第4話 無名の死神

 先程仕留めた屍を横目に、ユウは機体を正面へと向ける。

 そして、今のこの機体の動きから、各部に異常があるかどうかの最終確認をする。


「無名、敵機を撃破。可動の問題なし。スラスター良好。冷却正常。戦闘可能と判断」


 殺人行為に対し、特に抵抗などない。

 そんな心など、とっくの昔に捨てさせられた。

 残っているのは己と、この託された黒い機体。

 故に————


「————敵機の排除を続行する。行くぞ、無名」


 “無名”と呼ばれた黒い機体は、ユウの声に応じるかのように頭部にある2つのカメラアイを黄色く発光させる。

 標的は目の前のガ・ミジック。装甲とシールドが硬いのがアピールポイントではあるが、逆にそれは機動性、運動性の低下を招いている。つまりは、動きが遅い。

 ならば、徹底的な軽量化を図った無名の敵ではない。

 ユウはサイドスティックと足元のペダルを押し、無名の背中と脚部のスラスターを吹かせて敵機に急速接近する。


 対してガ・ミジックのパイロットは突如現れ、急接近してくる無名に驚き、動揺を隠せなかった。

 故に判断と機体操作が遅れ、アックスを振りかぶる初動の勝負で無名に敗れる。

 ユウは敵機が振りかぶったのを確認すると、ナイフの間合いにとって問題ないことを確信し、その刃でアックスを持っている肘関節を切り裂いた。

 金属の切れる音と共に腕が飛ぶ。ガ・ミジックはすぐに無名に頭部を向けたが既に遅く、そのままナイフはコックピットを突き刺す。

 ガ・ミジックの4つのカメラアイから光が消え、機体の全機能が停止する。


「2機目を撃破。村の安全の一時的な確保、完了」


 ユウは停止した機体を何もない地面に倒し、頭部カメラアイをヘリクへと向ける。






 ヘリクはその視線の意図を理解する。


「今の内ってことか……!」


 少年を抱え、ヘリクは再び走り出す。

 危なかったがどうにかなった。もうあの村の人達もほとんど逃げられただろうから、後はユウに護衛をして貰えばいい。

 ヘリクは一先ずの人命救助成功に安堵し、ユウの駆る無名へと視線を向ける。


「え?」


 足が止まり、腑抜けた声が漏れた。

 そして聞こえるわけがないのにも関わらず、無名に向かって言う。


「ユウ、君は今、何を……?」


 なんと、無名はヘリクの意思に反してこちらに背を向けて歩き出していた。

 進行方向の先は銃弾飛び交う戦場。小規模ではあるが立派な戦闘だ。

 そんな所に彼は一体何をしに……? 結論は意外にもすぐに出てきた。


「まだやるっていうのか、君は……!」


 怒りの視線が、今度は無名へと向けられた。







 前方では、ゼーティウスの小隊とカララバの小隊が、互いに殺意と銃口を向けて対峙し、戦闘を行なっていた。

 両者の力は拮抗しているかにも思えたが、流れ的に考えればカララバの小隊の方が優勢に見える。

 尤も、ユウ・カルディアにとってそんなことはどうでもいい。

 岩陰に身を隠し、モニターに映る両陣営の敵TTを見据え、ユウは呟く。


「アストレア3機、ガ・ミジック3機。加えてカララバには、戦闘支援用の武装トラックが1台……なら、まず狙うべきはあのトラックか」


 無名の手を動かし、腰部にマウントされていた武装に手をかける。

 今この機体に装備されている武装は全部で3種類。


 1つは対TT《タイタン》用ナイフ。

 2つはオートマチックショットガン。

 3つはチャフグレネード。


 ここではチャフグレネードの出番だ。

 無名はチャフグレネードを手に持つと、それをトラックに向けて弧を描くようにして投げつけた。

 グレネードは投げられると上空で小さく爆発し、中に入っていた電波妨害を行う大量の金属片が空を覆った。

 ……成功だ。それに敵は未だに無名の存在に気がついていない。

 ならば、チャフが効いている今がチャンスだ。そう思ったユウは、無名のスラスターを吹かせた。

 飛び上がる黒いTT。モニターに映る景色が一変する。

 まず狙うのは武装トラック。着地と同時ではダメだ。恐らく逃げられる。故に、空中からの落下と同時に攻撃を開始する必要がある。


「ならば……!」


 ユウは無名を動かし、落下開始前に腰部にマウントしていたショットガンを装備させる。この得物は射程が短いものの、散弾なので当てやすい。なのでこの場面では最適の武装だ。


