第12話 それぞれの思い

 ブリーティングルームに入ると、そこには招集された各部隊の代表がガヤガヤと話をしている真っ最中だった。どうやらまだ、司令はモニターに姿を現していないらしい。

 ヘリクは部屋の中を見渡し、見知った顔がないかと探す。

 そうしていると、


「よう、ヘリク。相変わらずだな」


 ヘリクは背後から声を掛けられた。聞き覚えのある声だったので、安堵しながら振り返る。

 そこには、ヘリクよりも一回り大きい、タンクトップで筋肉質でスキンヘッドな男が立っていた。

 ヘリクは彼の顔を見るなり、声を返す。


「やあ、ザンバル。よかった〜生きてて」


 ヘリクは胸を撫で下ろす。


「俺が死ぬわけないだろう? 何せ、この組織内のTT乗りで最も年長で最も実践経験が長い俺だ。意地でも死んでやらねえ」


 ザンバルは健康的な白い歯を見せ、自信満々に言う。


「そういえばそっか。でも、また会えて嬉しいよ。ここのところ2ヶ月くらいすれ違ってたからさ」


「そんなにか? てっきり俺は2週間ぶりのつもりだったんだが」


「脳内時間バグってんのかよ」


 他愛のない会話。未だにこれくらい近い関係性を持つことができていないヘリクにとって、彼の存在はかなり大きかった。それは、出会うだけで自分はまだ生きていられているという、生の実感そのものであった。


「そういえば、お前の部隊に配属されたガキがいた筈だが、どんな感じだ?」


 急に話が切り替わる。だが、彼との会話ではよくあることであった。

 それに、新人パイロットがいると分かる以上、気にならないわけがないのだ。ましてや、まだ16だと聞かされれば。


「ああ、ユウのこと?」


「そいつだそいつ。で、どんな感じなんだ? ちゃんとやれてるか?」


 興味深々に聞いてくる。まるで親戚のオッサンだ。オッサンあることは否定しないが。

 ヘリクはあまりいい顔をしなかったが、長い付き合いの友人ではあったので、仕方なく感想を述べた。


「……腕は確かさ。僕が見てきた中で、一番強い」


「そうかそうか……うん? 一番?」


 腕を組み頷くザンバルだったが、ヘリクの言葉を聞き首を傾げる。

 ヘリクは続けた。


「ゼーティウスとカララバ、両小隊相手に無傷で圧勝してるし、なんならゼーティウスのフォース隊ともやり合ったし」


「は? フォース隊? は?」


「それでもほぼ無傷だし。なんかちゃっかり生き残ってるし」


「い、生き残ってるって、おいおい冗談だろ?」


 ツッコミの追いつかないサンバルである。

 だが、それまで怒り気味だったヘリクの表情は一変し、逆に悲しそうな目へと変貌する。


「でも……僕とは合わない。確かに彼のパイロット技術は賞賛に値するけど、僕という人間には、合わない存在だった。アイツは、容赦なく人を殺す。悪びれる素振りすら見せず、平気で殺す。ザンバルみたいに、死傷者を最小限に抑えたり、相手のパイロットを殺さないように立ち回ったり。そういったことを一切しない。彼なりの考えだってのは分かってる。けど、分かれば分かるほど、僕と彼には決定的な違いがある。水と油さ、僕らは」


 諦めるかのように、残念かのように、呆れたかのように言うヘリク。

 そんなヘリクを見て、ザンバルは言う。


「水と油、それはなんとまあ希望的な表現だ。他にもいい表現あったんじゃないのか?」


 その表現にザンバルはどうも疑問に思ってしまったらしい。ヘリクの言葉からは、諦めなどのマイナスな思いが内包されているのを感じ取れたが、それと同時に、まだどうにかしてみようというプラスの思いも溢れていた。

