第20話 ユウとセレス

 支援を終え、村を後にする第3部隊一行。トラックを走らせて次の目的地へと向かう。

 彼らが向かうべき村は後1つ。そして最後に巨大共同体だ。それで彼らの今回の任務は終了する。

 しかし戦闘があったことにより大きな時間ロスが生じた為、彼らは急いでトラックを走らせた。





 場所は無名が格納されているトレーラーの中。その中にユウとセレス、そして仰向け状態の無名が入っていた。現在は走行中である。

 ユウはこの中でTTの整備を行っていた。村に到着した際の支援活動や、戦闘時以外はここで活動をしている。故にトレーラーの中は推進剤や油などの匂いが充満していた。


 そんな中に何故セレスが乗っているのかというと、理由は単純で他に乗れる所がなかったからだ。

 そもそも彼らにはそれぞれの担当があり、運転のヘリク、助手席での通信等のミレイナ、パイロットのユウと分けられている。それは変わることのできない役割であり、そんな中でもセレスが唯一乗っていられる場所が、スペースのあるトレーラーの中だった訳だ。


 ユウは無名の脚部関節の点検作業を行なっていた。工具でパーツを絞め、回路を繋ぎ直し、そして点検。これを機体全身の関節部で行う。人間一人では非常に時間の掛かる作業である。

 そんな彼を眺める目線が1つ。トレーラー内の隅に置かれた椅子に座り、セレスはその姿を眺めていた。当然緊張している。

 しかしユウはそんなことは特に気にしていない。邪魔をしてくる訳でもなく、手伝う訳でもない。いてもいなくても変わらない、そんな存在として意識していた。

 このまま何も起こらずただ時間だけが流れていくのかとも思われたが、そんな中セレスは珍しく自分から声を掛けた。


「あの」


 か弱い声だが緊張を解した勇気あるものだ。その声にユウは作業を止めずに声だけ返す。


「なんだ?」


 冷たい返答。作業する両手は機械のようにも見えてしまう。


「す、すみません、作業中に。どうしても貴方に聞きたいことがあって」


「構わない。どうした?」


 跳ねられるものだと思っていたが、意外と口を聞いてくれたユウにセレスは安心した。彼女は続ける。


「ユウさんは、これに乗って戦っているんですか? ミレイナさんに色々聞いた時にそのことを聞いて、気になったんです」


「ああ、そうだ」


 作業をする手元が狂わぬように一言で返す。彼女の問いが迷惑という訳ではないが、それでも影響がゼロということでもない。


「そう、ですか。その……私が今から話すことに、耳だけ傾けてくれますか?」


 申し訳なさそうに聞くセレス。作業中であることを気にしてのことであった。しかし、勇気が高まった今がチャンスと思い敢えて今尋ねたのだ。

 そんな彼女にユウは言う。


「ああ。だが安心しろ。俺は人の話を無視するような薄情者じゃない。卑怯者ではあるが」


 その言葉を聞くとセレスは「ありがとうございます」と感謝を述べ、話を始めた。


「ご存知だと思いますが、私には、過去の記憶がありません。私が皆さんに発見される経緯は聞きましたが、記憶はそれだけです。なので、基本知識というのも、ほとんど、ありません。あるのはこの地域の言語の読み書きくらいで、それ以外の国や政治や戦争とかは全く分からないんです。で、ですが1つ、感覚で覚えていることがあって————」


 緊張故に言葉が途切れるが、セレスはそれでも口を動かす。そして彼女は顔を上げる。その視線の先では、現在ユウに修理されている無名が天井を向いていた。


「私————人を殺めてしまった気がするんです」


 震える声で告げられる。そんな彼女の言葉に反応したのか、ユウは作業をする手を止めて椅子に座るセレスに視線を向けた。ユウが目を向けると、彼女の視線は無名に向けられていた。


「まさか……TTに乗っていたのか?」


「い、いえ、そこまでは覚えていないです。けど、なんとなく、このTTという巨人を、初めて見た気が、しないん、です。寧ろ私は、この中に乗っていた気すらします……す、すみません、耳を傾けるだけでいいと言っておきながらなんですけど、質問してもいいですか? ユウさん」


 申し訳なさそうに言うセレスに、ユウは「ああ」と承諾する。

 トレーラー内がガタンと揺れる。整備されている道とはいえ、不安定なことには変わりがない。

 セレスは悲しむようにユウに一つ聞いた。


「ありがとう、ございます。それじゃあ、ユウさんは人を殺した時、どうやって、自分自身を保っているんですか? 私は今、こんなぼんやりしていて未確定な感覚に踊らされて、気が、狂いそうなんです。ですので、参考程度に、お聞きしてもいい、ですか?」


 やはり申し訳なさそうに尋ねてくるセレス。しかしその質問内容は凄まじいものである。

 だが、なんとユウは即答した。


「————そんなものはない」


「え?」


 ユウの言葉に腑抜けた声をあげるセレス。そのままユウは続けた。


「人殺しで自分を保つ方法なんてない。強いていえば慣れだ。だがこれは極論ではあるがこれは避けた方がいい。後戻りができなくなる」


「そう、なんですか……」


 ハッキリと断言するユウの言葉に、セレスは顔を曇らせる。


「……そう、気を保つ方法はない。だが、気を楽にする方法はある」


 ユウはそう言いながら作業を再開する。途中で止めていた最終チェックを終わらせようとしているのだ。

 セレスは「気を、楽に?」とユウの言葉を復唱する。それにユウは頷く。


「そうだ。俺は結果というものは、経緯や動機の違いによって意味合いが少し変わると思っている。同じ結果であったとしても、怒りに身を任せて行ったものもあれば、人に命令されて行ったもの、或いは誰かの為に行ったもの。この経緯動機の違いによって、ものの受け取り方は変わる。世の中は結果が全てであるが故に、中々受け入れられない考え方ではあるが、俺はそういった考えで生きている」


「経緯や動機の違い……つまり、ユウさんは人殺しも同じ、と言いたいんですか?」


「ああ。たとえ同じ人殺しであったとしても、誰かを守る為に行った、命を救う為に行った。そう考えてみれば、幾分か気持ちが楽になる。雀の涙程度であり、本の僅かな天秤の傾きではあるがな。難しいことではあるが、考えの1つとして受け取れるなら、それでいい」


 参考にはならないかもしれない。そんなことは分かっている。自分の不器用さなど自分が一番よく知っている。しかし、ヘリクとはまた違った彼女に対し、ほんの少しの助言は必要だと感じたのだ。聞かれたからというのもあったが。


 ユウが言い終わると、セレスは少し考え込んだ。彼に言われたこと、それを心の中で繰り返して、刻み込む。確かに賛同しきれない考え方ではあるが、それでも、この罪悪感には多少なりとも効くかもしれない。

 そう思ったセレスは、ユウに告げた。


「……ありがとうございます。ユウさん」


「礼はいい」


 一言で返すユウ。そして彼は関節の最終チェックを終えた。



 トラックは走る。次の目的地へ向けて。そしてその先の巨大共同体へと向けて、走り続ける。

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