 ————落下が始まる。

 コックピット内のユウの体が少し浮くが、シートベルトで無理矢理抑える。

 そしてそのままショットガンを片手で構える。

 照準は落下の先約50メートル付近で通信支援や命令を行っているであろう武装トラックへ。

 落下しているので銃身はブレるが、この弾丸は散弾。この程度のブレなど誤差に過ぎない。

 標的は武装トラックなので装甲が硬いが、この散弾銃は通常よりも巨大な銃弾だ。3発もあれば貫ける。


 そしてユウは、ショットガンを地面の武装トラックに向けて発砲した。

 オートマチックが故にポンプアクションのように再装填する必要性がない為、短いインターバルで3発の空薬莢が排出される。

 放たれた数多の弾は見事着弾し、武装トラックを爆発させた。


 無名はもはやスクラップ同然となった武装トラックの側に、背中のスラスター少し吹かせながら着地する。

 着地時の衝撃をおさる為、膝を曲げながら膝立ち状態で着地し、頭部カメラアイを次の標的へと向ける。


「武装トラックの破壊を確認。これより敵機を撃墜し、安全の確保を行う」


 武装トラック破壊により、敵機は無名の存在に気がつく。

 新手の出現により戸惑うカララバのパイロット達。それはゼーティウス小隊も同様。あちらもあちらで増援の連絡など一切来ていない。


 だが当然、敵に思考をさせる隙など与えない。

 ユウは即座に機体を動かし、近くのガ・ミジックへと接近する。

 対してガ・ミジックはマシンガンを構え応戦しようとしたが、行動は無名より一歩遅い。無名のショットガンにより撃墜される。


「あと5機」


 無名は次のガ・ミジックに頭部を向ける。

 モニターに映るのは2機のガ・ミジック。

 だが流石に彼らも馬鹿ではない。今度は無名が構えるよりも前に、銃口を向けていた。

 そして発砲する。

 この場合、銃弾が当たらないように後退し、物陰に隠れて弾切れになるまでやり過ごすのが普通だが、彼は違う。

 なんと、逆に銃弾の雨に向かって突撃した。

 距離はおよそ150から200m程。銃口が光ってから銃弾が着弾するまで、コンマレベルだがズレがある。

 無名は、敵が照準を正確に合わせるよりも早く回避行動をし、被弾を回避しながら近づいていく。


「この程度の攻撃……!」


 一気に迫る無名。やがて接触する。

 無名は、すれ違い様に空いている左手で腰部のナイフを逆さで抜刀。頭部を的確に切り飛ばし、戦闘不能にする。頭部カメラがやられてしまえば何もできまい。

 スラスターのオーバーヒートまではまだ時間がある。

 そう判断したユウは、そのまま最後のガ・ミジックに向かってスラスターを可動させる。

 最後のガ・ミジックは今までとは違い、装備がマシンガンではなく、肩に担いで使用するロケットランチャーだった。次弾へのインターバルがあるものの、その爆発力は絶大な武装だ。

 ————であるならば問題ない。

 確信したユウは一気に接近する。


 ガ・ミジックのパイロットは迫り来る恐怖で我慢ができなくなったのか、かなりの距離からロケットランチャーのトリガーを引いた。

 マシンガンまではいかないものの、高速で放たれたロケット弾は無名の目の前の地面を抉り、爆発する。

 大きく舞う砂ボコリ。敵影が消えたことに安堵したのか、ガ・ミジックはリロードすることなく得物の銃口を地に下ろす。


 ————だが、それが命取りだった。


 砂のカーテンの中に、黄色い2つの光が浮かぶ。

 それがカメラアイの光だと気がついた時には、何もかもが遅かった。

 無傷で飛び出てくる無名。何事もなかったかのように高速接近をする。

 ガ・ミジックは咄嗟に腰部のアックスに手を伸ばしたが、もうその時にはコックピット前に無名が突き出したナイフの先端があった。

 ザクっと貫かれるコックピットハッチ。パイロット亡き機体は、立ったまま動きを止めた。


「これで半分。残りは————」


 ゼーティウスの小隊を殲滅したユウは、横モニターに映るカララバの小隊に目を向ける。次の標的である。

 死んだ機体から突き刺したナイフを引き抜き、再び逆手に持つ。


「残弾に問題なし。ナイフに刃こぼれなし。戦闘続行は可能。————まだやれるな、無名」


 発光するカメラアイ。

 そして、無名は再びスラスターを吹かせる。

 既に敵機は銃口を無名へと向けている。先程よりも銃弾の雨は激しいと予測できる。

 しかし、ユウは特に気にすることなく特攻をする。


 ————その姿はまるで、悪魔のようだった。


 唯一生き残ったゼーティウスのパイロットは、後にそう語った。

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