地を駆けるは無名のタイタン

ザラニン

プロローグ

 それは、まるで地獄のようだった。

 黒髪の少年は仲間の少年兵達が機械の巨人に踏み潰され、巨大な銃弾に撃ち潰されていくのをただただ眺めている。

 血は弾け肉も弾け、断末魔すらも一瞬。辺りは夕方なので薄暗く、よく見えないが、その光景は脳内で容易に、そして自動的に映し出される。それは拷問と言っても過言ではない。


 だが、その結末を招いたのは自分自身だ。彼ら少年兵をまとめる役目を背負った自分がやってしまった過ちだ。

 少年は両手で握りしめていた銃を離し、膝を折ってその場に座り込む。絶望、まさに絶望。


「ア……アァ……」


 絞り出る声はただ小さく喘ぐ程度。

 対して少年兵達は抵抗を続ける。既に戦意を喪失しているリーダーである少年の目の前で無意味にも必死に生き延びようとしている。

 銃声は空高く響き渡るが、それもほんの少し。一瞬の命の光だ。対人用の銃火器では、あの機械の巨人には太刀打ちできない。

 故に辺りが静寂で包まれるまでには、そう時間は掛からなかった。


 死んだ。

    みんな死んだ。

      殺された……

  誰のせいで?

           俺のせいだ。


 リーダーであった少年は、暗闇に包まれる死体の海に目を向けたまま、無力さと罪悪感で目に宿っていた生気を消した。

 そんな彼に、段々と死の音が近づいてくる。悪魔の声だ。


 ズシン

    ズシン

       ズシン


 巨大な質量が彼の前で止まる。少年は顔を上げた。

 その視線の先には、全長約10メートル程の人型が、左右計4つのカメラアイで少年を見下ろしていた。

 それはまさに鉄の巨人そのもの。神話の時代を生きた巨人タイタンだ。

 しかし、そんな化け物を前に少年は恐怖などしなかった。人の恐怖というは、まだ生きていたいという願望、抵抗、生の証。だが、恐怖を見せない彼には生きる気力などとうに消え失せてしまっていた。

 けれど巨人にはそんなことお構いなし。少年に巨大な銃口を向ける。


「……」


 抵抗はなし。逃げ出す気配もなし。

 敵のTTタイタンにとっては好都合。容赦なくトリガーを引こうとする。

 少年の目に映る銃口の闇の中から、黄色い光が飛び散る。まさに人生の終わりである。


 ————しかし、そんな彼の前で鋭く閃光が走った。


 瞬間、向けられていたマシンガンが両断される。

 武装を剥がされたTTタイタンは即座にスラスターを噴かし、後退。少年から距離を取る。その距離は約50メートル。

 そんな敵との境目に、黒いソレは少年に背を向けて立ち塞がった。


「ア……」


 それは黒い装甲を身に纏うTTタイタンであった。

 装甲は傷やヘコみが目立ち、様々なジャンク品を組み合わされて作られたのが見て取れる。背中のバックパックは小型で、バーニアの数は計2基。加速に必要な必要最低限の数だ。

 しかも、装備はマニピュレータに握られた1本のナイフのみ。普通に見ればただのオンボロの小汚いTTタイタンである。

 しかし、そんな機体が今少年に背を向けている。


「守って、くれる……?」


 そんな気がした。確証なんてない。ただ単にそう思っただけである。

 すると、黒いTTタイタンは少年の思いに応えるようにバックパックのバーニアを吹かせ、ナイフ1本で敵機へと突撃しだした。

 対して敵のTTタイタンは、腰部にマウントしていたアックスを手に持ち応戦する。

 敵機はアックスを担ぐと、そのままそれを横に一線した。駆動音と共に振られるアックスは、圧倒的な質量のまま思い切り黒い機人に叩き込まれる……!

 対して黒いTTタイタンは地面を滑りながらそれを避け、すれ違い様に敵機の脚部関節をナイフで切り付けて破壊する。


「————⁈」


 脚部が破壊され体勢が崩れ、そのまま地面に倒れ込もうとする敵TTタイタン

 その隙に黒いTTタイタンは体勢を整えながら振り返り、背後を取る。そして逆手で持ったナイフを上へと切り上げ、アックスを持った左腕関節を切り、落とす。

 そしてそのまま切り上げたナイフを敵パイロットの乗る胸部————この場合は背中へと、思い切り叩き下ろした。


 叩き下ろされたナイフの先端は敵TTのバックパックを貫きコックピットへと到達。コックピットの中にいる無抵抗なパイロットを後頭部から切り潰した。


 しばらくの静寂。しかし、今回は絶望の静寂ではなかった。

 黒いTTは、敵を貫く際の膝を折る体勢を一定時間維持すると、ナイフを引き抜き直立へと戻った。

 引き抜いたのと同時に噴き出るオイル。それはまるで巨人の血液のように地面を濡らす。


「……」


 少年は地に突いていた膝を持ち上げ、立ち上がる。

 見上げた赤い空には黒いTTが佇んでいる。勝者の風格といったものだった。

 TTはナイフに付いたオイルを振り払うと、それを腰部裏にマウントする。

 そして、頭部を動かして自身を見る少年に目を向ける。

 ————紫のデュアルアイが、少年を釘付けにした。




 これが、ユウ・カルディアと黒いTTの邂逅である……

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