第5話 衝突
無名が敵機との戦闘を終えた頃には、空は紅色に染まっていた。
荒野にはTTの残骸と、空に立ち登る煙。そして残骸の中で佇む黒いTT。
————ここは、未だ戦争を続けるゼーティウス連邦国とカララバ連合首長国との国境の狭間。戦禍の中、逃げ遅れた周辺の人々が集う、辺境の村だ。
パシッ、と。
戦闘を終えたユウ・カルディアは、村に戻るとヘリクに平手打ちをされた。
頬がじんわりと赤く染まり、鋭い痛みの後に熱が現れてくる。
しかし、ユウは表情を崩さずに傾いた頭を真っ直ぐに戻す。
そんなユウに対し、ヘリクは静かながらも怒りを向ける。
「……なんで叩かれたのか、分かるかい?」
「俺は間違ったと思っていない。村の安全確保には、危険存在の排除が必要だった」
「ここまでやる必要はないだろ! 戦いが終わるまで、君が村人達を護衛さえしてくれれば、それで良かったんだ! なのにこんな、戦闘に介入して……僕らは、戦争している訳じゃないんだぞ」
「分かっている」
感情的になっているヘリクに対し、ユウは至って冷静であった。
ユウは続ける。
「あのまま両軍の小隊が戦闘を続けていた場合、それが火種になって大規模戦闘になりかねなかった。先程の戦闘で、カララバ側に武装トラックがいたのが見えた。武装トラックの役割は戦闘支援、加えてカララバのTTではできない遠隔通信だ。あの戦闘が長期になった場合、恐らくは近くの軍事基地に援軍を要請した。対して、ゼーティウス側はカララバとは違いTTでの遠隔通信が可能だ。放置しておけば、両軍が要請した援軍同士の戦闘が起き、波紋のように戦場は広がっていた。そうなったら、俺でも村人達を護衛することはできない」
淡々と説明したユウ。
しかし、ヘリクはそれに反発する。
「けれど、あくまでそれは君の予測だ。戦場での経験が長い君だから、今の説明で行動した原理を理解することはできた。でも、僕らアスオスの理念は“人助け、人命の救助、貧困者の支援”だ。人殺しじゃない! 命を救う為に、僕らは行動している。なのに————」
「考えが甘いな。戦場でそんな考えは通用しない」
「僕らは軍人じゃない! 支援団体だ! 君と
ヘリクは夕日に佇む無名に向けて指を刺す。無名は夕日の光に浴びせられて、赤黒く輝いている。
そして、全て言い切ったのか、ヘリクは口を止めた。
ユウは説教を聞き飽きた子供のように「はぁ」と溜息を吐き—————
「……綺麗事は済んだか?」
世界を終わらせるかのような一言を口にした。
「————ッ!」
その言葉に反応し、ヘリクはユウの胸ぐらを掴み上げた。
言葉が出ない代わりに、怒りの眼をユウに近づける。
対してユウは表情を変えない。
ここより先では言葉など意味を成さない。実力行使、暴力的解決。要は、喧嘩という衝突である。
そんな緊迫する空気の中、面倒くさそうに横槍の声が入ってきた。
「はいはいはい喧嘩はそこまで。言い合ってても何も始まらないでしょ? 今日は私達の隊にTTが支給されて、初めての戦闘だったんだから」
ミレイナが2人を落ち着かせようと近づく。
「クッ……!」
「……」
しかし、2人は離れようとしない。
正確にはヘリクが一方的にしているのだが、ユウはそれを振り解いて離れようとはしない。恐らく、その行為が無意味に感じ、面倒に思っているのだろう。
「面倒くさいなぁ、この、男共!」
うんざりと声を上げたミレイナは、2人の頬に両手を伸ばす。
そして、2本の指で思いっきりつねり、引っ張り出した。
「いで⁈」
「ウッ」
「いい加減にして。やらなきゃいけないことほったらかして喧嘩するとか、子供ですか2人とも? 今はお互いの考えをぶつけ合うよりも、被害を受けた村のある程度の修復作業。加えて拠点にさっさと修復の物資やら取りに行くんでしょ? 時間も村の人達の命も待ってはくれないんだから。分かった?」
「わ、分がっだ」
「了解」
その姿、まるで母。
やがて2人は頬の圧迫から解放され、つねられていた箇所はほんのり赤く染まっていた。ユウに至っては両頬が赤かった。
互いに赤い頬を見せ合い視線を逸らす。
ヘリクはそのまま何も言わず、破壊された家屋が目立つ村の中へと足を進める。やはりまだ納得できていないようだった。
「全く。ユウもTTに乗って。瓦礫を持ち上げたりで、力作業してもらうから」
「了解した」
ミレイナはそう言うと、ヘリクの後を追って足を進める。
ユウは遠のく彼女の後ろ姿をしばらく眺めると、振り返って、夕日の下で佇む黒いTTへと目を向ける。
「無名……」
機体名を呟き、歩き出した。
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