第19話 記憶喪失
私は怪獣。
人を突き刺した。
私は怪獣。
人を踏み潰した。
私は怪獣。
人を撃ち殺した。
だから、許されてはいけない。
でも—————忘れてしまいたいと願ってしまった。
故に罪は流れ落ちず、染み付いて、より濃いものになってしまう。
仕方がない。仕方がない。仕方がない。
だって、もう嫌なのだから。
「ウ————ン?」
柔らかい光に刺激され、白雪姫は目を覚ます。
彼女が最初に目にしたのは布でできた青い天井だった。それを見て瞬時に、今自分はテントの中なのだということを理解する。
白い体には白い服が着せられており、その上から薄い掛け物1枚が申し訳程度に掛けられていた。
「ここは……私は……」
少女は地面に手を付け身を起こす。携帯用ベッドの上とはいうものの、テントということもあって地面は少々ゴツゴツしていた。
体は少し重い。頭もズキズキと痛む。しかし、気になる程度ではなかった。
そんなことをしていると、突然テントの出入り口が開かれた。外の熱い光がテントの中に入り込む。
そしてその光の中から、薄着の少女が姿を現した。
「あ、目、覚めた?」
彼女は白い少女の姿を目にすると、テントの外に向かって大声で叫んだ。
「ヘリク! 彼女目が覚めたっぽい! 早く診察に来て!」
すると、外から「分かった!」と男の声が響いた。
彼女は返事を聞くと向き直り、少女に近づく。対して姫は、戸惑いながら声を出す。
「あ、その、一体————」
「ああ、ここね。ここは、無主地帯の東にある村よ。私達は支援者団体アスオス、聞いたことあるかな? それでここの村に支援目的で立ち寄ってたんだけど」
目覚めたばかりなので、できるだけ分かりやすいように説明をする。
しかし説明をする彼女に対し、白い少女は首を横に振った。
「い、いえ、違うん、です。そうじゃなくて……」
「え?」
言いづらそうに説明を止める少女。そして、何故か動かしにくい口を無理矢理動かし、言葉を絞り出した。
「—————私、って、誰ですか?」
「……うん、軽く見た感じだと特に異常はないね。喋りにくいのはただ単に緊張してるだけだと思うから、安心して大丈夫だよ」
テントの中で少女の診察を終え、医療道具をしまうヘリク。だがその後彼は顎に手を当てて「うーん」と唸った。
「じゃあ、記憶がないのは?」
ミレイナが尋ねてきた。
「……正直原因不明。あのカプセルの中に入ってたから何らかの原因があると思うんだけど、僕は医者であって研究者ではないからね。そこまではちゃんと調べなきゃ分からない」
「そっか」
残念そうにミレイナは言う。そして座っている白い少女に顔を近づけた。すると、少女はピクリと体を震わせた。緊張と不安は未だに解けていないようだ。
「怖がる必要はないよ。ただ貴方、自分の名前とか分かったりする? もし覚えてればだけど?」
「いえ、ないです。そもそも、名前なんてなかったような気がします」
即答される。しかも、名前などなかったときた。
「名前なんてなかった————どうして?」
「分かるんです……記憶も、何もない、ですけれど、それだけは分かるんです」
緊張に抗いながらどうにか答える少女。その握りしめられた両腕は、未だに震えている。
「感覚はあるけれど、何も記憶がない。やっぱり、記憶障害なんだね」
ミレイナはヘリクに顔を向ける。覚悟の決まった眼差しだ。
見られたヘリクはそれを感じ取ったのか、快く頷いた。
「そうだね。村に留めとく訳にもいかないし、細胞も軽く確認させてもらったら白子症って訳じゃないっぽいし。人助けが理念の僕らだ。構わないよ」
柔らかな顔で言うヘリク。
「よし。それじゃあ、ちょっと無理矢理感があって申し訳ないんだけど、貴方はしばらくの間、私達の保護下に入ってもらうね。ここら辺はまだ危険があるからブラブラと解放する訳にもいないし、安全な場所まで一緒に移動してもらいたいんだけど……いいかな?」
ミレイナはできるだけ軽い口調で少女に聞く。
少女はそれを聞くと少し目線を下げて悩むような仕草をしたが、やがて顔を上げた。
「はい。右も左も分からないので、そうしてもらった方が、私としては」
明るい顔ではなかったが、嫌がっているようなものではなかった。
その返答を聞いたミレイナはさらに満面の笑みを浮かべる。そして、とあることを提案した。
「よ〜し、それじゃあまずは名前だね」
「名前かい? 彼女の?」
「うん。一緒に移動するんだから、固有名詞くらいは欲しいでしょ? そーだねー」
腕を組み、天を仰ぐ。名前、名前、名前……いざ考えてみると難しいものだ。
ミレイナは5秒程「う〜ん」と唸ると、参考がてら少女の顔を見た。
アルビノのような白さ、どことなく儚い感じ、美少女。パッと出たワードを参考に名前となるものを探していく。
やがて、彼女の名前となるものを完成させた。
「決めた」
「早っ」
ヘリクのツッコミを無視し、ミレイナは少女に名を告げる。
「貴方の名前は————“セラス”。セラスチウムっていう白い花を元に、切り取った。花言葉は“幸福”“思いがけない出会い”どうよ?」
自慢するかのように確認を取るミレイナ。ここで嫌だと首を振られれば悲しいものだが————それに対して少女は嫌な顔一つせず、不思議なように呟いた。
「セラス……私の、名前? セラス……セラス……名前が、付いた」
名前を繰り返す少女。そして時間の経過とともにミレイナは段々と心配になっていく。
「ど、どう? 気に入った?」
だが、彼女の心配とは裏腹に、少女は優しい笑みを溢した。
「はい……素敵な名前です。名前なんて……多分、初めて付けてもらえたと思います」
頷く少女————いや、セレス。その返答を聞いて、ミレイナは「ふぅ〜」と安堵の息を吐いた。
こうして、記憶喪失の白い少女セレスは、彼女達アスオス3人に同行することとなった。
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