 ヘリクは言う。


「表現なんて、どうでもいいでしょ。語彙力ないんだよ、僕はさ」


 しかし、彼はやれやれといったジェスチャーをし、その可能性を否定する。


「さあ、この話は終わりだ。そろそろ、新しい任務が下る筈だ。集中しよう」


 武が悪くなったのかは分からないが、ヘリクは話を切り上げる。無理矢理優しい作って手を上げると、ザンバルに背を向けた。

 ザンバルは「おい」と呼び止めようとしたが、言う前にヘリクは彼から離れていってしまった。

 そんなヘリクの背中を見て、「これは困りものだな」と、ガックシと肩を落とすザンバルであった。







 “第4技術開発室“

 そう書かれた扉を開け、暗い通路先へと足を進めるユウ。

 人がいるかを疑う、寧ろ使われているのかも分からない暗さだが、一応掃除等はされているので、未だに使われてはいるようだった。

 歩みを進めていくと、やがて小さな部屋に出た。

 その部屋とても技術室と言えるような広さではなかった。しかし、ズラリと壁に立ち並ぶ精密機械は、惑うことなき最新鋭機であった。

 そんな機会に囲まれて、隅のテーブルでカタカタとキーボードを打っている黒髪の女性がいた。


「ミア」


 ユウがその名を口にすると、キーボードを打つ指が止まった。

 彼女は振り返り、ユウに優しくも喜びの眼差しを向ける。


「ユウ……帰ってきたのね」


「ああ」


 喜ぶ彼女に対して、ユウの返しは些か冷たい。しかし彼女はそれでも喜んだ。

 ミアは立ち上がり、ユウの目の前まで近づく。低身長なユウに比べて、彼女は女性の中では高身長であった。


「なんか、息子が帰ってきたって気分ね。まだそんな歳じゃないけど」


「要件は? 何故俺を呼んだ?」


 ユウの態度は冷たい。当然だが、彼女に特別冷たいわけではない。いつもこの調子である。

 ミアもそれを分かっている。だがしかしだ。


「もー、少しは気を楽にしたら?」


「楽にはしている。だが、態度に出ないだけだ」


「それは分かってるけど」


「要件は? 一体なんなんだ?」


 食いついてしがみ付こうとするも、あっさりと剥がされる。

 ミアはそんな彼を悲しく思ったが、ユウをここに連れてくるのを促したのは自分だ。

 なので、ミアは仕方なくも潔く本題に入った。


「リディアの調子はどう?」


 彼女はPCの置いてある座席に座り、ユウに聞いた。


「……問題ない。上手く動いている」


「不調とかはない?」


「ああ。だが、後で一応確認してもらえると助かる」


「言われなくてもするわよ。繊細なんだからね、あの子は」


 自慢するかのように言うミア。


 その後も彼女からの問いは続いた。それは機体についてのものであったり、ユウの精神状態についてでもあった。

 そんな中で、ユウはふと口にした。


「……最近になって」


「え?」


 ユウは口を開く。

 そんな彼を見て、ミアは少し驚いてしまった。昔から、自分から話しだすような人間ではなかったからだ。

 ユウは続ける。


「……夢を、見るようになってきた」


「夢?」


「ああ。暗闇の中にいる夢だ。夢の中では五感がなくて、思考もままならない。小さく惨めな、小さかった頃の俺だった。この状況を変えたいと思った。変わりたいと思った。そんな俺の目に、手を差し伸ばすリディアの姿が浮かんだ」


「……」


「……やりたいことは見つけた。目指すべき目標もあった。だが、その2つの道が、あまりにも違いすぎる。だから時々、自分という存在がよく分からなくなる。本当に、俺は……辿り着けるのかどうか、不安になってしまう」


 口から出されたユウの言葉を聞いていたミアは、黙って聞いていたつもりではあったが、内心かなり驚いていた。

 ————弱音だ。

 溢れ出る彼の言葉から、過去の記憶を掘り起こす。確か、彼が人前で弱音を吐いたのは、これで3度目。少なくとも、私がいる前では3度目だ。


「……そう。それは、まあ、うん。そうね……なんか、嬉しいな」


「何がだ?」


 悩む自分とは真反対の言葉を返してきたミアを、ユウは不審に思う。

 ミアは微笑みながら言う。


「いや。バカにするわけでもないし、貴方はもう、そんなこと言ってられないような人間になってしまったのも分かるけど。なんか、夢について悩むなんて、子供みたいなことするんだなって」


 それは彼女にとっての安心でもあった。

 離れていくユウという存在。全くの別物となってしまった彼の中にも、まだそんな夢なんてものがあったことが、彼女にとって、とても嬉しかったのだ。

 そんな彼女に、ユウはため息を吐く。


「はぁ、何を言っている? 俺はまだまだ子供だ。だったら、そう言うだろう?」


「まあ、そうだろうね。だったら、きっとね」


 ユウにとって、それは悔しいものであるのだろう。誰だって、子供扱いは好きじゃない。

 けれど————そうだと分かっていたとしても、ミアはそんな彼の子供のような所を見ると、自然と頬が緩んでしまうのだ。

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