狙って⁈」
『クッソ! 引け! とにかく引け! 今は他人のことを考えるな! 自分のことだけを—————』
パイロットから搾り出される指示の声。自身の死期を悟っての行動であった。
しかし、彼が言い終わる前にエムリスの脚部ミサイルポッドから煙と共に弾頭が放たれる。
ミサイル達は不安定な動きで目標に吸い込まれていき、着弾と同時に爆発する。
その狙いは当然コックピット。
ドカンと、光が迸る。
モクモクと、黒い煙が立ち昇る。
「1機撃墜。楽しいけど物足りないね、なんか」
エムリスの中で少年が呟く。
少しすると煙は晴れていき、攻撃された部位が顕になる。
そこにあったのは、装甲ごとぐちゃぐちゃに抉られたコックピット部。
そして、こんがりと焼け上がった、パイロットの—————
「—————!」
その有り様を、ターラはモニター越しで目にする。
圧倒的な技量の差。
圧倒的な性能の差
そして圧倒的な絶望。
そこに映る
味方機の数が減っていく。
最初は8機だった機体の数が、6、4、3……止まることを知らずに減っていく。
戦意喪失してもおかしくない状況。いや寧ろ、理性を保っていること自体が難しい状況であった。
しかし—————
「よくも—————よくも……!」
ターラには逆効果であった。
彼女の目には、絶望の色など存在せず。あるのはただただ憎しみのみ。
「仲間を……仲間を、よくも!」
叫びと共に足元のペダルを踏み、スラスターを噴かせる。目標は正面の赤いTT。
「ん? なんだなんだぁ?」
ディナスに乗るNo.44は急接近する敵機を脳で察知する。
フルスロットルでディナスに迫るオルトロス。オーバーヒートの心配など脳裏に無く、ただ怒りのままロングブレイドを振り上げる。
「あああああ!」
オルトロスの推力で一気に詰まる両機の間合い。
そして、雄叫びと共に得物が振り下ろされる……!
だがしかし、その斬撃はディナスのランスにより食い止められる。
接触する互いの武装。火花は散り、鍔迫り合いになる。
「ハッ! 生きが良いの残ってんじゃんか!」
「お前達だけは、許すものか!」
拮抗する両機の力。
だがそれも一瞬。スラスター全開のオルトロスがその攻め合いを制した。
「ああ?」
ディナスの足元の地面が崩れる。どうやらオルトロスの勢いに地面が耐えられなかったようだ。
「チィ!」
舌打ちをするNo.44。彼は脚部のスラスターを少し前方に傾け、加えて相手の力を利用して飛びながら後退する。
上空に舞い上がるディナス。しかし、ターラの駆るオルトロスはその隙を見逃さなかった。
「逃すか!」
スラスターの火を地面に叩きつけ、オルトロスは飛び上がる。
そして、左腕に装備されたパイルバンカーの射出口をディナスのコックピットに突きつけ、すぐに杭を射出する。
だがその瞬間、杭が射出されるコンマ秒の世界で、ディナスはオルトロスの左腕を右足で蹴り飛ばし、射線を逸らした。目標を失った杭は、何も無い空間で突き出される。
「甘いんだよ」
ニヤリと笑うNo.44。
対してターラは敵機の反応速度に驚きの表情を見せた。
「なんて動きと反応速度! 動きキモすぎるだろコイツ!」
空中で間合いを取る2機のTT。そのまま重力に身を任せ、ドスンと地面に着地する。
「だとしても!」
だがすぐにターラはスラスターを噴かせる。
オーバーヒート寸前。いつ強制冷却のリミッターが発動するか分からない。
それでも、彼女には高速で目標の敵TTへと接近する。
「悪くねぇ。殺し合いはこうでなくちゃなぁ!」
対して、ディナスもそれに応えるように得物を振るい出す。
2機のTTは互いに得物をぶつけ合う。
1合、4合、7合、9合……それはまさに、互角の戦闘であった。
互いに持ち前の速さで翻弄し合い、衝突する。
ターラは怒りを、No.44は快感を。
真反対の感情がぶつかり合っていた。
やがて2機は再び鍔迫り合いとなり、拮抗状態が作り出される。
そんな中、ターラは目には段々と希望の色が浮き出てきていた。
「やれる。私でもやれる。こんな奴を、私は!」
相手は明らかに格上。しかし、そんな相手にもここまでやれている。そして、段々と追いついている。それが彼女の自信へと繋がっていた。
「グッ、コイツ、マジかよ」
対してNo.44は表情を曇らせていた。
序盤は優勢であった。しかし、今はそうではない。
明らかに差が埋まってきている。ターラ自身の戦闘センス。それが彼を追い詰めようとしていた。
オルトロスのロングブレイドが、ディナスの大型ランスをグイグイと前へ前へと押し込まれていく。
力の逆転が始まりだしているのだ。
その状況に、No.44は顔を歪ませる。
「クッ、このままじゃやられる——————なんてな!」
—————瞬間、彼の表情が狂気の笑顔に染まった。
拮抗が乱れる鍔迫り合い。
その最中、ディナスのバックパックに異変が起こる。
彼の乗るディナスのバックパックは、通常のTTのものよりも少し大型であった。
バーニアと推進剤タンクの大きさが理由ではあるのだが、メインの理由はそれではない。
その大型バックパックは、とある武装を収納する為のものであるからだ。
バックパックの蓋がガバッと両開きで展開される。そして、中に入っていた物が、日の光に照らされて姿を現す。
そして—————
「—————行け、カッタードローン」
中に入っていた計6枚の円盤が、背部から射出された。
射出した円盤は高速で回転しながら宙を舞い、ディナスの正面にいるオルトロスへと向かっていく。
「ッ? なんだ?」
ターラは空飛ぶ円盤に気がつく。
——————だが次の瞬間、6枚の円盤はオルトロスへの攻撃を始めた。
まず、2枚の円盤が両腕部の肘関節に突撃し、その刃で腕を切り落とした。
次に、さらに2枚の円盤が両足の膝関節に直撃し、切断した。
最後に、残った2枚がバックパック、そして胸部に切り込み、トドメを刺した。
「——————え?」
時間が止まる。
彼女の体感時間だけが止まる。
何が起こったのか。
一体、何をされたのか。
その、何も、かもが、ワカラナカッタ……
時が動きだす。
まず起こったのは激しい揺れ。そして爆発音。崩壊を始めるコックピット内。
歪み出すモニターは地面への落下を映し出し、地獄への転落の様を彼女へと送りつける。
そして、亡骸は地面に転がった。
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