第18話 カプセルの少女
血で汚れ、冷たくなった死体を持ち上げる。
もう何度も行ってきたことなので少し面倒と思ってしまうのは、時間の流れ故の慣れなのだろうか? だがそれがあまりよくない、というのはまだ頭では理解していた。
戦闘を終えたユウ達は、死体と化した歩兵たちの火葬作業に入っていた。
死体を一箇所に集め、身ぐるみを剥ぎ、燃やして埋める。殺してしまった相手へと行う、最低限のことだ。
確かに先程殺し合いをした相手だ。そんな奴らを何故そうやって葬る必要があるのか?
これには様々な理由が存在するが、主な理由としては、彼らがアスオスであるからだ。殺し、といった汚れ行為を犯したが、それもこれも人の命の為。故に殺してしまった、奪ってしまった責任と、彼らという存在の理念により、葬る必要があるのだ。
ユウはマスクと手袋、エプロンを付けて死体を運ぶ。火葬する場所は少し遠いが、付近の岩場だ。そこへ向かって歩き出す。
その道中、ユウは同じように黙々と死体を持ち上げるヘリクの姿を見た。ユウはその姿を見て、少し立ち止まる。
「なんだい? ユウ」
ユウに気がついたヘリクは、死体から手を離し、立ち上がりながら要件を尋ねる。その声からは疲れ、呆れ、絶望など、様々なものが読み取れた。表情もマスクを付けているので分かりにくいが、不思議と頭で分かる。
「ヘリク、お前は————」
「殺しの話はやめてくれ。それよりも作業さ。まだ死体は半分くらい残ってる。それに今村での支援をミレイナに任せっきりだ。早く戻って手伝わなきゃ。それが終わったら、死んだカララバ兵達が残していったトレーラーの中の確認作業だ。やることは、まだまだあるんだよ」
突き放すようにヘリクは言う。そして再び作業に戻る。
やはり先程のことでかなり精神が疲弊しているようだ。そう感じとったユウは「分かった」と一言言うと、ヘリクを置いて歩き出す。
空は既に紅色に染まり出していた。
火葬作業は2時間程で終わった。
その後、村にいるミレイナと合流しある程度の支援作業を終えると、カララバ軍が残していったトレーラーの中身の確認作業となった。
このような作業をする理由としては、トレーラーの中に危険物がないかの点検だ。本来ならもっと早くから始めるところであるのだが、村の人々の安否確認や支援やらでかなり後回しになってしまった。正直、非常にまずい状態である。
しかし、特にその間に何も起きなかったので、あまり問題視はしていなかった。それはそれで問題であるが。
「さて、後回しにしていたツケは来ますかね?」
軍手を付けながらヘリクは言う。
この作業は何が起こるか分からないのでメンバー全員でやる必要がある。なので、他の2人も同様に軍手を装着する。
「特に何もなかったし、爆弾処理並みに危険だとは思えないけど」
「それでも警戒は怠るな。可能性は低いが伏兵がいるかもしれない」
「分かってる。細心の注意を、ね」
ミレイナはそう言うとトレーラー後部の扉に手を掛け、そのまま思いきり開いた。
ガバッと開く大きな扉。すると中から何故か薬品の匂いが漂ってきた。悪臭まではいかないが、心地よい臭いではない。
「うわっ、何この臭い」
臭いで顔を険しくするミレイナ。
だがヘリクはその臭いを興味深そうに嗅いでいた。
「これって、医療用の薬品とは違う……かな?」
「分かるの?」
ミレイナはそんなヘリクに驚く。
「これでも医者の資格持ってるからね、僕。というか、こんな濃い匂いで医療用の薬品な訳がないさ。しかも色々と匂い混ざってよく分からない。一体何種類あるのさこれ」
鼻を指で抑える。
ヘリク達は曲がりそうになる鼻を必死に我慢し、トレーラーの中に足を踏み入れた。
トレーラーの中はかなり暗い。なので各々懐中電灯を使って暗闇を照らす。
薬品臭いトレーラーの中には殆ど物が置いてなかった。しかし、その中には異様な風景であった。
中にあったのは蓋の開いたクーラーボックスと、壁に貼り付けられた巨大なカプセル状の装置であった。
「何、これ……?」
ミレイナは不気味そうに呟く。
ユウはそんなことなど気にもせず、中へと入っていく。そして、クーラーボックスの中を光で照らす。
クーラーボックスの中には臭いの根源である薬品の数々が雑に詰められていた。
「臭いの原因はこれか」
呟くユウ。それに続いてヘリクも中に入り、クーラーボックスの中を照らす。
「うっわ、なんて保存状態だよこれ。素人じゃないのか?」
クーラーボックスの中を目にしたヘリクはドン引きの声を上げる。医療従事者(仮)としては、信じがたい光景であった。
「カララバ軍の中に、衛生兵や研究者の姿は見えなかった。これは不自然だ。だったらこんな薬品は必要ない筈だ」
「ああ、ほんとにおかしいよ、これ。こんな薬品、知識のない人間が扱える筈ない。しかもこんな雑に。薬品を扱う際は慌てずに落ち着いて丁寧にって、小学生でも習うことだよ」
愚痴るように言うヘリク。それはユウも同じ気持ちであった。一体何故、このようなことになったのか。そして何故、こんな入れ方をする程慌てててしまったのか。今になっては謎である。
「ねえ2人とも。これって……何?」
考察する2人に、カプセル状の機械を調べていたミレイナが声を掛けた。
彼女の見ているカプセル状の機械は、壁に貼り付けられた状態で置かれており、その側には機械とチューブで繋がった操作パネルのような物が置かれていた。
カプセルは上半分の正面だけが一部強化ガラスになっており、中の様子が覗けるようになっていた。
ガラスの奥は緑色の液体のようなもので満たされており、時々気泡のようなものが上がっている。
ユウとヘリクはクーラーボックスから離れ、ミレイナの言うカプセルを近くで確認した。
「これは、何だろうね?」
顎に手を当ててヘリクは考え込む。
ユウは懐中電灯の光でガラス部分を照らして中を調べようとしたが、いかんせん液体の色が濃いせいか中々奥までは見えなかった。
「見えないな」
「どうする? このままにしておく訳にもいかないし」
悩む3人の男女。そんな中ヘリクは提案をした。
「確か僕らのトラックの中に何かしらの機材があった筈だから、それでどうにかしてみよっか。操作パネルがあるけど怖いから下手に動かす訳にもいかないしね—————って、ウオッ⁈」
ヘリクがそう言いながら、外に向かって歩き出した時だった。なんと彼は足元につまずく物すらないのに躓いたのだ。
ヘリクはそのハプニングに驚いたが、古来から人間に備わっている優秀な反射神経を使い、咄嗟に側にあったパネルに手を置いて体を支えた。
—————その瞬間だった。
パネルに触れてしまった影響で、カプセルが突如中の液体の排水を開始しだした。
「ヘリク何してるの⁈」
「ヤバッ、やっちゃった!」
2人は慌てたが既に遅い。排水はもう止められない。液体は3人の足元をどんどんと濡らしていく。
やがて排水によってカプセルの中にあったものが姿を現す。
それに気がついたユウは、空になったカプセルに近づく。懐中電灯の光を当て、今度こそと中を確認する。
「こ、これは…… 」
ユウは目を疑った。眉間にシワを寄せ、照らしていた光景に驚愕する。
ユウが見たもの、それは—————アルビノのように白い、まるで眠る白雪姫のような少女の姿だった。
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